NPO法人再生医療推進センター

再生医療相談室 回答ページ No.360


専門分野: 幹細胞など基礎

Q: 遺伝疾患に対してiPS細胞による治療は原理的に可能なのか

 最近私は、iPS細胞について本などを読むことで、本格的に学習を始めました。知れば知るほど、生命のすごさなどを感じています。
さて、そんな中で、iPS細胞の基礎原理を理解したのですが、ここで一つ疑問があります。単純には、iPS細胞というのは、体細胞が持っている遺伝子の辞書(単能性)を、受精卵などを使うことなく、全能性に戻して、それを利用し再生医療を行うというものですよね。これだと、倫理問題も少ないし、なにしろ自分の辞書(DNA)を初期化し、全能性を持たせるのですから、拒絶反応も少ないということなんですよね?(この時点で、私の学習不足でしたら申し訳ありません)
しかし、遺伝的疾患は、そもそもDNAに問題があるので、体細胞のDNA(単能性)を仮に、初期化しても、特定のDNAに問題のあるDNA(全能性)になるだけで、遺伝的疾患の治療には役立てられない気がします。
専門家の皆様には釈迦に説法並みの愚問かもしれませんが、iPS細胞は遺伝的疾患(そもそものDNAに異常)を治療するのに役立てられるのか否か、教えて欲しいです。よろしくおねがいします。

掲載日: 2008.11.16

A:

 「iPS細胞は遺伝的疾患(そもそものDNAに異常)を治療するのに役立てられるのか否か?」というご質問にお答えします。
ご指摘のように、遺伝性疾患を発症する遺伝子の異常は、患者さんの全ての体細胞に共通ですから、そのような細胞からiPSA細胞を作ってもそのままでは疾患の治療には使えません。ただ、iPS細胞がそのような疾患の治療に何の役にも立たないかというと、そうではありません。
一つの方向性は、遺伝性疾患を含む各種疾患の患者さんからiPS細胞を作成して、問題となる細胞に分化させ、疾患が起こる病態を詳細に観察することで、治療法を探ってゆこうというものです。例えば、筋ジストロフィーの患者さんの細胞からiPS細胞を作り、これを培養して筋肉の細胞に分化させると、筋肉の萎縮がどのように起こるのかを詳細に検討することが可能となります。そのような病態が分かれば、それに対する対策(萎縮を防止あるいは抑制する薬剤の開発など)が容易になり、新しい治療法が生まれることが期待されます。実際に、多発性嚢胞腎などいくつかの遺伝性疾患でこのような研究がスタートしています。また、このようなやり方で、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症、1型糖尿病などのような原因不明の難治性疾患の研究も行われようとしています。
また、ある種の薬剤をある遺伝的素因を持った患者さんに投与すると、重篤な副作用を生じる場合があるのですが、このような遺伝的素因を持った患者さんからiPS細部を作成すれば、そのような危険な副作用を起こさない新薬の開発が格段に進むことも期待されています。
以上のようなiPS細胞の利用は直接に遺伝子異常を治療するものではありませんが、遺伝子異常を直接治療する方法もあります。具体的には、遺伝子異常を有する患者さんから作ったiPS細胞に対して、異常な遺伝子を正常なものと置き換え、それを目的の細胞に分化させて患者さんに戻すことで、遺伝子異常によって起こる症状を緩和することを目指します。実際に、この方法をマウスに用いて、ヘモグロビン遺伝子の異常で起こる貧血の症状が緩和できたというような報告も出てきています。試験管内でいくらでも増殖させることができるiPS細胞は、このような遺伝子治療の対象としては大変有用な細胞です。今後、ヒト細胞の特定の遺伝子だけを選択的に確実に入れ替える技術や、目的の細胞に確実に分化させる技術が進歩すれば、遺伝性疾患に対するこのような治療が可能になるものと期待されます。
NPO会員様募集中
再生医療相談室トップに戻ります
再生医療推進センターは再生医学、再生医療の実用化を通して社会への貢献を目指す非営利活動法人です。
Copyright (C) NPO法人再生医療推進センター All rights reserved.