こちらでは、「再生医療」がどういったものであるかという事を、分かりやすい言葉で解説致します。可能な限り、皆様にご理解いただけるよう、難しい用語を使用せずに掲載致しますが、ご質問などがございましたら、再生医療相談室にてご質問ください。
古くから、体には不思議な再生能力が備わっていることが知られていた。爬虫類では尻尾が切れてもすぐに生えてくるという不思議な現象や、その再生能力の強さに驚かされた経験は、誰しもが胸に刻んでおられるであろう。ギリシャ神話で、プロメテウスが神ゼウスの逆鱗に触れて屋外に拘束され、毎日(神話では3万年間)、大きな鷲が体の一部を突付きに(食べに)来るが、突付いても突付いても生えてくるという話が知られている。鷲が突付いている箇所はちょうど肝臓の部位に相当する。肝臓に相当する部位の内蔵は、損傷を受けても再生する能力があることが当時から知られていたことを示唆する興味深い神話である。
生体の不思議な再生機能に関しては、これまで主として発生学の面から精力的に基礎的研究が進められてきた。生体の再生機能に関してこれまでに得られた数々の研究成果を基盤にしながら、今度は全く発想を新たにして、”どのようにすれば細胞の機能、すなわち、細胞によって構成される組織や臓器の機能を高めることができるのか、再生させることができるのか”という全く新しいテーマの解決を図るのが再生医学であり、再生医学の研究成果を用いて、実際に組織・臓器の機能低下・不全やそれらに付随する種々の疾病に対する治療としての応用を図るのが再生医療である。再生医療は21世紀において、新しい画期的な医療としての中心的な役割を果たすようになるものと大きな期待が寄せられている。外科学の世界においても、19世紀までの病巣切除術から、20世紀始めの病巣切除後の再建術の導入、さらには、20世紀半ばからの移植術の進歩、そして、今世紀には、ドナー不足や免疫抑制剤からの開放を目指して、新たに再生医療が導入されようとしている。
わが国で”再生医療”が認知されてまだ6~7年しか経過していないにもかかわらず、現在わが国では、再生医療の開発研究、及び、その臨床応用が予期された以上の速さで幅広い展開を示しつつある。海外では”再生医療”に相当する医学用語は見当たらない。再生医療は、Cell Therapy 及び、Tissue Engineering に基づいて開発される医療を包含するものであり、医療のほぼすべての領域がその対象となる。本稿では、再生医療について解説を行うとともに、その実用化の現況、及び、将来展望についても簡単に概説したい。
病気や損傷により、機能低下や機能不全に陥った組織・臓器に対して、細胞の機能・再生機能を有効に活用して、組織・臓器の機能を再生させる医療
再生医療のキーワードは、”細胞機能の活用”であり、治療に用いる細胞源をどこに求めるか、ということが臨床応用を展開する上においての重要なテーマになる。
1.自己・同種・異種(細胞)
対象となる細胞には、自己細胞(自分の細胞)、同種細胞(自分以外のヒトの細胞)、及び、異種細胞(動物・主としてブタの細胞)の3種類があり、すべて臨床応用に供されている。自己細胞の場合は拒絶反応は起こらないが、治療に際して必要量の細胞が得られにくい。同種細胞には、拒絶反応とドナー不足の問題がある。異種細胞の場合にはドナー不足の問題は解消されるが、強い拒絶反応の問題が残る。それぞれの細胞の長所と短所を活用しながら、臨床応用が展開されている。自己細胞としては皮膚(表皮、真皮)細胞、骨髄細胞、骨格筋芽細胞や軟骨細胞等が、同種細胞としては皮膚(表皮、真皮)細胞、角膜細胞や膵島細胞等が臨床応用に用いられている。異種細胞としては、海外でブタの膵島細胞(1型糖尿病を対象)やブタの神経系幹細胞(パーキンソン病を対象)を用いた臨床応用が試みられている。
2.幹細胞
医学の進歩により、”細胞は再生する、生まれ変わる”という現象が次第に明らかにされつつあるが、そのおおもとになる細胞が、幹細胞である。驚くべきことに、つい最近まで、脳の神経細胞は再生しないと言われていた。脳の中枢神経系に幹細胞がみつかり、脳に存在する神経細胞の少なくとも30~40パーセントは再生する可能性があることが分かったのも、わずか、5~6年前のことに過ぎない。脳の細胞が再生し得るということが分かっただけでも、病気の人はもちろんのこと、多くの人々にも夢を抱かせることができる。
