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再生医療用語集
No.70 再生医療トッピクス

パーキンソン病 超音波使った新治療法
臨床試験開始 大阪大学

大阪大学大学院医学系研究科の望月教授を中心とする研究グループは、パーキンソン病に対して、弱い超音波を使って異常を起こしている神経細胞を焼き切る新たな治療法を一般的な治療として確立させるための臨床試験を2019年11月から始めました。ここでは、先ず、パーキンソン病の概要と現状の治療法、並びにiPS細胞を用いた臨床試験や自己脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた治療法、iPS細胞バンクの構築やiPS細胞のゲノム編集の取組について触れ、最後に表題の新たな治療法について紹介致します。


1.パーキンソン病とは1)-3)

パーキンソン病とは、脳の幹にあたる黒質という部分の神経細胞が次第に減少し、その神経が働くときに使うドパミンという物質が減ることによって起こる病気です。ドパミンは、脳において、運動の仕組みを調節するような働きを担っているため、ドパミンが減ることにより、動きが遅くなったり、体の緊張が高くなったりします。一部のパーキンソン病は遺伝子が原因で発症することがわかっていますが、黒質の神経細胞が減少する根本的な原因はまだ解明されておらず、残念ながら、現在のところパーキンソン病は発症すると病気そのものを治すことができません。また、一度なくなってしまった神経細胞を元に戻す治療法もありません。50~65歳に発症することが多く、患者さんは加齢に伴って増える傾向にあります。現在、日本には約20万人の患者さんがいると推定されています。


パーキンソン病の代表的な症状は、以下の4つの運動症状です。

  • ・手足が震える:じっとしているときに手足が震える、静止振戦
  • ・動作が遅くなる:運動緩慢
  • ・筋肉が硬くなる:筋強剛
  • ・バランスが保てない:姿勢を立て直すのが難しくなる、姿勢保持障害

そのほか、睡眠障害、立ちくらみ、排尿障害・便秘などの自律神経障害や、嗅覚などの感覚障害や、うつ・不安・幻覚などの精神症状や認知機能の障害などが現われることもあり、レビー小体型認知症と合併することあります。最近では、パーキンソン病の前兆として、嗅覚の低下や寝言が現われることがあるのもわかってきています。


現在のところ、パーキンソン病を確実に診断できる検査法がないため、診断は主に症状をもとに行われます。2018年5月に改訂されたパーキンソン病のガイドラインでは、上記の症状のうち、「動作が遅くなる」に加えて「手足が震える」、「筋肉が硬くなる」の少なくとも1つがみられるとパーキンソン病の症状があると判断されます。パーキンソン病は発見して適切な治療を行うことで、元気に日常生活を送れるようになってきています。早く気付くためには、最初に現れることが多い「手足の震え」などの症状を見逃さないことが大切とされています。また、「MIBG心筋シンチグラフィー」、「嗅覚検査」などの新しい補助診断法も盛り込まれています。


2.主な治療法について1)、2)

パーキンソン病の治療は症状を改善する薬物療法が中心となります。基本となるのはドパミンの不足を補う薬です。脳に入ってドパミンに変わる「L-ドパ(レボドパ)」と脳内でドパミンを受け取る受容体を刺激して神経伝達の働きを補う「ドパミンアゴニスト」があります。また必要に応じて、ドパミンを効率よく使うための薬や、症状を軽減するための薬なども、必要に応じて加えられます。


脳に細い電極を入れて電気刺激を送る「脳深部刺激療法」や2016年に登場した胃ろうを介して腸へ持続的にL-ドパを注入する「L-ドパ持続経腸療法」などの治療法もあります。これらの治療と並行して、積極的にリハビリテーションを行って、体を動かし続けることが勧められています。


3.開発中の治療薬と検査法について1)

パーキンソン病を根本的に治す治療は今のところありませんが、病気の仕組みはかなりのところまでわかってきています。脳の黒質の神経細胞が減少する原因として、最も有力と考えられていますのが、α-シヌクレインというたんぱく質の異常です。異常なα-シヌクレインを除去するための「抗体療法」や「ワクチン療法」の治験が開始され、根本治療に近づくことが期待されています。また、遺伝子の危険因子の研究からα-シヌクレインを異常化しやすくする物質が見つかり、それを抑制する薬の開発が進められています。発症前に異常を見つけて治療を開始できれば、発症を未然に防げるので、現在、世界中でより早期に異常を発見する検査法の研究も進められています。


4.再生医療技術のこれまでの取り組み4)

パーキンソン病に対しては1980年代の後半から胎児中脳腹側細胞の移植が行われ、一定の効果がみられていますが、倫理的問題に加え移植細胞の量的、質的問題があり一般的な治療にはなっていません。これらの問題を解決するために幹細胞とりわけES細胞、iPS細胞を用いた移植治療に期待が寄せられています。


分化誘導技術が発達し、ヒトES、iPS細胞から効率的に中脳ドパミン神経細胞が誘導できるようになり、さらに選別技術も開発されてきています。ラットや霊長類モデルへの移植では行動改善が観察されており、臨床での効果も期待されています。あとは安全性を厳しく検証すること、万が一腫瘍化がおこったときの対策を立てることが重要になります。


