再生医療の最前線(3)再生医療関連法:早期承認制度
我が国では世界に先駆けて、再生医療を安全かつ迅速に推進するための画期的な法律が制定されました。新しい再生医療関連法における早期承認制度の運用は、今後の再生医療の普及にとって極めて重要なキーとなるものであり、その動向が世界中から注視されています。今回は早期承認制度の現状と今後の展望
について、担当理事から概説していただきます。
再生医療の最前線
新制度を活かした画期的な事例と同制度に対する国内外の意見 (守屋好文)
1.はじめに
日本では2014年11月25日に薬事法が改正され、従来の医薬品と医療機器に加え、「再生医療等製品」が新しくカテゴリーに加わりました。再生医療等製品においては、条件および期限付きの早期承認制度が開始され、同新制度により、すでに再生医療等製品として2品目の販売が承認されています。我が国は世界で最も迅速に販売承認がなされる国となりました。
同時に安全な再生医療を迅速に提供するための「再生医療等の安全性の確保に関する法律」が施行されました。同法は、医師・歯科医師による、加工した細胞を用いた医療行為を規制するものですが、医師は細胞の加工を企業へ外部委託することが可能となりました。ただし、実施に伴うリスク区分注1)に応じて、再生医療等提供計画を厚生労働大臣等に提出する義務があります。世界に先駆けた新しい法律を最大限に活用することによって、安全で迅速な再生医療の提供が期待されます。
注1)リスク区分:実施に伴うリスクの大きさに応じて、ES細胞、iPS細胞等を用いた第1種再生医療等、体性幹細胞等を用いた第2種再生医療等、体細胞を加工した等の第3種再生医療等の3段階に分類されています。厚生労働省によりますと、2016年8月31日の時点で、再生医療等提供計画の件数は、第1種15件、第2種105件、第3種3211件の計3331件の治療や研究の届出がありました。
ここでは再生医療関連法を活用した、目の難病へのiPS細胞の移植の臨床研究と脳損傷回復薬の治験について紹介します。これらの法律は海外からも注目されており、Nature/Editorial 1)では、これらの法律の危険性を危惧しています。高橋正代注2)氏はこのNature誌の批評に関してコメントを再生医療誌2)に寄稿しています。再生医療関連法律を活かした再生医療の健全な発展を願い、両誌での意見を紹介します。
注1)高橋政代:理化学研究所 多細胞システム形成研究センター所属。世界初となるiPS細胞から作成した網膜の細胞を、「加齢黄斑変性」の患者さんに移植する臨床研究を2014年9月12日に開始。
2.再生医療関連法を活用した最先端の再生医療の取組事例
2.1滲出型加齢黄斑変性の患者さんに他人のiPS細胞移植、世界初の臨床研究計画3)、4)
目の難病患者に他人のiPS細胞(他家iPS細胞)から作製した網膜組織の細胞を移植する世界初の臨床研究計画について、大阪大学の特定認定再生医療等委員会(委員長:早川堯夫(近畿大薬学総合研究所研究顧問))は2016年9月8日、患者さんへの説明文書を分かりやすくすることを条件に「適切」と認める結論を出しました。近く意見書としてまとめ、計画とともに厚生労働省に提出され、同省の評価部会で認められれば、2017年前半にも移植手術が行われる見通しです。
臨床研究計画では、網膜が傷んで失明の恐れがある難病の「滲出型加齢黄斑変性」注3)の患者さん5人が対象の臨床研究です。臨床研究は、iPS細胞から作られた網膜を保護する「網膜色素上皮細胞注4)」の入った液体を患者の目に移植し、網膜の再生をめざします。京都大iPS細胞研究所が備蓄する拒絶反応が起きにくい特殊なiPS細胞を使い、理化学研究所多細胞システム形成研究センターが細胞を分化、大阪大学病院と神戸市立医療センター中央市民病が手術を行います。
