ここでは、第一に、iPS細胞由来心血管系細胞多層体を作製し、重症心不全患者さんに移植による心筋再生治療の安全性と有効性の評価を目的とする前臨床試験についてご紹介します。第二に、iPS細胞を心筋や血管など3種類の細胞に変え、薄いシートに加工し、このシートを最大で15枚重ねて厚さ1mm弱の心臓組織を作製し、心臓に移植することで拡張型心筋症を治療する研究について取上げます。第三に、Tbx6という遺伝子を導入することにより、心筋細胞や血管細胞を誘導することに成功されたダイレクトリプログラミングに関する研究について触れます。第四に、iPS細胞を用いて、細胞シート工学を活用して心筋シートを作製した研究についてまとめてみます。最後に、心筋梗塞を起こしたサルにiPS細胞から作製した心臓の筋肉の細胞を移植し、症状を改善させることに成功した研究についてご紹介します。
(1)重症心不全:ヒトiPS細胞 心臓組織 移植 前臨床試験
◎京都大学医学部附属病院心臓血管外科
同大学湊谷教授らのグループは拡張型心筋症あるいは虚血性心筋症などの重症心不全患者さんの心筋再生治療を目的として、同大学iPS細胞研究所から提供される健常人HLAホモドナー由来iPS細胞から心血管系細胞を分化誘導し、シート化・積層化を行い、ヒトiPS細胞由来心血管系細胞多層体を作製して、重症心不全患者さんに移植による心筋再生治療の安全性と有効性の評価を目指しています1)。
細胞シートを使用した幹細胞による心筋再生治療として、自家骨格筋筋芽細胞(再生医療トピックス No.36を参照ください)を用いた細胞シートが既に市販されています。湊谷教授らのグループの治療においては、治療抵抗性の患者さんが約30%存在することから、よりパラクライン効果注1)の高いiPS細胞を用いた細胞シートが望ましいと考えています。加えて、積層体は、移植細胞を多量に長期間にわたる治療が期待できるとしています。
外科治療と細胞移植を併用による新たな治療法を確立するために
①ヒトiPS細胞からの種々の心血管系細胞(心筋細胞・血管構成細胞)分化誘導法
②心筋再生を目的としたiPS細胞由来の心血管系細胞を豊富に含む三次元構造であるヒトiPS細胞由来心臓組織シート技術
③ゼラチンハイドロゲル粒子を用いた心臓組織シート積層化(ヒトiPS細胞由来心血管系細胞多層体作製)技術
を開発し、動物モデルへの治療効果及び安全性を検討されてきました。
(2)拡張型心筋症:iPS細胞(他家) ハムスター 基礎研究
◎京都大学iPS細胞研究所
患者さん以外のiPS細胞から作製された心臓組織を移植することで「拡張型心筋症」を治療する研究を、京都大学iPS細胞研究所の山下教授らのグループが進めています2)-3) 。山下教授らは、iPS細胞を心筋や血管など3種類の細胞に変え、薄いシートに加工し、このシートを最大で15枚重ねて厚さ1ミリ弱の心臓組織を作製しました。中間層の細胞が死なないようにするために、シートの間にゼラチンの微粒子で酸素が通る隙間を作る工夫を施しました。拡張型心筋症のハムスターを使った実験では心臓の細胞死や変質が減り、病気の進行が抑えられたとしています。臨床研究が認められれば、同大付属病院で移植が必要な成人の患者数人を治療するということです。
iPS細胞を利用する心臓病治療では、心筋の細胞だけで作った厚さ0.1mm程度のシートを心臓に貼り付ける臨床研究について再生医療トッピクス No.46「心不全などに対する再生医療等の取組(1)」でご紹介しました。山下教授は「今回作製した組織には、血管になる細胞も含まれているため心臓に定着しやすく、心臓移植が受けられない人にも有効な治療になると期待している。将来的には、手術がより困難な小児への応用も検討したい」と話されています。
(3)心筋梗塞:遺伝子導入 マウス 基礎研究
◎慶応義塾大学医学部 筑波大学医学医療系循環器内科
同大学の家田真樹専任講師(現筑波大学 医学医療系循環器内科 教授)らは、心筋梗塞などで線維化することで、ポンプ機能が低下した心臓の細胞に3種類の遺伝子を導入し、心臓の機能が回復することをマウスによる実験で実証しました 4)。IDファーマ(株)との共同研究とのことです。細胞移植を必要としない新しい心筋再生法として、再生医療への応用が期待されています。これにつきましては、再生医療トッピクス No.13「脳神経をiPS 細胞を用いずに再生-新たな再生医療:ダイレクトリプログラミング技術」でもご紹介しました。
