報道1)によると、「2019年の人口動態統計の年間推計で、日本人の国内出生数は86万4千人となり、前年比で5.92%減と急減し、1899年の統計開始以来初めて90万人を下回っています。出生数が死亡数を下回る人口の「自然減」も51万2千人と初めて50万人を超え、少子化・人口減が加速している。」ようです。第一生命経済研究所と日本総合研究所は2021年の出生数について80万人を大きく割るとの試算を公表しました。一方,一昨年の死者数は約140万人弱で,大雑把に計算すると人口の自然減数は毎年鳥取県や島根県が消失する約60万人になります。このまま行けば,計算上日本列島から日本人がいなくなる日が来ることになるでしょう。
これらは調査データにも現れています。合計特殊出生率2)(1人の女性が生涯に産む子供の数の平均)は低下(1.43)しており,人口を維持することが困難となっています(人口維持のための合計特殊出生率は2.07~2.08)。平均初婚年齢(初めて結婚した年齢の平均)も上昇(男:31.1、女:29.4)しており,出産年齢の高齢化も顕著2)で、それに伴う男女ともに不妊治療が社会問題化しています。人口減少は国力の低下を招き,豊かな社会の崩壊を招きます。女性の社会進出に期待が高まりますが,それをサポートする社会システムを充実させないと,未婚率の上昇(2019年生涯未婚率((50歳の時点で一度も結婚したことがない人の割合)男:23.4%、女:14.1%)を招くことになります。先進国で唯一合計特殊出生率の上昇と人口減少・少子化の歯止めに成功したフランスは事実婚や婚外子をいち早く認め、子供を生んだ女性に対して手厚い保障を行い、法律(婚姻届け)にとらわれないカップルが社会的に広く認知されています。子供を生むことで得をするような社会にならないと、苦労して子供を育てる気になれないかもしれません3)。この状況に再生医療はどのような貢献をしているでしょうか?
再生医療に用いられる幹細胞には、受精卵由来のES細胞(胚性幹細胞)、細胞由来のiPS細胞(人工多能性幹細胞)、成体由来の体性幹細胞の3種類が知られています。ES細胞とiPS細胞は、活発な基礎研究や臨床研究が行われており、早期の臨床応用が期待されています。体性幹細胞については既に臨床応用されています。その実施施設や対象疾患については厚生労働省のホームページやNPO法人再生医療推進センターのホームページ「第二種再生医療等・治療を提供する医療施設」で確認できます。NPO法人再生医療推進センターのホームページから検索してみると届け出られた第二種再生医療等・治療に関する提供計画では多くの施設が不妊治療を対象疾患としていますが,全てが「子宮内膜に対する多血小板血漿を用いた不妊治療」で、血小板に含まれる成長因子を利用して子宮内膜における細胞増殖、血管新生から胚着床率の改善や妊娠維持に期待するものです。多血小板血漿を用いた治療は,大リーグの田中選手や大谷選手が内側側副靱帯損傷を治療するために受けていますね。卵巣機能低下を対象疾患とした施設は1施設のみありますが、「卵巣機能低下に対する自家月経血由来幹細胞の静脈投与」と体性幹細胞を臨床応用したものです。現在のところ妊娠から出産に関して再生医療が貢献している場面はまだ少ないようです。
妊娠は、男女間の性行為または不妊治療などの生殖医療の利用によってもたらされた受精卵が卵管内を移動し、子宮内膜表面に着床し、母体と機能的に結合し、(胎盤から臍帯を介して)栄養や酸素の供給を受けて成長し、やがては出産にいたるまでの生理的経過(およびその状態)を指すとされています4)。実はこの妊娠にシステマティックに関与する各組織に幹細胞が存在することが明らかになっています。卵巣にある卵子幹細胞5)、子宮内膜や子宮平滑筋に存在する幹細胞6)、精巣の精子幹細胞7)が知られています。ただ、これらの幹細胞には根本的な違いがあります。それは、子宮内膜や子宮平滑筋は一般的に体を作る体細胞(染色体23本を2セット=46本、2n:父母それぞれから1セットずつ)ですが、生殖細胞である精子や卵子のもととなる細胞は始原生殖細胞と呼ばれる細胞で次の世代に遺伝情報を伝える細胞です。始原生殖細胞は精子や卵子になる過程で減数分裂してそれぞれの中には染色体を1セット=23本、1nを有しています。受精時にそれぞれが持つ1セットの染色体が持ち寄って2セットの染色体を持つことになります。
