NPO法人再生医療推進センター

No.101 再生医療トピックス

再生医療等の標準化について

・iPS治験の詳細公表 再生医療の規格化めざす 京都大学

・細胞製造プロセスの標準化の取組 大阪大学

1.はじめに

再生医療は、幹細胞などから体外で作製した細胞・組織を体内に移植することで、怪我や病気で失われた体の細胞や機能の回復をめざす医療です。この十数年間に大きな進歩がありました。体性幹細胞などから作製した皮膚、軟骨、心筋、間葉系幹細胞などを使った再生医療が、火傷、軟骨損傷、心不全、骨髄移植の際の合併症(GVHD)、脊髄損傷などを対象とする保険診療として認可されています。

iPS細胞を用いた加齢黄斑変性症、角膜上皮幹細胞疲弊症、再生不良貧血、パーキンソン病の治療も臨床研究・治験として既に開始されました。さらに臨床応用の準備が進められているものとしては、脊椎損傷、心不全、軟骨損傷、代謝性肝疾患、頭頚部がんなどがあります。

また、疾患特異的iPS細胞(遺伝性疾患の患者体細胞から樹立したiPS細胞)は患者さんの遺伝情報を保持した細胞であることから、発症機序の解明、薬剤感受性の評価および治療薬スクリーニングの画期的なツールとして、新たな治療薬の創出に大きく貢献することが期待されます。今までの成果として、ペンドレット症候群、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、進行性骨化性線維異形成症(FOP)の候補薬が治験の段階に到達しました。

新しい医療技術の開発は基礎研究に始まり、有効性検証・安全性試験の応用研究を経て、臨床研究や治験などに進みます。また、将来の再生医療の実現や幹細胞を用いた創薬応用の可能性を広げるような基礎的研究を推進することも重要です。再生医療等は、既往の医療技術では難しい疾病を克服することが可能となるでしょうが、生きている細胞や組織を使用するために、安全性や有効性を保証するための生産及び品質管理に万全を尽くすことが求められます。そのために、様々な分野の専門家が同じ目標に向かって、規格づくり及び標準化を推進していくことが求められます。


2.再生医療等と標準化の意義

「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」並びに「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」が2014年11月に施行され、これにより、多くの事業者が再生医療分野に参入し、我が国の再生医療産業が活気づきました。同時に、新しい医療技術を規格化し、標準化の推進により幅広く社会に普及させることは、重要な取組であり、標準化は既に多くの産業分野で取り組まれています。

標準(規格)について、日本工業規格(JIS規格)のJIS Z 8002:2006では、「与えられた状況において最適な秩序を達成することを目的に、共通的に繰り返して使用するために、活動又はその結果に関する規則、指針又は特性を規定する文書であって、合意によって確立し、一般に認められている団体によって承認されているもの」と定義しています1)。その標準化の意義2)は、基本的には

  1. ①製品の互換性・インターフェースの整合性の確保
  2. ②生産効率の向上
  3. ③製品の適切な品質の確保
  4. ④正確な情報の伝達・相互理解を促進

にあります。加えて、事業を進める上で次の意義も持つようになっています。

  1. ⑤研究開発による技術の普及
  2. ⑥安全・安心を確保
  3. ⑦環境保護
  4. ⑧企業の産業競争力の強化、競争環境を整備
  5. ⑨貿易の促進

臨床研究における再生医療等の安全性評価に対して、第10回再生医療等評価部会(2016年5月27日)において、平成27年度厚生科学特別研究事業「iPS細胞等を用いた臨床研究を実施する際の移植細胞の安全性」の結果報告として「特定認定再生医療等委員会におけるヒト多能性幹細胞を用いる再生医療等提供計画の造腫瘍性評価の審査のポイント」が公開される等、複数の領域について再生医療の基準づくりに向けた取組みが、国として進められています3)。なお、日本及び諸外国や国際機関における再生医療との標準化、ガイドライン等に関しましては参考資料3を参照ください。