生体組織を構成している細胞、すなわち成熟した細胞ではなく、それらのおおもとである幹細胞を再生医療に用いようとする試みが、最近、多くの施設において実施されるようになってきた。幹細胞には、組織幹細胞とES細胞(Embryonic Stem Cell:胚性幹細胞)とがある。組織幹細胞は従来、特定の(決まった)細胞に分化することが運命付けられているおおもとの細胞として認識されていた。ところが最新の研究により、幹細胞には可塑性(組織を超えて分化する能力)を有する可能性のあることが指摘されるようになった。実際に、骨髄幹細胞は血管、骨、神経、筋肉等の様々の細胞になり得る(分化し得る)ことが示されている。さらに、神経系幹細胞や、骨格筋、脂肪、臍帯血、羊膜、胎盤等の幹細胞からも、それぞれ種々の異なった細胞が分化誘導されることも示されており、組織幹細胞に関する研究はまさに新たな局面を迎えようとしている。ES細胞は、受精卵の中にある細胞の塊(内部細胞塊)を培養して樹立される細胞であり、あらゆる細胞に分化することができ、しかも、長期間にわたって増え続けることができるので、メディアでは万能細胞として紹介されることが多い。ヒトのES細胞株を用いた研究の進展が大きな注目を浴びている。
血液疾患に対しては、すでに30年以上も前から骨髄移植が行われてきている。糖尿病に対する膵島細胞移植も20~30年前より施行されてきた。この骨髄移植(造血系骨髄幹細胞移植)や膵島細胞移植はともに細胞移植であり、再生医療の範疇に入る。20年前には重症熱傷に対して培養表皮の移植術も行われている。このように再生医療が発展を示す素地はかなり以前からあった。
再生医療が発展した直接の大きな要因は、ティッシュエンジニアリング(Tissue engineering・組織工学)の概念の提唱である。ティッシュエンジニアリングは、人工臓器にとって代わるような新しい治療法を生み出す技術として1987年に米国で提唱された。これは、人工臓器に細胞を組み込んで、人工臓器に細胞としての機能を持たせようとする技術開発である。ティッシュエンジニアリングは、三つの要素、すなわち、主役としての細胞、脇役としての成長因子、そして、舞台としてのscaffold(工学的手法を用いた足場)から成り立っており、再生医療の一つの大きな柱になっている。その後、1993年にVacantiとLangerが正式に組織工学についてScienceに発表してから、組織工学の概念が世界中に拡がり、現在の再生医療研究の発展に繋がった(1)。わが国でも、1993~4年頃から組織工学の研究が行われるようになったが、当時はまだ再生医学や再生医療という概念が認識されておらず、再生医学や再生医療という用語も全く用いられていなかった。再生医学や再生医療が、学問や医療の名称として認知され始めたのは、1990年代も終わりを告げ21世紀に入り始めた頃からのことである。少なくとも、再生医療の名称が使われだしたのはようやく21世紀に入る頃(2000年頃)のことである。私は2002年4月に、第一回日本再生医療学会総会を京都で主催させていただく機会に恵まれたが、幸いにしてこの学会総会を契機に再生医療という名称が一気に拡がり、21世紀における重要な治療としての認識を得るに至った。その後のわが国における再生医学・再生医療研究の発展には目覚しいものがあり、ゲノムで大きく立ち遅れたわが国においても、この分野では世界をリードできるような独創的な研究開発や実用化が十分に可能になった。20世紀末になって彗星のように現れた再生医療は、21世紀における医療の1つの中心的な柱を形成し、多くの患者さんへの福音となり、社会に多大な貢献をするであろうと大きな期待が寄せられている。
