再生医療は細胞培養、加工技術や分化・精製技術の進歩により、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)、あるいは脂肪組織や皮膚組織など生体の様々な組織に含まれている体性幹細胞等、さらには体細胞の加工等を用いることで、組織補充、組織再建の可能性が示されています。再生可能な組織・臓器の範囲を拡大することで、従来の治療法では根治が難しかった疾患や障害に対して、失われた機能を再生する治療が期待できます。
再生医療によって、長期的な治療が求められる状況から疾患の根治の道筋がつけば、患者さんのQOLの向上並びに医療費を軽減できます。また、患者さんを治療に係わる時間的拘束から開放することで、社会復帰による経済効果も期待されます。また、再生医療関連の産業の活性化にも繋がります。同産業の発展は、再生医療の普及にも結び付きます。再生医療スタートアップの研究開発が再生医療等技術や再生医薬製品として上市されることが期待されます。そこで、心不全に関係した研究開発をされている企業の取組をご紹介します。
(1)急性心筋梗塞:Muse細胞 再生医薬品 臨床試験
◎(株)生命科学インスティテュート
ヘルスケア関連事業を手がける(株)生命科学インスティテュートは川崎市に細胞加工施設を新設すると発表しました(2018年3月20日)1)。投資額は約20億円で、5月に着工し、2019年1月に稼働させる計画です。生命科学インスティテュートは2018年1月、Muse細胞を使った世界初となる急性心筋梗塞の臨床試験を岐阜大医学部付属病院などで始め、21年度の承認取得を目指されています。新施設で加工した細胞は、臨床試験だけでなく、承認取得後の商用生産にも活用する計画とのことです。
Muse細胞は生体内に存在する幹細胞の一つで、急性心筋梗塞や脳梗塞、腎不全などさまざまな難治性疾患に有効性を示す可能性があるとして注目されています。急性心筋梗塞の場合、この細胞を点滴すると、心筋の傷ついた細胞のそばに集まって再生するということです。手術が不要で設備の整っていない地方の病院でも扱いやすいため、同社では有力な治療法に育つと期待しています。
(2)心筋症:再生因子 再生医薬品 シート 注射/飲用 臨床試験
◎リンドファーマ(株)
リンドファーマ(株)(2017年6月に設立された大阪大学発スタートアップ)は心筋症をターゲットに、組織を再生する飲み薬の開発を目指しています2)。医薬品開発を支援する国の日本医療研究開発機構(AMED)から資金を得て、移植に依らない医療へ動き始めました。自然治癒力を生かすことを基本のアイデアとしています。一般の薬のように低分子化合物を活かし、たんぱく質で構成された「再生因子」を多量に分泌させることにあります。
再生因子としては、血管内皮細胞増殖因子や肝細胞増殖因子があります。体が傷付くと通常、傷ついた場所から再生因子が放出され、細胞分裂などが起こり、組織が再生されます。ヒトの体内では、傷付いた場所でプロスタグランジンという物質が作られます。この物質が周囲の受容体に結びついて刺激し、再生因子が生じます。リンドファーマが開発している化合物は、プロスタグランジンの代わりに受容体に結びつくものです。プロスタグランジンは分泌されて数秒から数分で消えます。同社の化合物は分解されてすぐ消えないようにするために、原子の集まりである官能基を独自の構造で組み合わせることで、4時間近く消えないことに成功しました。
注射、シート、飲み薬での開発を目指しています。飲み薬は体の中の傷んだ場所を見つけて作用することが期待されていますが、心臓以外の場所への影響などを確認する必要があります。大阪大学と同社はAMEDから4億円を超す資金を得ています。効果を確かめるため、2016年12月にまず心臓に貼り付けるかたちで医師主導の臨床試験を始めており、2019年春に終える予定です。
(3)心不全(虚血性心疾患):iPS細胞(他家)心筋シート 再生医薬品
◎第一三共(株)、クオリプス(株)
第一三共(株)はiPS細胞を用いた心臓の筋肉を再生できる心筋シートの事業化に着手すると発表しました(2107年8月7日)3)。同社は大阪大学発再生医療ベンチャーのクオリプス(株)とiPS細胞を使った心筋シートを共同開発すると発表しました(2017年10月5日)4)。大阪大学大学院医学系研究科の澤教授の研究成果を活用し、心筋梗塞や狭心症といった重症の虚血性心疾患向けに5年後の実用化を目指しています。大阪大学附属病院で臨床試験が進められており、第一三共は生産技術の開発などで連携できるか探る見通しです。実用化すれば全世界での販売権も得ることができます。
