脳梗塞は、脳の血管が詰まる病気です。血管が詰まるとその先に血液が流れなくなり、酸素や栄養が不足します。こうした状態が長く続くと、脳細胞が壊死し、手足のマヒや言語障害などさまざまな障害が起こります。脳の血管異常によって起こる障害を総称して「脳卒中」と呼び、この中には、脳の細い血管が破れて出血する「脳出血」、血管のこぶが破裂する「クモ膜下出血」、そして「脳梗塞」の3つが含まれます。脳梗塞は脳卒中の一つのタイプであり、脳梗塞が全体の約70~80%を占めています。
脳梗塞は、動脈硬化によって起こるものと心臓に原因があって起こるものに分けられます。動脈硬化が原因で起こる脳梗塞は、脳の奥の非常に細かい血管が詰まるラクナ梗塞と脳の比較的太い血管に動脈硬化が起こり、血栓が詰まるアテローム血栓性脳梗塞に分けられます。心臓でできた血栓が脳の血管に詰まって起こる心原性脳塞栓症があります。心原性脳塞栓症は脳梗塞全体の約1/3です。わが国の脳卒中死亡者は年間約13万人であり、病気別では「がん」、「心臓病」に次ぐ第3位です。患者さんの数は130万人と非常に多く、しかも増加中です。寝たきり、介護の必要な患者の30~40%は脳卒中が原因と言われています1),2)。
脳卒中などで脳に損傷を受けた後、リハビリテーションを受けても後遺症が残ることが多く、介護が必要となり、高齢化社会における重要な課題の一つです。こうした中、脳の回復メカニズムに基づいた新しいリハビリテーションであるニューロリハビリテーション注1)は、脳損傷後の機能回復を従来法に比べて促進させる可能性があるとして話題となっています。脳の神経ネットワークは固定されたものではなく柔軟に変化しうることが明らかになりました。これまでのリハビリテーションでは、残された身体機能で日常生活を送る訓練など、機能回復を目指さない訓練も行われています。脳卒中などで脳に損傷を受けた後に適切な神経路の変化を促せば機能を回復できるというニューロリハビリテーションの考え方が広まっています。
損傷を受けた中枢神経組織が再生することは稀で、最近では損傷領域自体の再生よりも機能回復に重要な役割を果たす“代償的神経路の形成”を促すことがニューロリハビリテーションの本質と考えられています。しかし、具体的な神経路の変化はほとんど明らかになっていないため、有効なニューロリハビリテーション技術の開発が遅れています。効果的なニューロリハビリテーション技術が開発されれば、患者さんやご家族の負担の軽減、QOLの向上、並びに医療及び介護などの社会的負担の抑制に繋がります。
こうした状況のもと、産業技術総合研究所の山本研究員らと、理化学研究所の林チームリーダーらの研究グループは、脳卒中などで脳に損傷を受けた後、機能回復の過程で新たな神経路が形成されていることを発見したと発表しました3),4)。同研究グループは、今までにモデル動物を使い、手の運動機能を担う脳の領域である「第一次運動野注2)」に損傷を作製し、リハビリテーション運動課題を行わせた結果、数ヶ月で手の運動機能が回復すること、ならびにその際に損傷周囲の「運動前野腹側部注3)」が運動機能を代償することを明らかにしてきました。当該研究では、仮説として、第一次運動野が担っていた運動機能を運動前野腹側部が代償するのは、リハビリ中に新たな神経路が形成される点を踏まえ、どのような神経路の変化が生じているのかの調査を行ったそうです。
今回の発表では、モデル動物を用いて、大脳皮質の第一次運動野に永続的な損傷を作成した後、運動機能の回復過程で生じる脳の神経路の変化を調べました。脳損傷を受けていない個体(健常個体)と、第一次運動野に損傷を作製して手の運動機能が回復した個体(脳損傷個体)とを比較したところ、小脳からの出力を担う「小脳核注4)」と呼ばれる領域に違いを確認しました。脳損傷個体の小脳核において、脳損傷後の機能回復過程で新たに神経路が形成されたことを示す結果が得られたとしています。同時に、脳損傷後の機能回復過程で運動前野腹側部から小脳核に情報伝達可能なシナプスが形成されたことを示唆するものであるとしています。この成果は、脳損傷後に、適切な脳の変化を促すことで機能回復を目指すニューロリハビリテーションの技術開発の鍵となると期待されます。
同研究グループでは、運動前野腹側部から小脳核へ新たな神経路が形成される機能的意義は判明していませんが、小脳核から脊髄に至る神経路があることから、運動前野腹側部の情報を伝えるために、新しい代償的な運動出力路(運動前野腹側部→小脳核→脊髄)が形成された可能性があるとしています。当該研究により、脳損傷後の機能回復を目指すうえで目標とすべき脳の変化を確認することができたとしています。今後について、産業総合研究所では遺伝子レベルの変化について、理化学研究所では神経ネットワークの構造変化をそれぞれ解析していくことで、脳損傷後の機能回復に関する過程を多角的に解明していくことを目指すとしています。また、産業総合研究所を中心に、得られた知見を外部機関に展開していくことで、新しいニューロリハビリテーション技術の開発も目指すそうです。
(用語解説) 参考資料3より引用しています。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)