専門分野: 幹細胞など基礎
Q: iPS細胞について
iPS細胞は、人間の皮膚の細胞に3〜4種類の遺伝子を組み込んで培養させ、患部に移植し増殖させて機能回復をはかるのに役立てるものと理解いたしております。生まれた時に皮膚細胞を保存しておいて、いざパーキンソン病などの病にかかったときに利用すれば別ですが、保存していない場合、高齢者の皮膚細胞に同様の操作をしても効果は期待できるのでしょうか。また、高齢者の皮膚細胞を採取する際に、患者の負担が大きいということはないのでしょうか。
掲載日: 2010.1.28
A:
iPS細胞についてのご質問です。大変興味深い問題についてのご質問ですので、お応えが少し難しくなるかもしれませんがご容赦ください。 まずiPS細胞についてですが、今では皮膚以外の色々な細胞から誘導できることが明らかになっています。極端にな言い方をすれば、成人の体を構成する細胞で、体から採取して実験室で培養できる細胞であれば、これを元にしてiPSを作製できる可能性があると思います。作り方もオリジナルの4因子やc-mycを除いた3因子の方法以外に色々な方法が報告されています。 iPS細胞は、成人の体細胞を元にES細胞に類似した細胞を作製したものですから、これをそのまま「患部に移植し増殖させ」ますと、奇形種になってしまって役に立たないどころか有害です。iPSは、ES細胞同様、試験管内で目的の細胞に十分に分化させた後でなければ移植できません。 高齢者からもiPS細胞が作製できるかどうか、は非常に興味深い問題です。まず一般論ですが、細胞は、分裂する前に遺伝情報が書き込まれた長いDNAを複製して2倍にした後、これを半分ずつ分裂した後の細胞に引き継ぎます。DNAを複製する際には、長いDNA分子の端の部分(「テロメア」と言います)は完全には複製されず、複製のたびに少しずつ短くなってゆきます。高齢者の細胞は長い年月の間に何度も分裂を繰り返しているため、このテロメアがかなり短くなっています(この事が「老化」と密接に関連していると考えられています)。そこで、ご質問への応えですが、実は、テロメアが短い細胞ほどiPSを作製できる効率が下がることが昨年の論文で報告されています。つまり、若い細胞であれば100個に1個がiPS細胞になるような方法を使った場合、高齢者の細胞では1,000個に1個とか1万個に1個しかiPS細胞ができないということです。ただし、一度iPSができてしまうと、その細胞ではテロメアが再度延長される(細胞が若返る)ことも同時に報告されていますので、数が少ないからダメということはなさそうです。 ということで、高齢者の細胞からはiPS細胞が作りにくい(効率が悪い)と思われますが、一度でできてしまえばその細胞はほぼ無限に増殖しますのでiPS細胞として利用可能です。 この他にもう少し考えなければいけない点を二つ申し上げます。一つは若い時に採取して何十年も凍結保存した細胞と、高齢者の生きている細胞とどちらが培養細胞を作製しやすいか、という点です。良好な凍結保存を続けるには、立派な設備とこれを維持するエネルギーが必要ですが、iPS細胞作製の効率をあげるために、このような作業を何十年も続ける意味があるのか、この点はすこし疑問だと思います。しかし、一方で、細胞のDNAには生きている間に少しずつ変異が蓄積されることが知られています。iPS細胞になりやすいかどうかとは別に、高齢者の細胞の遺伝情報は若い時の細胞と比べるとある程度傷んでいると考えなければいけませんので、このような意味では、できるだけ無傷の遺伝情報を温存している細胞を使うのが望ましいと思われます。
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