クオリプスのチーフ・サイエンティフィック・アドバイザーとして同シートの研究を手がけている澤教授は、2017年10月4日に都内で会見し、「われわれが培ったものが死の谷を越え、ダーウィンの海を渡っていくのは大変難しいことだが、第一三共と共にクオリプスの事業がスタートして、実際に世界中の患者にこの治療が届くことが可能になってきた」と実用化に期待感を示しました5)。
iPS細胞由来心筋シートは、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞をシート状にした他家細胞治療製品です。心臓移植や人工心臓装着以外に有効な治療法がない重症心全患者の心臓に同シートを移植することで宿主心筋と電気的に結合し、同シートが心拍の動きと連動することで、心機能の改善や心不全状態からの回復等が見込まれています。カテーテルや注射器で注入する細胞療法は、移植した細胞が局所的にしか生着しないため、有効性を発揮できず、安全性についても生着した移植細胞の周辺に不整脈が引き起こされる懸念があったが、こうした課題を解決できる可能性があります5)。
(4)心不全:線維芽細胞(自家) 細胞医薬品 注入 ラット 基礎研究
◎(株)メトセラ
同社は、心不全向けの再生医療等製品の研究開発を事業とするベンチャー企業(2016年3月設立)ですが、開発中の心不全向け細胞医薬品でラットを用いた試験で高い治療効果を確認したとしています(2017年9月17日)6)。「線維芽細胞」と呼ばれる心筋細胞を増やす力を持つ細胞を患者の臓器から採取して心臓に注入します。幹細胞を使った再生医療品を心臓表面に貼る既存の治療法と比べコストや製造期間を削減できるということです。
同社は研究を通じて、同じ臓器の中に様々な種類の線維芽細胞があり、その中でも機能的な心組織の作製や、心不全の治療に特に適した線維芽細胞群が存在することを明らかにしました。線維芽細胞には心筋細胞の増殖や移動を促進し、強い心組織の構築を促す力があることが分かっており、こうした特徴が心不全の治療に寄与しているものとしています7)。2020年に薬事申請に向けた治験届を出すことを目標に、筑波大学と共同で研究に取り組んでいます8)。
(5)重症心不全:iPS細胞 心筋細胞 再生医療製品 基礎研究
◎富士フイルム、武田薬品工業
富士フイルム(株)は武田薬品工業(武田薬品)と共同で、iPS細胞由来心筋細胞を用いた再生医療製品の事業化に関する取り組みを開始したと発表しました(2018年2月8日)9)、10)。富士フイルムの米子会社、米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(CDI)が開発中のiPS細胞を使う心疾患向け再生医療製品の開発・販売を共同で手がける方針です。
同共同研究では、富士フイルムのiPS細胞関連技術やエンジニアリング技術と武田薬品のiPS細胞に関する専門技術、医薬品の前臨床・臨床試験に関わる経験を融合させ、心臓疾患患者向けの再生医療製品の普及を目指すとしています。2019年頃、米国で治験に入る見込みで、現在は動物実験などを進めています。武田薬品工業は2017年、試薬を手がける和光純薬工業を富士フイルムに売却しましたが、両社が共同事業を始めるのは今回が初めてです。
武田薬品工業は主力研究拠点の湘南研究所で再生医療の研究を手がけています。2015年には京都大学iPS細胞研究所と共同研究を開始しています。両者から計100人の研究者を集め、10年間で約300億円をかける計画で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、糖尿病、がん、心不全といった疾患を対象に、iPS細胞を使う創薬を目指しています。
図1 心不全などに対する再生医療等の取組(取組(1)-(5)で紹介)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
プライバシーポリシー
再生医療推進センターは再生医学、再生医療の実用化を通して社会への貢献を目指す非営利活動法人です。
Copyright © NPO法人再生医療推進センター All rights reserved.