NPO法人再生医療推進センター

第13回 元気の出る再生医療

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脳梗塞の再生医療へのバイオベンチャー企業の挑戦


1. 脳梗塞への再生医療用の細胞治療薬開発の背景

脳卒中は一年間で約30万人が新たに発症し,脳卒中での死亡はがん,心臓病に次いで3番目で年間死亡者数は13万人に上ると言われています。また,その後遺症による要介護者は250万人に及ぶと推定されています。

脳卒中のうち7〜8割が脳梗塞だと言われているようです。脳の血管が詰まり,脳の一部分に酸素と栄養が届かなくなり,機能傷害をもたらす脳梗塞には,その原因により(1)ラクナ梗塞(細い血管が詰まって起こる) (2)アテローム血栓性脳梗塞(動脈硬化で狭くなった血管に血栓ができ詰まる) (3)心原性脳塞栓症(心臓にできた血栓が脳まで運ばれ詰まらせる) に分類されています。ラクナ梗塞は日本人に多いタイプでしたが最近は減少傾向で,食生活の欧米化に伴うアテローム血栓性脳梗塞が増えています。従来は様々な薬物療法が用いられてきましたが,あまり効果的ではありませんでした。最近,超急性期の画期的な治療法としてt-PA静注療法が始まり,脳血管の詰まりを解消して多くの成果を上げているようです。

しかし,従来の脳梗塞の治療では脳神経組織を再生することが出来ず,超急性期の治療や慢性期以降のリハビリによる機能回復しか選択肢がありませんでした。このような状況に既存の薬物や治療に代わる治療法として期待されているのが脳梗塞の再生医療です。脳梗塞で脳の一部分で破壊された脳神経組織を再生し,機能回復が可能でないかと期待されています。日本発の再生医療の主役として躍り出たiPS細胞です。多分化能や自己複製能を有するため再生医療の未来を担うものと期待されていますが,誕生間もない事もあり安全性など今後解決すべき課題は多く,今のところ臨床レベルで選択しうる治療手段には至っておりません。体制幹細胞には立体的な臓器再生が難しいなど欠点も存在しますが,現時点では世界の臨床レベルの再生医療の先陣は体性幹細胞が担っています。

現在,大学病院等で試験的に実施されている脳梗塞の再生医療は患者さん自身の体性幹細胞を取り出し,体外で培養して増やし,患者さんの脳内患部に直接投与する自家幹細胞移植による再生医療です。この体外での幹細胞の培養には数週間から数ヶ月の期間がかかってしまい,実際の治療現場での迅速な治療が必要な脳梗塞には致命的なマイナス要因となるだけでなく,高度な医療技術や施設を必要とし,広く脳梗塞の患者さんに寄与する治療となりえません。

そこで登場したのが再生医療に使う他家移植可能な体性幹細胞を治療薬の様なパッケージ・システムで凍結保管・流通させ,多くの脳梗塞の患者さんに広く,簡便に提供して,自身の本来の機能を再生させる効能効果を有する再生(医療用)細胞薬の開発です。国内ではサンバイオ社( http://www.sanbio.jp/corporate/business.html)というバイオベンチャー企業が先行して開発を進めており,大きな期待が寄せられています。

(NPO法人再生医療推進センター 21研究室 篠原)

(参照情報) 以下のリンク先情報を参考にさせていただきました。

2. 再生医療ベンチャー サンバイオ社の挑戦

日本の再生医療ベンチャーのパイオニア,サンバイオ社では,世界に先駆けて他家体性幹細胞を使った中枢神経系の再生医療の臨床試験を進めており,同グループは再生細胞薬の研究,開発,製造及び販売を手掛ける再生細胞事業の構築を目指しています。

同社は,慶応義塾大学の岡野栄之教授の考案をもとに,健康な人の骨髄から取った間葉系幹細胞を培養して使う慢性期脳梗塞(細胞)治療薬(患者ではなく他人の幹細胞を使うので量産化と保存が可能)を開発しています。2001年,キリン出身の森敬太社長とボストン・コンサルティング出身の川西徹会長が米国で同社を設立し,2014年11月に「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」の施行を機に,同年に日本に本社を移しました株式会社1)

同社が開発を進めている再生細胞薬「SB623」は,一度損なわれた脳機能は回復しないとする定説を覆す新薬となる可能性を秘めています。

SB623の製造過程は,まず一人の健康なドナーの骨髄から,多様な細胞に分化する能力を持つ間葉系幹細胞を採取し,調製・培養して,所定のパッケージとして製品化します。その後,脳梗塞の患者さんの待つ医療機関に供給し,脳内に生じた患部の周辺に直接注入し,脳神経組織を再生し,機能回復を目指すものです。

