NPO法人再生医療推進センター

No.016 元気の出る再生医療

脊髄損傷への再生医療製剤
「自家培養骨髄間葉系幹細胞:ステミラック注」について考える!

札幌医科大学と共同開発し、ニプロ(株)が承認申請した自家培養骨髄間葉系幹細胞は、2016年2月10日付で厚生労働省の再生医薬等製品の「先駆け審査指定制度注2」の対象品目の指定を受けていました。

札幌医科大学本望らは、2013年3月より、薬機法に基づき、「自家培養骨髄間葉系幹細胞(STR01:ステミラック注)」を再生医療品等製品の注射薬として脳梗塞患者さんに対する医師主導治験(第Ⅲ相、二重盲検無作為化試験、検証的試験)を実施しました。今般、脊髄損傷の治療製剤(再生医療製品)として、自家骨髄由来幹細胞製剤が、11月21日の厚労省の部会で了承されました。(詳細はトピックスの「No.09 脊髄損傷を患者さんの幹細胞で治療、年内にも承認、製品化へ」をご覧下さい。)

その臨床試験の成績は画期的な結果で再生医療が真に有効であることを強力に示しました。「治らない」現実があって、「治る」ことが最終目的なのですから、素晴らしいの一言です。

この効果の仕組みを考えてみましょう。

「脊髄損傷が治った」といいますと、神経細胞自体が再生あるいは治ったかのようなイメージを受けます。しかし、脊髄の中にある運動神経細胞は、前角にある運動神経で、その支配領域(動かす筋肉)は限られています。例えば、頸部(首)の脊髄にある神経細胞は足を動かしてはいません。逆も同様で、腰(腰髄)の神経細胞は手を動かしてはいません。つまり、頸部の脊損で下肢が動かなくなった場合、神経細胞体が損傷されたのではなく、その突起=軸索が障害されたことを意味します 軸索には髄鞘という”保護膜”がありますので、これも障害されたと思います。

幹細胞投与で麻痺が治ったということは、この軸索障害・髄鞘障害を修復したということになります。ですから結果から直ちに神経細胞を再生したとは言い切れません。

同様に 感覚をつかさどる神経細胞体は、そもそも脊髄の外にあります。脊髄損傷の症状の多くは神経細胞自体(下図③④)の損傷ではないのではありません。従って、神経細胞を補充する治療とは全く異なります。幹細胞が持つだろう修復作用による効果と考えられます。幹細胞を神経細胞に分化させてしまえばこの効果は減弱してしまうかも知れません。

脳や脊髄で神経の軸索が進展することは不可能と考えられてきましたので、 この研究結果は歴史的発見といえます。

且つ、この結果は点滴投与が有効であることを示しました。これは非常に大切なことです。脳や脊髄の手術は侵襲を伴います。精密回路である中枢神経系の目的部位に寸分たがわず移植することは至難の業でしょう。点滴投与では幹細胞自らが最も適切な部位に集まってくれる特性が知られています(ホーミング作用)。

仮に神経細胞を補充することができて、且つ、軸索の進展が図れるなら、多くの神経難病の治療の道が開かれます。

脳梗塞では神経細胞が死滅します。これに効果があるということは神経細胞の補充が可能であることを示唆します。間葉系幹細胞にこの両方の作用(損傷修復と神経細胞補充)があるとすると正に既成概念を覆す画期的発見です。

間葉系幹細胞には骨髄由来の幹細胞や脂肪組織由来の幹細胞がありますが、採取がより容易なのは脂肪幹細胞です。

brain to muscle

山岸らの臨床研究でALSの症状に改善を認めたことは、脂肪幹細胞点滴投与で神経細胞(下図①②③④)とその軸索(下図⑤⑥)を修復したことを示しています。ALSで麻痺するのは、(1)脳の神経細胞、(2)脊髄の神経細胞、(3)その両方の軸索が障害されるためだからです。その症状改善は、この全てに修復が起こらない限り得られません。ALSが最も治療困難な病気の一つとされる理由です。この3つ(脳内にある神経細胞、脊髄にある神経細胞、それらの突起(軸索))を修復することができるなら脳や脊髄の病気の多くが「治る」ようになります。更に、山岸らが示したように脂肪幹細胞は異常蛋白を除去します(1) 。今後は、投与する細胞数、培養による劣化の予防、他家での安全性、脂肪幹細胞にサブグループがあるか、など検討が進められ、新しい再生医療が確立されていくでしょう。脂肪幹細胞の点滴投与で多くの神経難病が治療できるようになることに期待されます。

例えば指を動かす神経細胞は①②(左右にあります;右指は左の、左指は右の脳神経細胞)から指令が出発し、神経細胞から出た軸索と呼ばれる繊維をとおって脊髄の神経細胞③④に伝わります。この繊維は脳と脊髄の間(延髄と呼ばれるところ)で交差します(ですから右の脳の障害で体の左に麻痺が出ます)。この繊維は脊髄の中では側索と呼ばれるところ⑤⑥を通ります。

③④(図で下側が体の前側;前側にとがったところ(前角)にあるので前角細胞と呼ばれます)から筋肉まで指令を伝える軸索の束を末梢神経と呼びます(例えば坐骨神経)。末梢神経は「再生」します(例えば指を切っても適切に処置すれば繋がる)。

この末梢神経の本体は③④といった中枢神経なので、その意味で中枢神経も「再生」します。事実、①②も試験管の中では突起を伸ばします。

脊髄損傷では、図の横断面が障害されますが、③④は頸から腰まで各レベルに存在するので、あるレベルの③④が障害された場合そのレベルの筋肉のみ動かなくなります 右の④が障害されると右が、左の③が障害されると左が動かなくなります(既に交差しているので③④からは同側の障害になります)。例えば手を動かす③④が障害されても足を動かす③④が残っていれば歩けるはずです。

脊髄損傷、代表的には頸部脊髄損傷で歩けなくなるのは、①②から③④に行く通路、つまり側索⑤⑥が障害されるためです。直腸膀胱障害も同様です。ですから、脊損で立てるようになった、膀胱直腸障害が治ったのであれば、⑤⑥の側索(本体は①②の軸索)を修復したことを意味します。

ALSは①②かつ③④かつ⑤⑥が全て障害される難病です。ですから筋萎縮側索硬化症と呼ばれます(①②⑤⑥の障害では麻痺が生じますが筋肉の委縮は生じません!③④が障害されると相応する部位の筋肉が委縮します)。一方、アルツハイマー病は①②が障害される病気で(部位は違いますが;つまり運動神経は障害されませんので歩けます)、更にアミロイドやタウといった異常タンパクが貯まっています。

これらの事からも、ALSの治療(アルツハイマー病の治療も)が如何に困難を伴うか!凄いことなのか!についてご理解いただけると思います。また、手術や特定の部位への幹細胞の移植では治療困難だろうことも推測されます。

(neuron、2018年10月31日)