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再生医療用語集
No.31 再生医療トッピクス

脊髄損傷に対する再生医療等の取組(1)

厚生労働省は急性期脊髄損傷の治療を目的とした医薬品等の臨床評価に関するガイドラインを公表しました1)。薬物療法が主となる急性期に範囲を絞り、臨床試験では、脊髄損傷による身体麻痺の悪化や脳梗塞など急性期病態に関連する有害事象も収集すること、有効性評価に影響を与える可能性がある薬剤は可能な限り併用禁止することなどを盛り込んでいます。同ガイドラインは医薬品に限らず、再生医療等製品の臨床評価にも活用できるとしています。


そこで、脊髄損傷に対する再生医療等の取組について、トピックスで取上げました話題に、基礎研究などの取組を加え、3報に分けて紹介する予定です。本報では、慢性期の脊髄損傷に対する嗅粘膜移植の臨床研究、自家骨髄間葉系幹細胞による治療、他家iPS細胞移植の臨床研究についてです。


1.脊髄損傷に関して2-4)

脊髄には脳と手足の筋肉とをつなぐ神経線維があり、大脳からの運動指令を手足に伝えています。脊髄損傷とは、交通事故、高所からの転落やスポーツ事故などにより脊髄が傷つき、脳からの指令が適切に筋肉に伝わらなくなり、手足に麻痺症状が現れた状態です。受傷時に脊椎の骨折や脱臼を伴うことが多く、頚椎高位での損傷では四肢の麻痺、胸椎高位での損傷では両下肢の麻痺を伴うことが多く、手指運動機能の再建は極めて難しく、日常生活レベルで必要とされる手指の器用さを取り戻すことは難しいのが現状です。頚髄損傷では、横隔膜機能の障害に起因する呼吸機能障害も起こり得ます。現在でも、有効な治療方法は確立されていません。


脊髄損傷の発生数は、年間百万人あたり約40人と推定され、患者さんは我が国では約10万人とされています。患者さんのほとんどが男性で、発生年齢としては、我が国では20歳と59歳にピークがあり、胸腰髄損傷は若年者に多く、頚髄損傷は高齢者に受傷者が多い傾向にあります。脊髄損傷の原因としては、交通事故が44%で、続いて、高所転落が29%、転倒が13%、打撲・下敷きが6%、スポーツレジャー事故が5%です。医学の進歩に伴い受傷後も生存すること自体は十分可能となっていますが、日常生活の不自由さや精神的な負担が長期間にわたり患者さんを苦しめる結果ともなり、社会的な課題となっています。


2.再生医療のアプローチ5-6)

脊髄損傷後の病態は、急性期・亜急性期・慢性期と、損傷からの時間の経過に伴い大きく変化をするため、それぞれの病期に対する治療法が必要となります。先ず、損傷された脊椎を動かさないようにして損傷の広がりを予防します。四肢が動かない頚髄損傷の場合は、頭部と体幹を一体として固定して病院へ搬送されます。受傷直後は「脊髄ショック」の状態で完全麻痺と不全麻痺の区別が付きませんが、脊髄ショックを脱して完全麻痺であれば一般的に予後は期待できません。治療は不安定性のある損傷脊椎の固定が中心となり、不全麻痺で脊髄圧迫が残っている場合には、圧迫を除去する手術が実施されます。損傷された脊髄を直接治療する方法がないのが現状です。


脊髄損傷に対する再生医療等のアプローチは、間葉系幹細胞の静脈注射療法あるいは神経幹細胞・ES細胞・iPS細胞などを用いた細胞移植療法と、神経栄養因子や軸索伸展阻害因子の阻害剤などを組み合わせた細胞移植療法以外の治療法などがあります。さらにこれら方法を組み合わせ、リハビリテーションと併せた治療を行うことで、損傷された神経組織を再生し機能を回復させることができれば、脊髄損傷治療に新たな可能性を有することができるでしょう。


2.1 慢性期の脊髄損傷に対する嗅粘膜(鼻腔奥)移植の 臨床研究7-8)

下肢が完全に麻痺し、長い期間が経過した慢性期の患者さんに有効な治療法はありません。大阪大学医学部付属病院 は2008年から、患者さん本人の鼻の粘膜を損傷部分に移植して神経を再生させる臨床研究を8人の患者に実施、うち5人で脚の機能が一部回復する効果を確認しました。


脊髄を含む中枢神経は一度壊れると非常に再生しにくいため、神経線維が完全に断裂した場合には、もはや機能の回復は望めないと考えられてきました。東京都内の男性Nさん(41)は26歳の時、バイクを運転中の事故で脊髄を損傷し、下半身を全く動かせなくなりました。その後約10年間、車いすでの生活を余儀なくされました。現在のNさんは両腕につえを装着し、自分の脚で500メートルを歩けるようになったそうです。2010年に同病院で受けた「嗅粘膜移植」と、リハビリテーションの効果だそうです。そして、Nさんを含む2例で「運動誘発電位」が認められたことです。脳に磁気刺激を与えたところ、その信号が脚の筋肉で検出されました。切れていた神経回路が接続したことを証明する現象で「世界初の成果」だそうです。術後の重い合併症はなく、安全性も確認されたとのことです。