2011年より米国において慢性期脳梗塞患者さんに対して,SB623の安全性と有効性を確認するフェーズ1/フェーズ2a臨床試験を実施し,2014年2月に投与後6カ月の効果測定が完了しました。その結果では,被験者の運動機能が改善し,脳梗塞発症後約2年を経過して腕が上がらない,歩けないといった運動機能障害を抱えた患者さんの上がらなかった腕が上がるようになりました。車椅子の方が自力歩行できるようになるなど,運動機能の改善が見られました(日本のTV番組(2018年2月23日)でも取上げられ,ご覧になられた方もおられるかと思いますが,患者さんの運動機能の改善が映像化され,驚きの連続でした)。この成果に対してカリフォルニア州再生医療機構から総額2000万ドル(約22億円)の開発支援金を獲得されています。 2014年6月,米国食品医薬品局(FDA)より,次の臨床試験のステップ(フェーズ2b)に進むことについての承認を得えて,その後,2015年12月に慢性期脳梗塞を対象にフェーズ2b(二重盲検,被験者163名,12か月の経過観察期間を経て,2020年1月期前半に結果発表予定)の臨床試験を米国で大日本住友製薬株式会社とともに開始しました。2016年から日本で同社単独で外傷性脳損傷を対象に日米グローバルフェーズ2臨床試験が実施されています2),3)

サンバイオ社の再生細胞薬にはいろいろな特徴があります1),2),4)

  • 第一に,費用です。細胞移植には,患者さん本人の細胞を利用する「自家移植」と,患者さん以外の細胞を移植する「他家移植」がありますが,SB623は前記しましたように他家です。自家移植は細胞の製造に時間がかかり,費用が高額になります。一方,他家移植は事前に量産化できるので製造コストが低下し,費用が安くなります。
  • 第二は安全面です。副作用の懸念も少ないとされています。一般的には他家移植では拒絶反応を防ぐため,免疫抑制剤を使用しますが,体内の抵抗力が弱まり感染症などを引き起こす危険性が増します。一方,SB623は自ら免疫応答を抑制する働きがあり,免疫抑制剤は不要です。
  • 第三は,適用が広いです。脳の神経細胞を活性化するため,対象疾患は脳梗塞に限らず,広くなる可能性があります。同社の再生細胞薬は,今のところ何れも非臨床レベルですが,パーキンソン病,アルツハイマー病,脊髄損傷,加齢黄斑変性(ドライ型),網膜色素変性などにも適用が期待されています4)
  • 第四に,急患への対応です。凍結が可能で病院に保存すれば,急患が運ばれてきた場合に融かして処置できます。再生細胞薬の注入は頭蓋骨に直径1cm程度の穴を開け,脳の目的部位への投与を行う方法(定位脳手術)で,安全性が確立しています。身体への負担が少なく,米国の治験では手術翌日に退院された患者さんもおられたとのことです。
  • 第五に,脳梗塞で苦しむ患者さんやご家族の負担軽減が期待されることです。SB623は患者さんの生活の質(QOL)は高まるはずです。
最後に,SB623の見通しですが,同社によりますと,「単独で進めている慢性期外傷性脳損傷プログラムは,日米でフェーズ2臨床試験を実施しており,予定組み入れ被験者数52名のところ最終的には61名の被験者の組み入れを完了しました。今後は,6か月の経過観察期間を経て,日本における条件・期限付き早期承認制度を活用することにより当社SB623プログラムの中では最も早い販売を目指します。具体的には2019年1月期中の結果公表と2020年1月期中の承認申請を目指します」3)。「課題は量産体性の整備」と言われていますが,すでに米国の製造受託会社CMOと体性整備を始めているとのことです4)

(NPO法人 再生医療推進センター 守屋好文)

(参考文献)

  1. 東洋経済ONLINE:2018年注目のバイオベンチャー3社はここだ,2018年1月23日(https://toyokeizai.net/articles/-/204550?page=3)
  2. サンバイオホームページ:開発パイプライン,2018年6月16日(http://www.sanbio.jp/corporate/business.html)
  3. サンバイオ株式会社:再生細胞薬「SB623」の開発進捗総括の更新について IRニュース,2018年4月2日(http://v4.eir-parts.net/v4Contents/View.aspx?cat=tdnet&sid=1569414)
  4. NEWポストセブン:脳梗塞に夢の新薬「SB623」早ければ2019年中にも実用化(http://news.livedoor.com/article/detail/12594675/)

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