理化学研究所多細胞システム形成研究センターは2014年に世界で初めて、加齢黄斑変性の患者の細胞からiPS細胞(自家iPS細胞)を作り、変化させた網膜色素上皮細胞を本人に移植する手術を成功させています。他人のiPS細胞を使うことで、費用や時間を大幅に減らせる可能性があります。今回は安全性の確認が主な目的とされています。前記の再生医療安全性確保法は、iPS細胞を使った臨床研究をするとき、病院や研究機関に設置された委員会での審査を求めています。その後、厚生労働大臣に実施計画を提出し、計画の変更命令がなければ手術を行うことができます。
(注3)加齢黄斑変性:物を見るときに重要な働きをする網膜の黄斑という組織が、加齢とともにダメージを受けて変化し、視力の低下を引き起こす病気です。加齢黄斑変性には黄斑の組織が加齢とともに萎縮する「萎縮型」と、網膜のすぐ下に新しい血管(新生血管)ができて、この血管が黄斑にダメージを与える「滲出型」があります。
(注4)網膜色素上皮細胞:網膜の最も外側の層を覆う組織を構成する細胞です。メラニン色素を含み、網膜内に入る余分な光を吸収し、散乱を防ぐなどの機能を有します。
2.2脳損傷回復薬の治験を開始4)、5)
サンバイオ株式会社は、けがなどで脳の神経細胞が死んだり傷ついたりして体のまひなどが出た「外傷性脳損傷」の患者さんに対し、加工した幹細胞(再生細胞薬SB623)を用いて機能改善を試みる治験を、国内5カ所の医療機関で実施すると発表しました(2016年9月21日)。本試験では、外傷性脳損傷に起因する慢性期の運動障害をもつ患者さんを対象に、再生細胞薬SB623を用いた同社グループ独自の再生細胞薬の治療効果を評価する予定です。
同社グループは、すでに米国において他家由来の再生細胞薬としては世界で初めてとなる外傷性脳損傷を対象としたフェーズ2臨床試験をグローバル治験として開始しています。日本においても治験を開始し、同グローバル試験に日本からの被験者を組み入れるとしています。
対象者は、脳に損傷を受けてから1‐5年が経過し、現在の医療では回復が見込まれない患者さんです。治験は米国と共同で行い、日米計52人を予定しています。日本では8人以上実施する計画です。この再生細胞薬SB623は、健康な人の骨髄から採取した幹細胞を加工・培養したもので、頭蓋骨に開けた1円玉ほどの穴から、患部周辺3カ所の脳に注射で移植します。移植した幹細胞が、傷ついた神経細胞の修復を促す栄養分を分泌すると考えられています。
同社グループは、2001年に米国カリフォルニア州で創業し、再生細胞薬の開発に注力し、薬事法改正等の制度変更を機に、日米両国に開発の拠点を拡大しました。2015年からは日本での臨床開発に着手し、日本でも治験を開始し、日米グローバル治験の早期完了を目指すとともに、世界に先駆けた早期承認制度を最大限活用することで、再生細胞薬SB623の日本における早期販売を目指します。
外傷性脳損傷は、まだ有効な治療方法がないアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患で、自動車事故、転倒、スポーツ外傷など、多様な原因によって引き起こされます。患者さんに運動機能不全など生涯にわたる障害をもたらすことも多く、外傷性脳損傷により後遺障害を抱える人の数は米国だけでも530万人に上ると推計されています。米国では、脳梗塞患者に対しての治験が先行実施されており、車椅子が必要だった患者が少し歩けるようになるなどの運動機能の改善が確認されているとのことです。
3.再生医療関連法に関する国内外の意見の紹介
3.1 Nature/Editorial 1),6) 臨床試験の代価を患者に払わせるという未実証の制度が日本で導入
「薬事法の改正により医薬品や医療器とは別に「再生医療等製品」という分類が新設され、当該製品の迅速な実用化のための条件および期限付きの「早期承認制度」が創設された。この制度の下で2015年9月に、最初の再生医療製品が複数承認された。日本国内で再生医療関連事業を展開する企業によれば、早期承認制度こそが、患者のニーズに最も迅速に応える方法である。しかし、早期認証制度が患者に恩恵をもたらすものか、あるいは日本の医療制度の過大な負担を軽減に役立つものかは、現時点で明らかではない。」としています。