1) iPS細胞を用いた臨床試験5),6)

パーキンソン病に対する再生医療の取組は、当再生医療推進センターの再生医療トピックス、「No.17 iPS細胞 臨床研究が本格化(2)加齢黄斑変性/心不全/パーキンソン病」で紹介しました。京都大学高橋教授らは2018年7月30日、ヒトのiPS細胞から作製した神経細胞を神経難病のパーキンソン病の患者さんの脳に移植する世界初の臨床試験(治験)を8月1日開始すると発表しました。その後、同大学医学部附属病院は、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の被験者に対し、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植を行ったと発表しました。患者さんは合計で7人です。神経細胞を移植し、2022年度までに安全性や効果を確認する計画です。


同治験では、他人由来のiPS細胞(拒絶反応を起こしにくいタイプのドナーの細胞からあらかじめ作製して備蓄しておいた)から作った約240万個のドパミン神経前駆細胞を患者さんの脳の被殻(左側)に移植しました。移植細胞が神経細胞になりドパミンを出すことで症状の改善や服用薬の減量が期待されています。ただし、移植後1年間は拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤が投与されます。治験対象の患者さんは7人で、既存の薬物治療では症状が十分にコントロールできない、年齢が50-60代、5年以上病気にかかっている等の選定条件があります。


備蓄した他人のiPS細胞を使えば、治療期間6週間、費用は数百万円にでき、京都大学は2015年から、拒絶反応を起こしにくいiPS細胞の備蓄を進めています。治験はこのiPS細胞を使います。治験がうまくいけば、大日本住友製薬(株)が国の承認を得た上で、再生医療製品として実用化するとのことです。同社は、京都大学と共同研究を進めているiPS細胞を使ったパーキンソン病の治療薬が厚生労働省の「先駆け審査指定制度」の指定品目に選ばれたと発表しました7)


2) 脂肪幹細胞を用いた治療8)

厚生労働省に届けられた再生医療等提供計画の一覧の中で、「第二種再生医療等・治療に関する提供計画」に、パーキンソン病に対する治療として、医療法人社団恵仁会なぎ辻病院(京都市山科区椥辻)が届けでされた「自己脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた臨床治療」が唯一あります。

提供計画書によりますと、間葉系幹細胞の特性として

  • 1)傷害組織へのホーミング(目的の方向に細胞が遊走する)作用を有する
  • 2)傷害組織部位で成長因子などのサイトカイン(免疫細胞から生産される様々な働きを持つタンパク質、いろいろなホルモン様作用を有する液状物質)を分泌する

という点に着目して、既存治療法で有効性に乏しく他の治療手段が確立されていない難治性疾患のうち、パーキンソン病の治療効果を同治療前の症状に比較した改善度により評価することを目的としています。自由診療となりますが、詳しい情報につきましては、参考資料8(厚生労働省に届出された再生医療等提供計画の一覧:「第二種再生医療等・治療に関する提供計画」)を参照ください。


なお、同医療法人は、アルツハイマー型認知症、難治性神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症〈ALS〉、脊髄小脳変性症〈SCD〉、レビー小体病〈DLB〉、進行性核上性麻痺〈PSP〉)及び、難治性呼吸器間質性疾患(肺気腫<COPDを含む>、特発性肺線維症<IPF>、間質性肺炎)に対する治療に関しても、「第二種再生医療等・治療に関する提供計画」に登録されています。


3) iPS細胞バンクの構築9)

順天堂大学服部教授および慶應義塾大学岡野教授は共同して、神経系に分化しにくいことが知られているヒト末梢血から作製したiPS細胞を効率的に神経幹細胞に誘導する技術を開発しました。また、末梢血由来iPS細胞でも皮膚線維芽細胞由来iPS細胞と同じようにパーキンソン病の病態を再現できることを示しました。今後、この方法を用いて順天堂医院に通院する数千人のパーキンソン病の患者さんから、世界に例の無い規模のパーキンソン病iPS細胞バンク(数千例以上)を構築し、順天堂大学と慶應義塾大学はiPS細胞を用いたパーキンソン病の病態研究・再生医療を連携して促進していくことで合意したと発表しました。


4) iPS細胞のゲノム編集10)

遺伝性パーキンソン病の患者さんから作製したiPS細胞の遺伝子を効率よく改変できる「ゲノム編集技術」を使って修復し、正常な神経細胞に変えることができたとの研究成果を、慶応義塾大学の岡野教授と北里大学の太田講師らの研究グループがまとめました。パーキンソン病の原因解明や、新たな治療法開発につながることが期待される。患者さんのうち1割近くが遺伝性と見られています。同研究グループは、遺伝性パーキンソン病患者の神経細胞では、たんぱく質の働きの制御に関わる遺伝子に異常があることに着目しました。患者さんの皮膚からiPS細胞を作成し、そのまま神経細胞に変えると、情報をやりとりする「軸索」や「樹状突起」と呼ばれる部分が通常より短いことを確認しました。そこで、ゲノム編集技術を使ってiPS細胞の遺伝子異常を修復し、神経細胞に変えると、軸索や樹状突起の長さが正常になったとしています。すぐに治療につなげるのは難しいでしょうが、異常のある細胞と正常な細胞を比較して、創薬につなげる研究などに期待されています。