再生医療の具体的なアプローチとして、いろいろな方法がある。 再生医療とは、細胞の機能を有効に活用する医療であり、種々の幅広いアプローチが想定される。要するに、新たに組織や臓器を創出してそれを移植する治療ばかりが再生医療ではなく、むしろ、再生医療においては、組織や臓器を創出して移植する治療法以外の治療法の占める割合の方が多い。細胞の再生を促進させる因子が発見されたら、それを注射する、あるいは、塗布するのも一つの重要な再生誘導治療である。理学療法も、生体組織・臓器の機能の再生を目指す重要な療法であり、再生医療の治療のアプローチの一つとして極めて重要な位置を占める。理学療法と再生医療は多くの接点を共有しており、両者が医学的・科学的にうまくかみ合うことにより、QOL(生活の質)の向上と、病気の予防をめざす新しい療法・治療法として、多くの人々に福音をもたらすことが可能になる。
血液疾患に対して従来より施行されている骨髄移植を代表とする細胞療法(治療)も、重要な再生医療の一つである。最近の骨髄細胞を用いた再生医療(末梢性血管疾患や骨疾患などを対象)の進歩には目を見張るものがある。再生医療には、性質を異にする種々の細胞が用いられる。自分の細胞、第3者からご提供をいただいた細胞、あるいは、無菌ブタの細胞、また、細胞のおおもとである幹細胞などが用いられる。特に、幹細胞を用いる治療の進歩に熱い目が注がれている。従来から臨床応用されてきた人工組織・臓器(細胞を含まない)、さらには、細胞を組み込ませて創出される再生組織・臓器による再生医療の進歩、発展により、将来的には医療に大変革がもたらされる可能性がある。細胞を組み込ませて創出される再生組織を用いた再生医療に関しては、その臨床応用がすでにかなり広範に展開されている。これら再生医療の治療法について、表1にまとめた。
1.再生因子による治療再生誘導因子(薬剤、ペプチド、ホルモン、成長因子など)を注入・投与する治療法2.理学療法リハビリテーションを含む種々の理学療法により、組織・臓器の機能を再生させる療法3.細胞治療正常な機能・再生機能を保持する細胞を注入・投与する治療法4.人工組織・臓器による治療人工組織・臓器(細胞は組み込まれていない)を創出して移植する治療法5.再生組織・臓器による治療人工組織・臓器に細胞を組み込ませて再生組織・臓器を創出し、移植する治療法 |
再生医療の大きな特色のひとつに、侵襲の程度を極めて軽微になし得るということが挙げられる。QOL(生活の質)の向上に大いに寄与し得るのも、再生医療の大きな利点であると言えよう。
現在、医療のほぼ全領域の治療開発研究が進められている。
再生医療研究の重要な柱のひとつは、細胞を組み込む組織工学的手法の開発である。臨床応用のための再生組織の構築をめざして、生体適合性の高い高分子材料の開発や、三次元構築の検討など、新しい発想の研究が歩みを始めている。高分子半透膜を素材とし、免疫隔離機能を発揮できるカプセルの開発研究の進展にもめざましいものがある。私達は、膵島細胞(インスリンを分泌する膵臓の細胞)をカプセル内に封入してカプセル化細胞を作成し、糖尿病モデル動物の皮下に埋め込んだところ、糖尿病の高血糖が完全に正常化した(2)。拒絶反応は起こらず免疫抑制剤も不要で、インスリン投与からも開放された。しかも、この方法はカプセルを皮下に埋め込めば良いので、開腹手術に比べて体への負担もはるかに軽い。カプセル化技術が実用化すると多くの糖尿病患者さんが救われる事になる。細胞のカプセル化は、膵島細胞のみならず他の多くの細胞に応用する事が可能であり、この再生医療技術の確立が、再生医療の実用化、及び普及にとっての重要な課題の一つである。