「この制度によって承認を受けた再生治療製品の1つである「ハートシート」(テルモ株式会社製)は、患者の大腿部から採取した骨格筋に含まれる筋芽細胞(未分化で単核の筋細胞)を培養してシート状にした製品で、重症の心不全患者の心臓表面に移植される。治療を希望する患者は医療費の支払いを進んで行うだろうが、ハートシートによる治療は約1500万円と高額だ。そこで厚生労働省は、2015年11月にハートシートを用いる手術に対する国民健康保険の適用を決定した。この決定は患者の役に立つものと考えられるが、それでもなお、患者は現時点で有効性が確認できない製品の代金の10〜30%を負担する。」としています。
さらに、「日本の薬事当局は、早期承認制度によって承認された製品に関する市販後の検証を当初表明したとおり、厳格に実施することを保証しなければならない。きちんとした検証が行われないために、有効性の乏しい製品が日本国内にあふれる恐れがある」と、危惧しています。
3.2 我が国の再生医療関連法(早期承認制度)に関するNature誌の批評に関して2)
日本再生医療学会雑誌の中で、「Nature誌の批評において、確かに新しいシステムは運用によってはその危険性をはらむものの、一方で日本の再生医療研究の状況や保健医療システム、そして法律の詳細を知らない上での議論である。日本の再生医療に関する新しいシステムはすべて患者の利益のためのものである。ハートシートは標準的な薬物治療に反応しない重い心臓機能障害に対するもので、日本での心臓移植の提供者の不足から唯一の治療の選択肢である。有効な治療をタイムリーに利用でき、利益はバイオテク企業に提供するわけでない。」と述べています。
「新しいシステムは患者にタイムリーに必要な治療を与えることを意図していることを強調したい。その一方で、再生医療の有効性と安全性を確実にする。それは世界的な規制の動向と全く一致した流れである。」としています。「日本の再生医療は従来のアメリカ型の治験システム(大規模治験による治療効果の統計的証明)に馴染まない細胞治療を速やかに必要な患者に届ける、患者のための法律であると考えている。そして、このシステムが「成功すれば」医療の在り方にも一石を投じることができるのではないか。しかし、世界の指摘も謙虚に受け止める必要もある。」と述べ、「他国と異なり再生医療の開発にアカデミアが初めから深く関与しており、産業界とうまく連携している日本ならこのシステムを成功させることができるかもしれないし、成功させねばならないと思う。」と結んでいます。
4.結びに
今回は、再生医療を安全かつ迅速に推進するための法律に対する国内外の意見を紹介しました。企業の存在は、その活動を人々、社会が必要としているから成り立ちます。その活動が人々の幸せに貢献し、社会生活を維持し、潤いをもたせ文化を発展させるものであって、はじめて企業は存在できます。再生医療の発展も、その活動が人々の幸福、社会性の向上に寄与するものであり、併せて社会と調和したものであるならば、揺るぎないもだと言えましょう。極めて難度の高い挑戦を求められる再生医療は、利害や得失を超越し、何が正しいかを考え、その上でなすべきことをなしていくという理念、信念に基づくことが重要だと考えます。
さて、関連した法律や環境の整備が整い、ベンチャー企業などの果敢な取り組み、大手製薬会社、医療機関、大学および行政の熱意ある取り組みが、人々の福音となることを願っております。再生医療に関して産学官が連携した「第1回再生医療産学官連携シンポジウム」が2016年10月24日、東京で開催されます。次回はこのシンポの概要などを紹介したいと思います。
参考文献および参考資料
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