第1回再生医療産学連携シンポジウム-再生医療の最前線-
本年10月24日に第1回再生医療産学連携シンポジウムが開催されました。当日シンポジウムに出席された担当理事から、ホットな内容をリポートしていただきます。 ips細胞はその将来性がおおいに嘱望されますが、山中先生が述べられましたように当面は創薬開発にその重きが置かれると考えられます。臨床応用に関しましては長い目で見守り応援していく必要があろうかと思います。すでに臨床応用が幅広く先行している間葉系幹細胞(骨髄、脂肪など)、及び、今後の課題であるES細胞をも含めて、広い視野のもとで公平に評価し、それぞれの研究進展、実用化を測っていくことが大切です。
第1回再生医療産学官連携シンポジウムの概要 (NPO法人 再生医療推進センター 守屋好文)
1.はじめに
再生医療産学官連携シンポジウムは、ライフサイエンス領域で最も期待される分野の一つである再生医療分野において、アカデミアと産業界をそれぞれ代表する団体である一般社団法人日本再生医療学会(JSRM)、一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)、一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)が主催し、10月24日に東京日本橋三井ホールにて、500人近い参加者のもと、実施されました。
シンポジウムは、ノーベル生理・医学賞受賞者の山中伸弥教授の特別講演と、3部構成の講演およびパネルディスカッションからなり、第1部は再生医療の最新研究に関する3つの講演、第2部は再生医療の産業化に関する講演とパネルディスカッション、第3部はLINK-J設立シンポジウムでした。ここでは、特別講演と第1部を中心に概要をお伝えします。
2.特別講演 iPS細胞研究の現状と医療応用に向けた取組
山中伸弥(京都大学iPS細胞研究所長・教授)
2012年にノーベル賞を受賞された山中伸弥教授が特別講演をされ、「病気と闘っている患者さまを治療できる環境を整えていくという最終目標に向かって、全国の研究者とのネットワークはもちろん、行政や産業との連携の場が必要」と訴えられた。
山中教授は、2006年にiPS細胞(人工多能性幹細胞)作製の論文を発表してからの十年を「あっという間だった」と振り返れられた。2014年に理化学研究所などが、iPS細胞を使った網膜再生の手術に成功し、2年経過しても腫瘍は形成せず、視力の低下は抑制されていると紹介された。「ただし、2年経過しても、1例しかできていない点は、自家移植は時間と費用が掛かること、再生医療に関する新法により、申請を一からし直すために時間が掛かっていることによるが、現在、京都大学、理化学研究所、大阪大学、神戸市立病院と連携して他家移植の取組を進めている」と語られた。
「京都大iPS細胞研究所で、神経幹細胞、網膜・角膜細胞、心筋細胞、血小板、免疫細胞へ分化・誘導できる再生医療用iPS細胞をストックして提供するプロジェクトに取り組んでいること」などを紹介された。「医療技術の実用化に関して日本では大学と大企業をつなぐ存在がなく、「死の谷」という言葉があると説明され、その上で、実用化に向けた「エコシステム」の重要性」を述べられた。
「iPS細胞は再生医療の資源や創薬、病態解明のツールとして期待されており、iPS細胞は創薬が本来の応用の形であると信じている」と語られたことが、示唆的でした。
3.再生医療の最新研究
3.1 iPS細胞を用いたヒト臓器創出技術の開発
谷口英樹(横浜市立大学医学部教授)
「特定の臓器が障害を受けて機能しなくなる、末期臓器不全症という疾患がある。これに対しては、損なわれた臓器を健常な臓器へと置き換える「臓器移植」が有効な治療法である。しかし、年々増加する臓器移植のニーズにドナー臓器の供給は追いつかないのが現状で、問題解決には臓器移植に代わる治療法の開発が必須かつ急務でる」と述べられた。
こうした背景で近年は、多能性幹細胞(iPS細胞、ES細胞)から分化誘導した臓器の細胞を用いて、損なわれた臓器の機能を回復させようという再生医療研究が、多岐にわたり進められるようになりました。谷口教授らは、臓器の再構成に基づく分化誘導の実現を目指された。「元来、臓器は、その機能を担う細胞だけでなく、複数の種類の細胞が立体的配置をとることで構成され、それらが相互作用を行うことで機能している。ゆえに、十分に機能する細胞を得るためには、機能細胞のみの分化誘導ではなく、立体的な組織の再構成を伴う臓器の誘導が必要だ、というのがその基本発想である」と述べられた。
谷口教授らは、「臓器の原基が胎内で形成される過程を試験管内で模倣するため、新しい細胞培養操作技術を開発し、さらに、ヒトiPS細胞から作製した内胚葉細胞に、血管を作り出す血管内皮細胞と、細胞を結合させる働きなどをする間葉系細胞を加えて、試験管内で培養した。その結果、48時間ほどで、未分化だった3種類の細胞が球状に集まり、立体的な肝臓の原基が形成された」と報告された。
「この肝臓の原基を免疫不全のマウスに移植したところ、血流を持つ血管網を再構成し、最終的には、タンパク質の合成や薬物の代謝など、人の肝臓に特徴的な機能を持つ組織へと成熟した。加えて、この肝臓の原基を移植した肝不全のマウス群は、移植をしなかったマウス群に比べて、有意に生存率が改善した。このことは、生体内で分化誘導されたヒト肝細胞が肝臓としての機能を発揮し、治療効果が現れたことを示している」と語られた。谷口英樹教授らは、iPS細胞由来の細胞から血管網を持つ機能的なヒト肝臓を創り出すことに、世界で初めて成功したとのことです。
