再生医療相談室

No.128 再生医療トピックス

2021年後半再生医療関連トピックスのピックアップ(1)

2021年後半に発表或いは投稿された魅力的な再生医療関連の情報を3回にわたってピックアップします。まだ培養細胞や動物レベルの実験の結果であったり,研究レベルのヒト試験ですが,再生医療の未来が垣間見えます。


1.幹細胞の助けを借りて、完全に再生されないトカゲのしっぽの完全再生に成功!

(2021/10/19)

1)Aided by stem cells, a lizard regenerates a perfect tail for the first time in 250 million years/PHYS ORG

2)Introducing dorsoventral patterning in adult regenerating lizard tails with gene-edited embryonic neural stem cells/Nature Communications

トカゲは切断された尾を再生することができ、失った付属物を再生できる人間に最も近い動物とされています。しかし、正常なトカゲの尾は上側(背中側)に骨格と神経組織があり、下側(腹側)に軟骨組織がありますが,再生された尾には脊柱や神経を含む本来の尾の代わりに、不完全な軟骨の管で再生されてしまいます。University of Southern California(USC)とピッツバーグ大学医学部のチームは、幹細胞を用いてトカゲの完全な尾を再生する方法を見出し『Nature Communications』に投稿・掲載されました。「これは爬虫類、鳥類、哺乳類において幹細胞を用いた治療によって付属肢の再生が著しく改善した唯一の例です。これは、切断された人間の手足や脊髄など、自然には再生しない傷の治癒力を高めるための青写真を提供してくれています」と、責任著者のThomas Lozito(Department of Orthopaedic Surgery/USC)は語っています。

神経系を構築する幹細胞である神経幹細胞(NSC)は胚発生時と成体再生時のどちらの場合も中心的な役割を果たします。しかし、成体のNSCsは骨格や神経の形成を阻害し、軟骨の成長を促す分子シグナルを生成し、尾の両側を「腹側化」し、その結果、再生した尾に軟骨チューブができあがります。この腹側化シグナルがない場合でも、成体NSCsは尾の背側に新しい神経組織を生成することができません。一方、胚性NSCsは、この「腹側化」シグナルを、尾の下部あるいは腹側となる軟骨領域でのみ産生します。一方、このシグナルがない場合、上側または背中側では骨格や神経組織が発達します。こうして尾は、胚性付属器特有の複雑な背腹方向のパターニングを獲得します。しかし、胚性幹細胞を成体尾部に移植すると、腹側化シグナルに反応し、背側構造体に発達することができません。そこで、研究チームは、遺伝子編集ツールを使って胚性NSCsを腹側化シグナルに反応しないようにし、この細胞を成体の尾部に移植し、完全な尾部を再生することに成功しました。


2.「ブタの腎臓」を人間の体に接続する実験が成功、老廃物の除去を確認、拒絶反応もなし

(2021/10/21)

1)In a First, Surgeons Attached a Pig Kidney to a Human/The New York Times

2)Pig kidney successfully hooked up to human patient in watershed experiment/Live Science

NYUランゴーン・ヘルスのロバート・モンゴメリー博士らの外科チームによって行われた以下にご紹介する実験的研究はUSAトゥデイによって最初に報告されましたが、その研究はまだ査読も医学雑誌にも掲載されていません。

遺伝子組み換えの豚の腎臓を人間の患者に接続し、その臓器が患者の体から老廃物を濾過するのを見るという画期的な実験が臓器提供者として登録されている脳死の患者を対象に行われました。実験は54時間に渡り行われ、豚の腎臓は患者の体外に置かれ、臓器の観察と組織サンプルの採取が行われました。

霊長類の臓器と比較すると、豚の臓器は移植に有利な点が多く、今までも多くの試みがなされてきました。ただ、豚の組織にはα-galという糖の分子をコードする遺伝子があり、これが人間の免疫システムによって急性の拒絶反応を引き起こす可能性があると言われています。今回の移植実験では、この糖産生遺伝子を欠いた遺伝子操作されたブタの腎臓が使われ、この臓器を移植用に準備するために、チームはさらにドナー動物の胸腺を患者に移植し、患者の免疫システムを「再教育」し、身体が長期的に移植を受け入れるようしたとのことでです。このため、研究チームは、今後、生きた被験者を使った長期的な実験では、胸腺を備えた豚の腎臓を使う予定があり、今回の短時間の実験でも同じ方法を使いました。54時間の実験では、人間の血液に含まれる抗体が腎臓に侵入すると、即座に起こることを警戒していた腎臓に対する免疫反応がよる攻撃は起こらず、腎臓は患者の血管に接続されて数分後には大量の尿を出し始めました。

この実験的研究は異種移植(動物からヒトへの移植)にとって大きな前進となりました。ただ,豚の寿命はおおよそ15年程度と考えられており、移植の専門家が指摘するように、「移植された臓器の寿命についてもっと知見を得る必要がある」と考えられます。現在、腎不全の患者の多くは移植に利用可能な腎臓の不足から腎臓待ちの状態にあると言われています。もし、豚の腎臓がヒトへの腎移植に移植に利用されるようになれば多くの人命が救われることになります。今回の移植に使われた遺伝子組み換え豚を開発したのは、ユナイテッド・セラピューティクス社の子会社であるリヴィコア社で、同社のガルセーフ豚は昨年米食品医薬品局から医療用・消費用として認可されており、今回の実験研究もこの豚が使われたようです。

人間の組織や臓器をブタの体内で培養し、後に移植用に摘出して利用するアプローチを取っている所や豚膵臓のランゲルハンス島を分離してヒトへ移植する試みも長く試みられています。

しかし、何れの方法であっても、ヒトや動物の倫理的な多くの問題を含んでいると思われます。


3.iPS細胞で新型コロナ感染予防の可能性を持つ化合物の組み合わせ発見

(2021/10/21)

1)Dual inhibition of TMPRSS2 and Cathepsin Bprevents SARS-CoV-2 infection in iPS cells/Mol Ther Nucleic Acids.