SFの世界ではヒトのクローン作成は良く見られるストリーです。多くのファンがいるスター・ウォーズでも「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」で透明容器で育てられたクローンが出てきます。子宮の役割をするような何千何万の透明容器の中で育てられるクローンが描かれています。ある賞金稼ぎの遺伝子から作られたクローンの子供は兵士の教育と訓練を受けて人間の2倍の速度で成長していきます。そして,人間・宇宙人?とクローンとドロイドの戦いが繰り広げられますが,実際の未来でそのような事は起こらないでほしいものです。現実の再生医療の世界ではどのようになっているのでしょうか,少し探ってみましょう。
子宮の再生は基礎研究レベルでヒトの子宮の幹細胞を使ってマウスの体内で子宮内膜や子宮平滑筋の組織を作ることには成功していますが,子宮全体を再生をするまでには至っていません。代理母出産にしか頼らざるを得ない生まれつき子宮の無い女性や子宮の部分的な構造的,機能的な喪失の治療に期待が寄せられています6)。
卵巣中の始原生殖細胞は出生後減り続け、補充・再生されないというのは生殖医学における通説でしたが、2009年にマウス成体卵巣中にも少数の増殖可能な生殖細胞が存在し,卵子さらには産仔を生成しうることが報告されました。2012年にヒト成人の卵巣から増殖可能 な卵子幹細胞(oogonial stem cells ; OSCs)が分離されました。OSCsの培養後に生殖細胞(卵子)と思われる1n 細胞を認めたり、原始卵胞を認めたりしていますが,倫理的・法的理由からヒト OSCs から得られた卵子をヒト精子と受精させるには至っていません。ただ,この「卵子幹細胞」に関する報告には懐疑的な意見もあり,議論が続いているとのことです。卵子幹細胞にはin vitroでの卵子幹細胞由来卵子の成熟後の生殖補助医療に期待がかかりますが,まだまだ高いハードルが存在するようです5)。
精子に関しては、1994年精子幹細胞を組織から取り出してその幹細胞活性が証明されたことから始まります。その後,ラットやハムスターの精巣細胞をヌードマウス精巣に移植してラットやハムスターの精子がマウス精巣内で産生されることも報告されました。しかし,他の哺乳類では成功していないようです。その後,2003年にマウスの精子幹細胞の培養に成功したとの報告があります。現在のところ哺乳類での精子幹細胞培養には至っていませんが、最近ヒト精子幹細胞の培養に成功したとの報告もあります。さらに、in vitroでの精子形成にも至っていませんので精子幹細胞を利用した精子の再生医療には少し時間がかかるかもしれません7)。
最近,九州大学などのグループが卵細胞質の形成に必要な8つの遺伝子(転写因子)を突き止めたとnatureに発表しました8)。その8つの遺伝子をES細胞やiPS細胞に発現させると、急激に細胞質が成長し、受精能をもった卵子様細胞に変化するそうです。また、これらの遺伝子の数を最小4つ(Nobox, Figla, Lhx8, Tbpl2)に減らしても同様の作用があることが分かりました。この方法を用いると、生物学・医学的に貴重な卵細胞質をこれまでより短期間で大量に作製することができ、個体の発生に必要な卵細胞質の形成機構の解明や人工的に作られた卵細胞質を用いた不妊治療技術の開発が期待されると言うことです9)。
(参考資料)
(adipocyte/20210122)
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