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再生医療用語集
No.45 再生医療トッピクス

慢性腎臓病などに対する再生医療等の取組(3)

1.再生医療等による取組について

今回ご紹介する再生医療等に対する取組ですが、最初は、ヒトMuse細胞を慢性腎臓病モデルマウスに静脈投与することで、腎機能の回復を試みた基礎研究です。続いて、異種胚盤胞補完法という特殊な方法を用いて、マウスのES細胞由来腎臓の作製に関する基礎研究についてです。第三は、急性腎不全に対する自家末梢血CD34陽性細胞移植に関する臨床研究に関する取組です。最後に、腎疾患に対する脂肪由来幹細胞を用いた治療に関する基礎研究についてご紹介します。


(1) 慢性腎臓病  Muse細胞 静脈投与 マウス 基礎研究

◎東北大学、日本大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校

Muse細胞は既に本再生医療トピックス等でご紹介しておりますが、腫瘍性を持たない生体由来多能性幹細胞です。静脈投与で傷害組織に集積し、その組織に応じた細胞に自発的に分化することで組織を修復するとされています。


東北大学大学院医学系研究科の出澤教授の研究グループは、日本大学医学部およびカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究グループと共同で、ヒトMuse細胞を慢性腎臓病モデルマウスに静脈投与すると、腎組織が修復され腎機能が回復することを明らかにしました1)。ヒト細胞を拒絶しない免疫不全マウスにおいて薬剤投与によって慢性腎臓病モデルを作成し、ヒト骨髄由来のMuse細胞を静脈投与したところ、傷害を受けた腎臓の濾過器官(糸球体)に選択的に生着し、自発的に糸球体を構成する細胞として分化したとしています。


糸球体構成細胞に分化したMuse細胞は、投与後7週においても腎臓内で生存し、腎機能を改善したとのことです。一方、免疫機能が正常なマウスモデルで免疫抑制剤を投与せずに同様の実験を行ったところ、ヒトMuse細胞は5週までは分化・生存し、顕著な腎機能の回復を示したが、7週後になると排除され、腎機能も悪化したことから、Muse細胞が糸球体構成細胞として生着していることが腎機能回復に直接寄与していることが示されたとしています。


これらの研究から次のことが示されました。

① Muse細胞の点滴投与で慢性腎臓病を修復再生できること

② ドナーのMuse細胞が長期間にわたってレシピエントの体内に残り、回復効果をもたらす可能性が示唆されたこと


(2)腎臓再生 ES細胞 異種杯盤胞補完法 マウス 基礎研究

◎自然科学研究機構生理学研究所、東京大学、信州大学

同研究所の後藤特任研究員、小林助教、平林准教授らの研究グループは、「異種胚盤胞補完法注1)」という特殊な方法を用いて、腎臓が欠損したラットの体内に、マウスの胚性幹細胞に由来する、マウスサイズの腎臓を作製することが可能であることを科学的に示し、腎臓という大型主要臓器の再生に、世界で初めて成功したとしています2)


これまで膵臓の作製に有効であった「異種胚盤胞補完法」によって、腎臓を欠損させたマウスの体内に、ラットのiPS細胞由来の腎臓を作製しようとした先行研究は成功せず、その理由もよく分かっていなかったようです。同研究グループは、ラットのES細胞を用いてマウスの胎仔の体内にラットの腎臓を作製する際、腎臓を構成する小器官であり、血液中の水分のろ過や、再吸収を行う腎小体(ネフロン注2))の元となる後腎間葉注3)がほとんど作られていないことを見出しました。一方、ラット胎仔の体内の後腎間葉には、マウスのES細胞由来の細胞が、一定の割合で存在していました。このことから、マウス胎仔の体内では、ラットのES細胞由来の後腎間葉は作らず、ラット胎仔の体内では、マウスのES細胞由来の後腎間葉が作られることが判明しました。


研究グループは、腎臓を欠損させたラットの体内ならば、マウスのES細胞由来の腎臓が作製できると考え、「胚盤胞補完法」を以下の手順で実施しました。腎臓を形成する上で不可欠なSall1注4)遺伝子が欠損したラットの受精卵にマウスのES細胞を数個注入し、ラットとマウス両方の遺伝情報を持つキメラ注5)個体を作製しました。その結果、腎臓が欠損したキメラ個体の体内に、マウスES細胞に由来する腎臓を作製することができたとしています。


しかし、糸球体の中の血管や、尿細管を取り巻く血管網、原尿を集める集合管、そしてネフロン同士の間を埋める間質組織は、マウスの細胞とラットの細胞が混在したキメラ状態であったそうです。今後は、これらのキメラ状態のままとなっていた組織についても、多能性幹細胞由来の細胞で構成された組織になるよう、さらなる改良が必要としています。全ての組織が多能性幹細胞由来の細胞で作製することができれば、免疫抑制剤を過度に使用しないで済む、より負担の少ない移植用ドナー腎を作製することにつながるとしています。