家田教授らは、これまでにヒトの心筋細胞を作り出すために必要な「心筋誘導遺伝子」の遺伝子群を複数発見しました。同研究チームは、これらの遺伝子を心臓に効率よく導入する遺伝子の運び屋ウイルス「心筋誘導センダイウイルスベクター」を開発しました。マウスから心臓内の線維芽細胞を取り出してこのウイルスで誘導すると、拍動する心筋細胞ができる効率がこれまでより約100倍高い10日間で10%と、大幅に改善することができたとのことです。さらに心筋梗塞のモデルマウスで実験したところ、従来方法では誘導率が0.5%だったところ、このウイルスを使えば約1.5%に上昇し、成熟した心筋細胞ができたそうです。
また、家田教授らの研究グループはTbx6という遺伝子を導入することにより、線維芽細胞やマウス・ ヒトの多能性幹細胞から心臓中胚葉細胞を直接に誘導できることを発見しました 5)。加えて、 Tbx6をマウスES細胞・ヒトiPS細胞といった多能性幹細胞に導入することにより、液性因子を使用することなく、効率よく増殖可能な心臓中胚葉細胞を作製し、さらにこれを心筋細胞や血管細胞を誘導することに成功しました。Tbx6が心臓発生に重要なMesp1・BMP4遺伝子の発現を一過的に上昇させて心筋誘導する仕組みを解き明かにしました。加えて、Tbx6の発現期間を調整することにより、同じように中胚葉から分化する骨格筋や軟骨細胞も誘導が可能であることを見出し、Tbx6が心臓だけでなく多能性幹細胞からの中胚葉分化全体を制御する重要な因子であることを発見しました。
(4)重症心不全:iPS細胞(他家) 心筋シート 移植 基礎研究
◎東京女子医科大学
同大学先端生命医科学研究所では、同大学発世界初の技術である「細胞シート工学」を基盤技術とし、医師、薬剤師、理工学研究者が一体となって組織移植による再生医療を中心とした新規治療法開発をしています。今までに角膜、食道、心臓、歯周組織、膝軟骨、中耳の領域では、単層から数層の細胞シートを移植する臨床研究・治験が国内外で開始されており、それぞれに良好な結果が得られています6)。
循環器領域における同大学の目標は、重症心不全です。成体の心臓に存在する心筋細胞の分裂能は非常に低く、拡張型心筋症や虚血性心筋症などの心疾患における心筋細胞が損なわれた場合、心筋細胞をはじめとする心筋組織の補填が根本的治療法となります。現在、ヒトiPS細胞由来心筋細胞およびヒト心筋シートの量産を医工連携・産学連携により実現し、また血管網付与を介した細胞シート積層化技術により、移植用3次元心筋組織の構築およびその臨床応用に向けた研究開発をしています。
同大学によりますと、細胞シート技術により生体外で組織を構築することが可能です。また、同じく同大学独自のヒトiPS細胞大量培養技術により、ヒト心筋細胞、血管内皮細胞および間質細胞の量産が可能となり、細胞シート技術により作成したヒト心筋組織を用いた研究開発が日常的に行なえる環境にあるとしています。ヒト心筋組織を用いることで、不全心による心拍出量の低下を直接的に補う新たな心不全治療の開発が可能と考えられますが、その臨床応用に向けては解決すべき課題が数多く存在するとしています6)。
再生心筋組織を用いた再生医療の適応の幅を広げていく中で出てくる様々な課題を解決し、重症心不全に対する効果的な心筋再生医療の開発を目指しています。
(5)心筋梗塞:iPS細胞 心筋細胞 移植 サル 基礎研究
◎信州大学医学部
心筋梗塞を起こしたサルにiPS細胞から作製した心臓の筋肉の細胞を移植し、症状を改善させることに世界で初めて成功したと信州大学医学部柴准教授(現信州大学医学部再生医科学教室教授)のグループが発表しました(2016年10月10日付の英科学誌ネイチャー)7)。同グループは数年以内にヒトでの臨床試験を始める計画のようです8) 。
同グループでは、拒絶反応が起きにくい特殊な免疫の型を持ったカニクイザルを選び、その皮膚の細胞から作製したiPS細胞を心筋細胞に変化させ後に、心筋梗塞を起こした別のサルの心臓に注射しました。免疫抑制剤を与えて観察すると、移植した細胞が生着し、移植しなかったサルに比べて、心臓を収縮させる力が一定程度改善するのが確認できたと報告しています。一方で、移植後、一時的に不整脈が増える現象が見られたということです。iPS細胞から作製されて心筋細胞を移植して、サルで心筋梗塞の症状を改善させたのは世界で初めてで、柴准教授は「ヒトに近いサルで効果が確認できたのは大きな一歩だ。不整脈の増加なども確認されたので、臨床試験を始めるうえで、さらに研究を進めていきたい」と話されています。
図1 心不全などに対する再生医療等の取組(取組(1)~(4)で紹介)
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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