最近の組織幹細胞やES細胞等の幹細胞に関する急速な研究の進歩にはまさしく目をみはるものがある。特に成体脳における神経幹細胞の発見は、従来の知見を根本的に覆すものであった。長い間成体の脳は再生しないと考えられてきたが、成体の脳も再生し得ることが判明したのである。組織や臓器のおおもとになる幹細胞として、神経系幹細胞や骨髄幹細胞のみならず、最近では、骨格筋、脂肪、臍帯血、羊膜、胎盤等の幹細胞も、再生医療に必要な細胞源として注目されるようになってきた。これらの幹細胞を活用して、治療に必要な細胞を作る(分化誘導させる)ことができるようになれば、多くの患者さんに提供することが可能になる。筋肉、心骨髄幹細胞からの分化誘導に関する最近の研究によると、骨、軟骨、脂肪細胞筋、肝臓、神経、肺、胃腸管の上皮細胞、皮膚、膵島細胞等の様々の細胞へ分化誘導させることが可能である。骨髄幹細胞からの分化誘導に関して、最近、その実体について、部分的なfusionの可能性も指摘されている。このfusionの実体が科学的に明らかにされ、骨髄幹細胞から治療に必要な細胞を安定して十分量作る事ができるようになれば、患者さん自身の細胞を治療に使うことができるので、拒絶反応や免疫抑制剤等の問題から開放され、患者さんにとって大きな朗報になる。
一方、ES細胞に関しては、身体を構成する各組織・臓器のほとんどの細胞に分化することが明らかにされている。ES細胞から肝臓、膵臓等の内胚葉系の臓器へ分化させることは難しいとされていたが、私達は、ES細胞を膵島細胞へ分化させることに成功した。ES細胞から分化した膵島細胞を実際に糖尿病動物モデルに移植したところ、2週間にわたる明らかな血糖値の改善が見られた。遺伝子解析をしたところ、膵島細胞は膵臓の発生に必要な遺伝子をほぼすべて備えており、電子顕微鏡的による検索により、インスリン分泌顆粒の存在が証明された(3)。将来的にヒトのES細胞からヒトの膵島細胞を大量に安定して分化させる技術が開発されるようになれば、多くの糖尿病患者さんが救われることになる。
私達はさらに、ES細胞から中枢神経系細胞を分化させることにも成功した。この神経細胞は、遺伝子解析と免疫組織学的検討により、ドーパミンを分泌することが証明された(4)。パーキンソン病では、脳の線条体に投射する中脳黒質緻密部のドーパミン分泌神経細胞が進行性に脱落する。すなわち、パーキンソン病の運動機能障害は、脳の線条体におけるドーパミンの欠乏がその原因と考えられている。私達はES細胞から分化したドーパミン分泌神経細胞を、ラットを用いて作成したパーキンソンモデルの線条体へ移植したところ、パーキンソン病に基づく異常な回転運動が、ドーパミン分泌神経細胞移植1ヵ月後から大幅に改善した。その後半年間に及ぶ観察を続けたが、異常な回転運動はほぼ完全に制御された(4)。ヒトのES細胞からのドーパミン分泌神経細胞分化方法が確立されれば、多くのパーキンソン病の患者さんへの大きな福音になる。
現在はすでに高齢社会に入っており、今後、糖尿病やパーキンソン病等の疾患は益々増えていくことが予測される。ES細胞からは多くの細胞を作る事ができるので、多くの患者さんに供給する事が可能になり、再生医療としての実用化に成功すれば、患者さんにとっての大きな福音になる。ES細胞に付随する腫瘍化の問題を解決し、安全性や倫理的側面に関する十分な配慮を行いつつ、着実に研究を積み重ねていくことが望まれる。現在、再生医療の研究は、身体のほとんどの組織・臓器を対象として実に幅広い精力的な展開が行われつつある。
再生医療研究は様々の分野で予想以上の拡がりを見せている。再生医療の臨床応用が実施されている領域と対象疾患を表2に示す。
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これらの広範な領域における臨床応用のトライアルは、再生医療の将来に対して大きな夢を膨らませてくれる。
皮膚は随分以前より再生医療としての実用化が進んでいる。重症熱傷に対する培養表皮の移植術が行われてからすでに25年も経過しており、わが国でも着実に臨床応用が展開されつつある(5)。培養軟骨細胞を用いた軟骨再生治療はスウェーデンに始まり、すでに全世界で数千例を超す臨床応用がなされている。わが国でも、種々の施設で独自の工夫が行われ臨床応用が拡がりを見せている(6)。
骨についても、わが国において独自の再生医療の技術開発が行われている。すなわち、培養した骨髄幹細胞と、高分子素材であるセラミックスを複合させることにより形成させた培養再生骨を用いた臨床応用が、世界に先駆けて開始されている(7)。