(3)急性腎不全 自家末梢血CD34陽性細胞 腎動脈投与 臨床研究

◎医療法人沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院

患者さんの血液中にある末梢血 CD34 陽性細胞(血管を作りだす細胞)を分離して、腎動脈に投与して腎臓にこれらの細胞を移植する治療法です。移植する CD34 陽性細胞は、骨髄や血液中に存在する未分化な細胞で、血流障害を起こした臓器や組織に移植されると、血管を形成する細胞になる能力があると考えられています。


CD34 陽性細胞移植による急性腎不全の改善については、動物での研究では、CD34 陽性細胞の移植により障害された腎臓の機能や仕組みが改善することが報告されています。ヒトでの急性腎不全に対する CD34 陽性細胞の移植治療は現在まで行われておらず、人での効果は現時点で不明です。この臨床研究がヒトで最初に行う細胞治療となります。従って、まずは細胞移植治療が安全に行うことができるのかを確かめ、併せて、急性腎不全への治療改善が認められるのかを検討することになります。


なお、末梢血CD34陽性細胞を用いた再生医療等に関しましては、「C型肝炎ウイルスに起因する肝硬変患者に対するG-CSF動員自家末梢血CD34陽性細胞の経肝動脈投与(久留米大学 久留米大学病院:臨床研究)」による提供計画3)が厚生労働省に届出されています。


(4)腎疾患 脂肪由来幹細胞 治療 基礎研究

◎名古屋大学大学院医学研究科 病態内科学 腎臓内科

同大学腎臓内科では、採取が比較的容易であり、増殖能に優れるという点に着目し、脂肪由来間葉系幹細胞に注目されてきました4)。細胞治療において、間葉系幹細胞を培養する際に添加する血清は微生物・プリオンなどの感染のリスクとなるために、当該細胞増殖能を損なう事なく、血清の使用量を必要最小限に抑える必要があります。


同腎臓内科によりますと、脂肪由来間葉系幹細胞はその優れた増殖能により5%以下においても20%血清で培養した骨髄由来間葉系幹細胞と同等の増殖を示したとしています。急速進行性腎炎は現在も予後不良の腎炎であり、ステロイド・シクロフォスファミドといった免疫抑制剤しか有効な治療法がありません。これら免疫抑制剤において、しばしば感染や細胞毒性といった副作用があります。こうした中、同腎臓内科では、脂肪幹細胞を急速進行性腎炎ラットモデルに投与した結果、腎障害が大幅に改善することを明らかにしました。さらに、急性腎障害、腹膜炎、創傷治癒に対しても、同様な治療効果があることを報告しています。こうした動物実験での実績に基づいて、脂肪幹細胞治療の臨床応用に向けて、細胞調整や安全性検討を含めた基礎研究を進めておられます。


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図1 慢性腎臓病などに対する再生医療等の取組


(用語解説)

  • 注1.胚盤胞補完法:臓器がない(作られない)特殊な環境を動物体内に誘導し,この空間を多能性幹細胞の増殖・分化の場として活用し、多能性幹細胞由来の臓器を形成させる方法です。
  • 注2.ネフロン:腎臓の最小機能単位です。人では左右両腎臓を合わせて約200万個存在し、各ネフロンでろ過、再吸収、分泌、濃縮が行われ、尿を生成します。
  • 注3.後腎間葉:腎臓は後腎間葉と尿管芽という2つの胎仔組織の相互作用によって形成され、前者からネフロンが作られ、後腎間葉の中にSall1陽性のネフロン前駆細胞が存在します。
  • 注4.Ssll1遺伝子:腎臓発生に必須な遺伝子で、腎臓以外に肝臓、手指、耳、肛門、脳を含む多くの組織で発現しています。
  • 注5.キメラ:同一の個体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっている状態、あるいはそのような個体のことです。

(参考資料)

  1. 東北大学プレスリリース:Muse細胞の点滴による慢性腎臓病の新しい治療法の可能性 ‐組織修復と機能回復をもたらす修復治療を目指して‐、2017年7月13日
  2. 自然科学研究機構生理学研究所プレスリリース:遺伝子操作によって腎臓を作ることができない動物に別の種の多能性幹細胞からなる腎臓を発生させることに成功 ~腎臓移植の新しい可能性を示唆~、2019年2月6日
  3. 厚生労働省ホームページ:届出された再生医療等提供計画の一覧
  4. 名古屋大学大学院医学研究科病態内科学腎臓内科ホームページ:脂肪由来幹細胞による腎疾患治療法開発

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)