谷口教授らの開発された技術に基づく治療が実現すれば、「肝移植の待機中に死亡する患者を救済することができる。今後は臓器原基の大量製造技術や最適な移植方法の検討を重ねて、肝臓疾患の患者を対象とする再生医療の実現化を図り、さらに肝臓以外の臓器への応用の可能性についても研究を加速させる。さらに、今回開発した技術によりiPS細胞由来のヒト肝細胞・肝組織を大量に製造してスクリーニングに供することができれば、日本の創薬産業の国際競争力向上に寄与する」とのことです。
3.2 パーキンソン病に対するCell-based therapy
高橋淳(京都大学iPS細胞研究所教授)
「パーキンソン病は、中脳黒質から線条体に投射するドパミン神経細胞が減ることで脳内のドパミン量が減り、手足の震えや体のこわばり、運動減少などの症状が出る進行性の神経難病である。従来の薬物や電極を用いた治療法では症状の改善はできてもドパミン神経細胞の減少を食い止めることはできず、病状の悪化に伴い症状の改善が困難になる。そこで、細胞移植によってドパミン神経細胞を補い、新たな神経回路の形成を促して脳の機能を再生させるという、より積極的な治療法に期待が寄せられており、ヒトiPS細胞はその移植細胞の供給源の一つと考えられていると」述べられた。
「神経疾患に対する細胞移植治療では、移植された細胞が神経細胞として機能し、神経回路を再構築することが重要である。加えて、パーキンソン病に対する細胞移植では、移植細胞からのドパミン分泌が期待できるだけでなく、L-ドパからのドパミン合成を促すことによりドパミン製剤の効きをよくすることも期待できる。逆に細胞の生着や成熟を促すような薬剤を同時に使うことによって細胞移植の効率を高めることができる。単に細胞を移植するだけではなく、細胞を中心に、薬物治療やさらにはリハビリテーションを組み合わせた「Cell-based Therapy」を展開することが重要だ」と語られた。
高橋教授らは、「ヒトES 細胞から誘導した神経前駆細胞をパーキンソン病モデルカニクイザルの両側線条体に移植した。その結果、12 か月の経過観察で腫瘍形成はみられず、行動改善が明らかになり、脳切片の組織学的解析では多数のドパミン神経細胞が生着しており、つまり、移植された細胞がカニクイザル脳内でドパミン神経細胞として機能していることが確認できた」と述べられた。
「神経細胞移植においてはホスト脳の環境も重要であり、移植されたドパミン神経前駆細胞の生着やシナプス形成を向上させるためのホスト脳環境改善にも取り組んだ。ドパミン神経細胞の生着を向上させること、女性ホルモンであるエストロゲンを投与することによって移植されたドパミン神経細胞とホスト脳の線条体神経細胞とのシナプス形成が促進されることも明らかにした。これらの結果は、細胞移植効率の向上に繋がるものと期待できる」と述べられた。
3.3 重症心不全に対するiPS細胞の臨床応用の試み
宮川繁(大阪大学大学院医学系特任教授)
「重症心不全に対する根本的治療法は、心臓移植と人工心臓治療であるが、重症心不全患者総数からみたドナー不足、補助人工心臓の耐久性やデバイスラグ等も考えると、重症心不全に対する根本的治療として心筋再生治療法の研究開発の加速は、最重要課題でる」と述べられた。「大阪大学では、すでに重症心不全に対する自己骨格筋芽細胞シート治療を開発し、同治療はこれまでに、人工心臓装着・未装着患者数十例に行われており、テルモ株式会社が虚血性心疾患による重症心不全を対象とした同細胞シートの製造販売承認を受けた」と述べられた。
「しかし、骨格筋芽細胞シートでも効果を得られないケースは存在する。心筋細胞欠如例などが一例であるが、そのような場合は、外部からの心筋細胞の補充が必要とる。これがiPS細胞由来心筋細胞シート移植の対象となる」と語られた。宮川教授らは、「iPS細胞から心筋細胞への分化誘導、シート状への加工に成功され、その有効性も動物実験で確認した。iPS細胞由来心筋細胞シートは筋芽細胞シートと比較し、左室全体の収縮率、左室壁応力、移植局所の収縮能など有効性が高いこと」を示された。
大阪大学では、iPS由来心筋細胞シートの臨床応用への取り組みとして、同細胞や未分化細胞に特異的に発現するいくつかの表面抗原を活用した、未分化細胞除去および心筋細胞の純化方法を開発された。現在、京都大学iPS細胞研究所から臨床グレードのiPS細胞の提供を受け、その分化誘導効率および安全性を検証中です。検証完了後、臨床研究が開始されますが、その時期は遠くないようです。
4.おわりに
再生医療推進センターは、「再生医療の普及を図るとともに、再生医療に携わる研究者と産業界の橋渡しをすることにより、再生医療の実用化、新しい雇用の創出、国際競争力の強化等を通して、社会に貢献すること」をめざし設立されました。現在、ES細胞、iPS細胞、体性幹細胞を用いた治療と研究への果敢な取組は、再生治療、病態解明、創薬にも役立つものとなりつつあり、人々の健康の福音となるばかりでなく、日本経済の復興にもつながることを予感させます。
再生医療は、医臨床医学、基礎医学以外に分子細胞生物学、発生工学、細胞工学、組織工学、材料工学等、さらに、生命倫理学、法律学、医療経済学等の連携、さらには政策の支援も必要です。人類の健康増進への寄与を迅速に実現するためには、研究者の連携に加えて、産業界、アカデミアおよび行政との連携が必須であることを感じました。再生医療の最新研究などに接し、再生医療が目の前に来ており、再生医療推進センターのめざす方向に動き出していることに勇気づけられたシンポジウムでした。さらに、再生医療の最先端におられる著名な先生方が講演の中で「患者さま」と発言されているのに感動を覚えると共に、再生医療は遠からず、「患者さま」の福音となると確信した次第です。
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