現在の対象は、①損傷から1年以上経過、②両下肢が完全に麻痺、③損傷部の長さが3センチ以下、④40歳以下、などの条件を満たす患者さんです。2012年には国の先進医療に認定されましたが、全ての患者さんで機能が回復しているわけではありません。その回復の程度も十分とは言い難いとのことです。長期のリハビリテーションも患者さんには大きな負担となります。研究代表者の吉峰教授は「今後は脳の機能解析を進め、神経回路の再構築に効果的なリハビリの方法を見つける必要がある」と話します。2.2及び2.3で紹介します間葉系幹細胞やiPS細胞などによる脊髄損傷治療の可能性が注目されていますが、いずれも急性期、亜急性期の治療が目的で、嗅粘膜移植は慢性期の治療法として臨床応用されています。


2.2 自家骨髄間葉系幹細胞が保険適用

2019年5月4日の朝、6時及び7時のNHKニュースで“脊髄損傷に対する患者さん自身の間葉系幹細胞(自家間葉系幹細胞:ステミラック注)による再生医療等製品の保険適用が今月中ごろから開始”が紹介されました。治療の対象は事故から1ヶ月ぐらいの脊髄損傷の患者さんです。まずは、札幌医科大学で年間100人程度を治療していき、同製品の製造企業は、今後他の医療機関にも提供していくとのことです。


ステミラック注は脊髄損傷の治療として初の間葉系幹細胞を用いた再生医療等製品であり、患者さん自身の骨髄間葉系幹細胞によって損傷神経の再生を促します。同製品は、札幌医科大学とニプロ株式会社とで共同開発され、初の細胞製剤として2018年12月28日、厚生労働大臣から7年間の条件付きで製造販売の承認を受けました。


投与された骨髄間葉系幹細胞は損傷した脊髄周囲の血管新生や抗炎症作用、脊髄神経の再生によって神経症候や機能障害の改善効果を示すと考えられています。骨髄間葉系幹細胞の採取は骨髄(腸骨)からですが、投与する際には静脈に投与できるため、患者さんへの負担や侵襲性もあまり大きくありません。


実施された治験の結果では、患者さん13人中12人で麻痺の改善が確認されたそうです。しかし、骨髄幹細胞の作用の詳しい仕組みは解明されておらず、これから7年間の間に、細胞製剤で治療された患者さんと、同製剤を用いずにリハビリテーションだけを行われた患者さんを比較し、有効性と安全性を継続して確認していくことになります。なお、本節は当センタートピックス、「No.9No12No13No.23」から引用しており、本文中で参考にさせていただきました資料は割愛しています。


2.3 他家iPS細胞移植の臨床研究開始

慶応義塾大学医学部の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授らが研究を進めている「亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究について、2019年2月18日、厚生労働省の専門部会は、実施を了承しました。岡野教授らによるこれまでの研究により、神経のもとになる神経前駆細胞を、受傷後比較的早期に患者さんの損傷脊髄に移植すれば、脊髄損傷に対する有効な治療となる可能性が高いことがわかってきました。


iPS細胞技術の進展により、脊髄損傷に対する移植治療に必要な神経前駆細胞を大量に作成することができるようになり、速やかに、この神経前駆細胞を脊髄の受傷部位に移植することが可能となりました。この臨床研究では、京都大学iPS細胞研究所が進めている再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトから、医療用iPS細胞の提供を受け、あらかじめ移植細胞を作製して用いることを計画しています。同臨床研究では、受傷後14~28日の脊髄損傷(亜急性期脊髄損傷)の患者さんで、運動などの感覚が完全に麻痺した18歳以上の患者4人が対象です。移植細胞および移植方法の安全性の確認が主な目的であり、併せて脊髄損傷治療における有効性を確認する計画です。


移植後は、一定期間の免疫抑制剤の使用、および通常の保険診療の範囲内のリハビリテーション治療などを行い、約1年間の経過観察を行う計画です。本臨床研究で安全性が確認できた場合、細胞数を増やすことによる有効性の検討や、「亜急性期脊髄損傷」だけでなく「慢性期脊髄損傷」における安全性や有効性の検討を行う計画もあります。 なお、本節は当センター再生医療トピックス、「No.19」から引用しており、参考にさせていただきました資料は割愛しています。


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図1 脊髄損傷に対する再生医療等取組一覧


(参考資料)

  1. 厚生労働省:厚生労働省は急性期脊髄損傷の治療を目的とした医薬品等の臨床評価に関するガイドラインについて、薬生薬審発0508 第1号、薬生機審発0508 第1号、令和元年5月8日
  2. 金子慎二郎、中村 雅也:脊髄損傷、脳科学辞典、2015年8月
  3. 岩波明生、他:脊髄損傷を標的とした再生医学、総合リハビリテーション、33巻11号、2005年11月、pp.1029-1037
  4. NPO法人日本せきずい基金ホームページ:脊髄損傷とは
  5. 公益社団法人日本整形外科学会ホームページ:脊髄損傷 予防と治療
  6. 独立行政法人国立病院機構 村山医療センター:脊髄損傷とは
  7. 47NEWS:鼻の粘膜移植でまひ改善慢性期の脊髄損傷5例で大阪大の臨床研究、2015年2月24日
  8. 貴島晴彦:先進医療「自家嗅粘膜移植による損傷脊髄機能の再生治療」についてのご説明、先進医療説明書 第4 版(大阪大学 脳神経外科)、2017年3月1日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)