歯周組織に対しては、工学的手法を用いた再生医療が積極的に押し進められており、最近では、培養した骨髄幹細胞を用いて顎骨を再生させるという新しい再生医療技術の臨床治験が開始されている。
角膜領域における再生医療の臨床応用も着実な歩みを示している。最近のトピックスに、口腔粘膜(幹細胞)を用いた培養角膜上皮シートの作成とその臨床応用がある。患者さん自身の口腔粘膜を採取して培養することにより、再生角膜(角膜上皮シート)を作成し、それを実際に患者さん自身の眼表面に移植する再建術が行われ、良好な成績が得られている(8)。これは患者さん自身の自家細胞を用いる治療法で、免疫抑制剤が不要である。口腔粘膜の幹細胞から角膜(上皮)細胞が分化誘導されたのかどうかについては今後の科学的裏づけを必要とするが、いずれにせよ、将来的にこのような治療法が実用化すれば、多くの患者さんにとっての絶大な福音となろう。眼科領域においては今後角膜のみならず、水晶体、網膜、及び、緑内障に対する再生医療の開発研究が進んでいくものと大きな期待が寄せられている。
閉塞性動脈硬化症などの抹消性血管疾患に対しては、自己の骨髄幹細胞を用いた血管新生療法の臨床応用が急速な拡がりをみせている。骨髄幹細胞(骨髄単核球細胞)を重症虚血下肢の局所(病変部)へ注入する血管新生療法は、わが国において世界に先駆けてその治療法の有効性が示された(9)。
本治療法は、再生医療としては初めて高度先進医療としての承認を受け、保険給付が認可された。再生医療が高度先進医療として承認されたことは、再生医療の臨床応用をめざしている研究者にとって、大きな励みになるであろう。心筋梗塞等の心臓の虚血性疾患に対しても、自己骨髄幹細胞の局所(心筋)注入による血管新生療法の臨床応用が開始されている(10)。さらに、最近、慢性心筋梗塞の梗塞巣に自己の骨格筋肉芽細胞を移植して心筋の再生をめざす再生医療の臨床応用(11)も行われた。
肝臓の機能が極端に低下した患者さんに対して、骨髄幹細胞を注入(静脈内注射)し、肝細胞へ分化誘導させることにより肝臓の機能を再生させようとする臨床治験も始まった。糖尿病や、パーキンソン病、術後の神経機能障害、食道手術後の機能再建に対する再生医療の臨床応用も開始されている。急性期の脊髄損傷に対する再生医療(培養自家骨髄間質細胞の脳脊髄液中への投与)の臨床応用が、すでに医の倫理委員会で承認を受けている施設がある(12)。高齢社会における1つの宿命である脳梗塞に対する再生医療の臨床応用開発研究に関しても、かなりの成果が示されつつある(13)。わが国がまさに直面しつつある超高齢化社会において、糖尿病や、種々の神経変性疾患、脳梗塞、脊髄損傷、網膜症などの難治性疾患に対する新しい治療法の開発は、高齢者のQOLの向上のための最重要課題となっており、画期的な再生医療の実現に対する期待には極めて大きいものがある。
日本の財産は、もの作りである。再生医療の分野でも、その基盤技術は秀逸であり、他の国の追随を許さない。再生医療の分野では、世界に発信できるようなわが国のオリジナルともいえる画期的な治療開発が十分に可能であり、その成果が大いに期待される。再生医療の臨床応用に関しては、実際に、世界をリードしている分野も多い。
再生医療に関しては、その将来的発展を見越して、すでに多くのベンチャー企業が立ち上がってその活動を開始している。最近の予測をはるかに越えた急速な研究の進歩もあり、そう遠くない将来において、さらに多くの領域において、新たな再生医療の治療開発が可能になるであろう。経済の活性化、日本の発展のためにも、基盤技術に対する特許取得が重要な課題になる。5~10年後には、市場的にも、世界で20~30兆円、日本で2~3兆円になるものと見込まれる。
再生医療は、再生誘導治療から、再生組織・臓器の構築に至るまでの実に幅広い様式の医療を包含している。病気の進行度に対応して様々の新しい画期的な治療法を提供できるところに、その大きな特徴がある。
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再生医療は、生体のほとんどすべての組織・臓器の疾患がその治療対象になる。