5.パーキンソン病の新たな治療法

大阪大学大学院医学系研究科の望月教授らの研究グループは、弱い超音波を使って異常を起こしている神経細胞を焼き切る新たな治療法を一般的な治療として確立させるための治験を2019年11月から始めました11)。新たな治療法は、特殊な装置を使っておよそ1000か所から、異常を起こしているとみられる脳の神経細胞の一部に弱い超音波を集中して照射する手法で、脳の他の部分への悪影響を避けることができるということです。他の手術のように頭蓋骨に穴を開けたり、電極を入れたりする事がないので体への負担も少なくなります。


同治療法は、イタリアやスペインでも研究が進められ、根本的に治すことはできないものの、症状を改善させる効果が報告されているとの事です。イタリアでの研究結果では39人中37人が治療後直ぐに手足の震えの改善がみられ、その効果は翌年まで維持出来たとのことです。根本的に治すことはできないものの、症状を改善させる効果が期待されるということです。同研究グループでは、健康保険が適用される一般的な治療法として確立することを目指し、今後1年かけて10人の患者を対象に、安全性や効果を確認することにしています。


(補足情報)

再生医療は、これまで有効な治療法のなかった疾患の治療ができるようになるなど、国民の期待が高いですが、新しい医療であることから、安全性を確保しつつ迅速に提供する必要があります。このため、2014年11月に「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」と併せて、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」を施行し、再生医療等の安全性の確保に関する手続きや細胞培養加工の外部委託のルール等を定めました。再生医療等を提供しようとする医療機関または特定細胞加工物を製造しようとする場合は事前の手続きが必要となりました。手続きをせず再生医療等を提供又は再生医療等で使用する特定細胞加工物を製造した場合は法律違反となり、罰則が適用されます12)。本年1月15日、ある医科大学の元講師らが在職中に無届けで再生医療を行い、また国から許可されていない施設で再生医療に使う脂肪幹細胞を培養したとして、再生医療安全性確保法違反容疑で逮捕される事件がありました。


再生医療等の提供を受けようとされる患者さんの選択に資する情報を広く公表していくことをねらいに再生医療等提供機関が提供する再生医療等に係る次の事項についてインターネットを利用して公衆の閲覧できるようにしました。

  • 1. 再生医療等提供機関の名称及び住所並びに管理者の氏名
  • 2. 提供する再生医療等(研究として行われる場合にあっては、その旨を含む。)及び再生医療等の区分
  • 3. 再生医療等提供計画に記載された認定再生医療等委員会の名称
  • 4. 再生医療等を受ける者に対する説明文書及び同意文書の様式
  • 5. 法第22条又は第23条の規定による命令(提供機関管理者が法第4条第1項の規定による提出を行うことなく他の再生医療等を提供した場合に行うものを含む。)をした場合にあっては、その内容

再生医療等を受けようとする際には、厚生労働省のホームページから、再生医療等提供機関の名称や受けようとする再生医療等の名称を確認するとともに、医師からの十分な説明を受け、理解・納得した上で検討することが求められます。


(参考資料)

  1. 高橋良輔:パーキンソン病 最新情報、きょうの健康、NHK出版、p100-107、2019年11月
  2. 服部信孝:パーキンソン病のガイドライン、NHK出版、p108-112、2019年5月
  3. KYOWA KIRINパーキンソン病サポートネット:パーキンソン病の基礎
  4. 高橋淳:iPS細胞研究の現状と展望、iPS細胞をもちいたパーキンソン病の再生医療臨床神経学、53 巻 11号、p1009-1012、2013年
  5. 日本経済新聞::パーキンソン病のiPS治療、18年度に治験 京大、2017年2月3日
  6. 日本経済新聞::京大、iPS移植症状改善 パーキンソン病に再生医療医療、2017年8月31日
  7. 日本経済新聞::膝の軟骨、他人の細胞で再生 東海大が臨床研究研究大日本住友と京大のiPS治験、先駆け審査に指定、2017年2月28日
  8. 厚生労働省ウエブサイト 第二種再生医療等・治療に関する提供計画:
  9. 順天堂大学、慶応義塾大学プレスリリース::ヒトiPS細胞の高効率な神経分化誘導方法の開発とパー キンソン病iPS細胞バンクの構築へ~パーキンソン病の病態研究・再生医療を促進~~、2016年2月16日
  10. .YOMIURI ONLINE::パーキンソン病患者iPS、ゲノム編集で修復、2018年4月3日
  11. パーキンソン病PDニュース::超音波を使った新たな治療法、2019年12月4日
  12. 厚生労働省ウエブサイト::再生医療について

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)