最近、「治療に用いる細胞輸送における依頼者と輸送業者の役割の明確化、細胞輸送に関する輸送品質基準」が2016年9月より国際標準化機構第276専門委員会(ISO/TC 276)において、ISO/TC276国内委員会が開発を主導した日本発の国際規格として、2020年6月29日に発行されたとのニュースが入りました4)

こうした中、再生医療において、iPS細胞由来神経細胞の規格化をめざした動きと細胞製造プロセスの標準化をめざした動きがあります。次にご紹介いたします。


3.iPS細胞由来神経細胞の規格化の動き

京都大学iPS細胞研究所の高橋教授らの研究チームは、iPS細胞から作製した神経細胞を患者さんの脳に移植した治験について、神経細胞を作製する工程や、安全性を確認する手法の詳しい内容を明らかにしました5)。情報公開により、再生医療の規格化につなげることを目指すとしています。

同研究チームは2018年、iPS細胞からつくった神経細胞を、パーキンソン病の患者さんの脳に移植しました。詳しくは、本再生医療トッピクスNo.74 「パーキンソン病 iPS細胞移植 経過順調患者さん3人に移植手術 京都大学」などを参照ください。iPS細胞については、様々な細胞に変化することから、目的以外の細胞や、がん細胞に変化することが懸念されていました。これらを踏まえ、同研究チームはiPS細胞の形がそろっているかなどをチェックした上で、神経細胞に変化させました。加えて、神経細胞の中に別の細胞が紛れていないかどうかも調べました。また、iPS細胞や変化させた神経細胞のがん化リスクを調べるためにゲノムを解析し、がん関連遺伝子に変異がないことなどを確かめました。

これらの解析を複数回繰り返し、同じ結果が出ることを示した後に、まず神経細胞をマウスに移植しました。がん化は起きませんでした。変化していないiPS細胞を意図的に混入させて移植した場合もがん化することなく、安全だと判断しました。こうしたデータを、治験を管轄する医薬品医療機器総合機構に申請し、患者さんへの移植が実現したとしています。


4.細胞製造プロセス(モノづくり)の標準化の取組

大阪大学大学院工学研究科の紀ノ岡教授らの研究グループは再生医療等製品などを製品とする細胞製造の重要な基本概念を「生物的見地と工学的見地を理解し、橋渡された工程による細胞の製造に対する可能性(細胞製造性)」と定義し、工程の一貫性を加味した細胞製造プロセス(モノづくり)の構築を目指しています6)

当該事業では,細胞バンク化された同種iPS細胞を原料とした、特定の細胞(心筋細胞,網膜色素上皮細胞)の大量製造のため、細胞増幅培養技術、および簡便かつ再現性の高い分化誘導工程手順の構築を目指されています。また、大阪大学大学院工学研究科での細胞製造コトづくり拠点と連携することで、技術の社会実装に向けた考え方をまとめ、提言を行っていくとしています。


(参考資料)

  1. 日本工業規格:JIS Z 8002:2006 標準化及び関連活動 一般的な用語
  2. 日本規格協会グループウエブサイト:共通知識編 第1章標準化の意義
  3. (株)三菱総合研究所:「再生医療に関する標準化動向調査」報告書、平成28年度日本医療研究開発機構委託調査、2017年3月
  4. 一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム ウエブサイト:2020年7月6日 ISO 21973:2020 Biotechnology — General requirements for transportation of cells for therapeutic use 国際規格(IS)が発行されました、2020年7月3日
  5. 朝日新聞DIGITAL:iPS治験の詳細公表 京大など再生医療の規格化めざす、2020年7月7日
  6. 紀ノ岡 正博:細胞製造性に基づくスケールアップ技術の研究開発と製造 技能・技術の伝播を目指した人材育成システムの開発、再生医療研究開発2020、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

(y. moriya)