細胞の機能の再生や分化誘導(必要とする細胞を再生させること)に対して高い効力を発揮する因子(薬剤、成長因子などの物質)が開発できれば、その物質を投与するだけで、働きの低下した組織や臓器の機能が再生させ、蘇らせることができる。また、成長因子等の再生促進因子に遺伝子を導入する事により、効力の高い遺伝子治療を開発することも可能である。
細胞治療としては、従来より、血液疾患に対する骨髄移植(造血系骨髄幹細胞移植)や、糖尿病に対する膵島細胞移植が行われてきている。最近では、骨髄細胞を用いた種々の疾患に対する再生医療が急速な拡がりを見せている。癌に対しても、従来よりリンパ球や樹状細胞を用いた臨細胞治療としての臨床治験が行われている。今後の研究の進展により、将来的に骨髄細胞等を用いた癌に対する画期的な再生医療の開発が実現する可能性が秘められている。
ティッシュエンジニアリングの手法を駆使して構築した再生組織(皮膚、角膜、骨等)を用いた移植治療は、すでに多くの施設で臨床応用が行われている。今後、この分野の研究開発の進展により多くの患者さんが救われると考えられ、大きな期待が寄せられている。
病気がすでに極限にまで進行し、臓器の働きが止まってしまった場合には、将来的に、工学的手法により構築した再生臓器による移植治療の臨床応用が展開されることになろう。
2.病気(合併症)の予防現在は高齢社会であり、しかも高齢者は生活習慣病を始めとして何らかの病気に罹患している確率が極めて高い。高齢者が少しでも健康な状態を維持し、普通の日常生活に近い生活を送りながら長生きできるかどうかが、重要な社会的テーマになっている。そのためには、高齢者の病気の進行を押さえ、合併症を予防しながらQOLの向上を図ることが最も大切である。再生医療はこの目的に合致した治療法である。例えば、糖尿病が極度に進行すると、インスリン注射をつづけても網膜症などの合併症を阻止できなくなる。そこで、膵島細胞の注入や、あるいは、カプセル化した膵島細胞(再生膵島)の皮下組織への埋め込みを行うと、糖尿病は改善し、合併症を防止することが可能になる。理学療法も、生体組織・臓器の機能の再生を目指す療法であり、細胞の機能維持・機能再生を図ることにより合併症の予防(例えば糖尿病性抹消神経障害等)果たす役割は大きいものと考えられる。
3.体への負担・侵襲の軽微な治療細胞治療は、移植治療に比較してはるかに患者さんに対する負担が少なく侵襲が軽微で、組織・臓器の機能の再生やQOLの向上に著明な効果を発揮することができる。例えば、糖尿病に対しては膵臓器移植が行われることが多いが、膵臓から膵島細胞(膵臓に含まれ、インスリン等のホルモンを分泌する内分泌細胞)だけを取り出して治療に用いれば、開腹術の必要も無く、局所麻酔下で細胞を門脈内に注入するだけで事足りる。
ティッシュエンジニアリングの手法を駆使して構築した再生組織(皮膚、角膜、骨等)を用いた移植治療も、臓器移植に比べて比較にならないほど侵襲の程度が軽微である。例えば、膵島細胞をカプセル化した再生膵島は、何も開腹術をして膵臓のある部位(腹腔内の背側にある)に移植しなくても、皮下組織に埋め込めばそれで事足りる。
4.QOL(生活の質)の向上再生誘導治療、理学療法、及び、細胞治療は、すべてQOLの向上に大いに寄与する治療法である。
再生医療は、癌の患者さんに対して施行される手術後のQOLの向上に対しても、多大な貢献をなし得る。すなわち、手術後の神経、血管、筋肉、骨等の再生や、胸腔内臓器、腹腔内臓器の再生・再建は、再生医療技術を駆使することによって初めてその目標の達成が可能になる。術後における組織・臓器の機能再生は、癌の患者さんの術後のQOLを考慮する上において、極めて切実、かつ重要な課題である。
ティッシュエンジニアリングの手法を駆使して構築した再生組織を用いた治療法はすでに臨床応用が開始され、しかも、将来的に今後の研究の発展によって、免疫抑制剤からの開放が可能になるものと考えられ、QOLの向上に寄与するところが大きい。さらに、深刻なドナー不足等の重大な医学的・社会的問題の解決が可能になり、従来の人工臓器や臓器移植に取って代わる治療法になると考えられている。