2)TMPRSS2とカテプシンBを標的とした新型コロナウイルスの感染阻害/京都大iPS細胞研究所

3)iPSでコロナ感染予防が前進 京大グループ、化合物組み合わせ発見/京都新聞

iPS細胞にはモデル細胞や組織などを作成して創薬分野に応用することも大いに期待されています。今回、京都大iPS細胞研究所のグループはCRISPRi とiPS細胞の組み合わせにより新型コロナウイルス(SARS-CoV-2 )がヒトの細胞に侵入する際に関わる9種類の標的遺伝子発現量を約1%以下まで抑制したiPS細胞を作成し、ウイルスの感染実験を行い、さらに抑えるタンパク質を組み合わせて実験した。その結果、「カテプシンB」と「TMPRSS2」という2種類のタンパク質を同時に抑えると、感染するウイルス量を10万分の1に抑えられることが分かりました。カテプシンBとTMPRSS2の働きを阻害する各化合物を使っても、同じような効果を確認できたと、Mol Ther Nucleic Acids.(2021 Dec 3; 26: 1107–1114.)に報告しました。CiRAのニュースでは「本研究では、iPS細胞において、TMPRSS2とカテプシンBがSARS-CoV-2感染に重要な役割を担うだけでなく、これらの遺伝子を標的とした化合物が有望な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬となることが示唆されました。また、ACE2発現iPS細胞に対して、CRISPRi技術を用いて標的遺伝子の発現量を約1%にまで低下させることにより、ウイルス感染における特定の遺伝子の機能の調査が可能なことが示されました。」と述べられています。

研究グループの高山講師は「現在いずれの化合物も新型コロナ感染症への使用は認められていない。実用化には、細胞レベルではなく実際に人に投与した時の効果を確かめなければならず、まだ検証するべきことは多い」としています。


4.熊本大など、がん化しにくいハダカデバネズミの神経幹細胞の単離と培養に成功

(2021/11/02)

1)Isolation and characterization of neural stem/progenitor cells in the subventricular zone of the naked mole-rat brain/Inflammation and Regeneration

2)最長寿げっ歯類ハダカデバネズミから神経幹細胞の単離と培養に成功/熊本大学 お知らせ(生命科学系)

3)最長寿げっ歯類ハダカデバネズミから神経幹細胞の単離と培養に成功―脳の老化やがんを防ぐ方法の開発に貢献/京都新聞

ハダカデバネズミ

Wikipediaによるとハダカデバネズミ (Heterocephalus glaber) は、哺乳綱齧歯目デバネズミ科ハダカデバネズミ属に分類される齧歯類で本種のみでハダカデバネズミ属を構成しています(右写真はWikipediaハダカデバネズミの著者Ltshearsによる)。エチオピア、ケニア、ジブチ、ソマリアに生息し、頭胴長(体長)10.3-13.6センチメートル。尾長3.2-4.7センチメートル。体重9-69グラム。

ハダカデバネズミは、最大寿命37歳を超え、生物の老化の重要な指標である死亡率が年齢とともに上昇しないことが報告されています。さらに、癌に対して非常に高い抵抗性を示し、飼育されたハダカデバネズミの2000以上の剖検において、自然発癌はほとんど観察されなかったと報告されています。このように、ハダカデバネズミはヒトの老化や癌を予防する手がかりを得るための魅力的な動物モデルとして注目されています。

熊本大学と慶應義塾大学のグループは、以前にハダカデバネズミの線維芽細胞から人工多能性幹(iPS)細胞を作製し、この細胞が免疫不全マウスに移植されたときに著しい腫瘍抵抗性を示することを明らかにしました。組織幹細胞は、身体の恒常性の維持や組織の修復に重要な役割を担っています。組織幹細胞の枯渇や機能不全は、老化や癌の主な原因の一つであると報告されてます。神経幹細胞(NSCs)は中枢神経系に存在する組織幹細胞であり、他の幹細胞と同様にNSCsは細胞周期が停止した可逆的な状態である静止状態(G0期)にあり、少数のNSCs集団が様々な刺激によって活性化され、ニューロンを生成します。幹細胞の静止と活性化のバランスは、加齢に伴う幹細胞プールの長期維持と脳の神経発生能の維持に極めて重要で、最近の報告では、悪性度の高い脳腫瘍は神経幹細胞/前駆細胞(NS/PC)に由来することが示唆されています。したがって、ハダカデバネズミのNSCsは細胞の恒常性を維持する能力が高く、それが老化や癌に対する抵抗性に関係している可能性があります。

本研究グループは、「これまで、ハダカデバネズミ NSCsの単離と培養はこれまで報告されていませんでした。本研究では、新生児ハダカデバネズミ脳の脳室下帯から神経幹細胞/前駆細胞(NS/PC)を分離し、培養に成功しました。接着培養条件下で、NS/PCの増殖率および細胞周期を評価し、マウス由来のNS/PC(マウスNS/PC)のそれと比較し、ハダカデバネズミNS/PC の遅い増殖と γ線照射によるDNA 損傷に対する抵抗性を確認しました。これらの知見は、ハダカデバネズミ の長い寿命の間に脳内の幹細胞が枯渇するのを防ぐのに役立っている思われました。今回の研究成果は、ハダカデバネズミの老化遅延のメカニズムに新たな知見を与えるものであり、今後、ハダカデバネズの組織幹細胞の解析が進めば、ヒトの老化を防ぐ新しい戦略の開発につながる可能性があります。」としています。

(adipocyte + neuron / 20220122)