さらに、将来的には再生臓器を用いた移植治療の臨床応用が考慮されることになるであろう。この治療法も再生組織による治療法と同じく、将来的に免疫抑制剤からの開放が可能になるであろう。
5.夢の治療実現の可能性厚生労働省の発表によると、2004年の日本人の平均寿命は女性85・59才、男性78・64才と世界一の水準に達している。
健康な状態で長生きする(ピンピン)、そして、死ぬ時はできるだけ苦しまずに、また、人に要らぬ迷惑をかけないように、できるだけ早く死ぬ(コロリン)。これは、特に、超高齢化社会において、誰もが望むところである。健康で長生きできれば、経験豊富・技術豊かな高齢者の活用が可能になる。さらに、高齢者がボランティアーとしてのNPO法人活動などを通して社会に貢献し、人生の生きがいを見出すことも可能になる。
しかしながら、高齢者は生活習慣病を始めとして何らかの病気に罹患している確率が極めて高い。病気の種類、病気の程度、罹病期間等は個々で全く異なっていても、その状況下で、如何にいい状態でQOLを維持しながら長生きできるか、あるいは、如何にQOLを向上しながら長生きできるか、まさしくこれが、多くの人々が望んでいる命題であり、夢であろう。本稿における再生医療の果たす役割を振り返ると、再生医療はまさしくこの夢を可能にする治療を提供し得るであろうと考えられる。
再生医療研究の進歩とその実用化により、21世紀における医療は、誰もが予測できない、想像を絶するような変貌を遂げていくことになるであろう自己(自分)の細胞を使い、その細胞の数を増やして治療に用いる方法は、すでに再生医療として臨床応用が広範に行われつつある。今後の研究の進歩により、将来的には、自己の幹細胞(例えば、皮膚幹細胞、脂肪幹細胞、自己のDNAを包含するES細胞等)から、治療に必要な細胞を選択的に分化誘導させ、しかも、治療に必要な細胞数を確実に得る技術が確立されれば、多くの人々にとって絶大な福音となろう。再生医療は、機能の衰えた、あるいは廃絶した組織・臓器に対して、再び幹細胞を通して、分化、そして、成長というプロセスを与えるという革命的技術をもたらし、まさに夢の治療の実現を可能にしようとしているのである。
わが国における再生医療の真の発展をめざす上で重要な点は、独創的な素晴らしい研究成果が得られた時に、それを如何にして実用化に結びつけていくかということである。もう1つは、再生医療に関する積極的な啓発活動を行い、十分に社会的コンセンサスが得られるように努めることである。
今回、再生医療のアプローチ(治療法)の1つとして、初めて理学療法を取り上げてその分類の中に加えた。理学療法は生体組織・臓器の機能の再生を目指す重要な療法であり、再生医療と多くの接点を共有する。両者が医学的・科学的にうまくかみ合うことにより、QOL(生活の質)の向上と、病気の予防をめざす新しい療法・治療法として社会に貢献し得る可能性が極めて大になる。
現在すでに、皮膚、骨・軟骨、歯周組織、角膜、末梢性血管・心臓、肝臓、膵臓、神経(抹消・中枢)、食道等、実に多くの重要組織・臓器を対象とする再生医療の臨床応用が広範な展開を示すとともに、それに付随してかなりの数のベンチャー企業も立ち上がってきている。今後、再生医療の臨床応用、及び、その実用化に関しては、加速度的な発展が見込まれる。
高齢者のQOLの向上のための最重要課題となっている糖尿病、神経変性疾患、脳梗塞、脊髄損傷、網膜症などの疾患に対する新しい画期的な医療の開発に対する期待には極めて大きいものがあり、これらに解決の道を与え得るのが再生医療である。
再生医療は21世紀において、医療の内容のみならず、その方向性をも変える革命的な医療になるであろう。再生医療が、患者さんの病状の改善、病気の進行の予防と治療、QOL(生活の質)の向上に寄与し、夢の治療を提供し、21世紀における人類の健康と福祉、そして人類の幸福に多大な貢献をなし得るようになるものと信じる。
引用文献
(NPO法人再生医療推進センター理事長 井上一知)