重症心不全(虚血性心疾患)患者さんに対して、心臓移植等に代わる治療方法として、iPS 細胞から作製した「心筋シート」を用いて、それを移植する方法が臨床研究として厚生労働省より 2018年5月に承認されました。一方、全く異なるアプローチで、細胞移植をしない方法が開発されました。2010 年にマウスの繊維芽細胞a)に3つの遺伝子を加えて心筋様細胞へと変える「ダイレクトリプログラミング技術」を生み出した慶應義塾大学医学部家田講師は、2013年にヒト心臓繊維芽細胞から直接心筋様細胞の作成に成功しました。つまり心臓の中にある線維芽細胞を使い、体外から移植をしない方法です。この開発により、iPS 細胞を経由しない再生医療の可能性がでてきました1),2)。
今回のトピックスでは、「ダイレクトリプログラミング技術」を用いて脳神経を再生させる技術について、ご紹介致します。
九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授、松田泰斗助教らの研究グループは、脳や脊髄の中で通常は免疫細胞として働くミクログリアに、特定の遺伝子(NeuroD1b))を 1つ導入するだけで、機能的な神経細胞(ニューロン)へ直接変化(ダイレクトリプログラミング)させることに成功したと、2019年1月10日に発表しました 3)-5)。iPS細胞など特殊な細胞を使わなくても、脳梗塞や脊髄損傷の再生医療に役立つ可能性があります(米科学誌ニューロンに1月10日に発表)。
脊髄損傷や脳梗塞などによって神経回路が損傷を受けますと、神経伝達機能が絶たれ、運動機能などに障害を受けます。運動機能回復のためには、新しい神経細胞を損傷部位に供給することにより、失われた神経回路を再構築する必要があります。ミクログリアは、神経損傷部位に集積して死んだ神経細胞を除去する性質がある脳・脊髄内の免疫を担う細胞ですが、通常はニューロンへ変化することはありません。当該研究グループは、脳の発生過程でニューロン産生に関わる重要な遺伝子であるNeuroD1をミクログリアへ導入すると、ミクログリアの運命制御に関わるエピジェネティクスc)の書き換えが起こり、結果として神経細胞へのダイレクトリプログラミングが誘導されることを明らかにしました。
当該研究グループはミクログリアを神経細胞に変化させようと考え、候補となる10種 類ほどの遺伝子について調べてNeuroD1という遺伝子を入れると、神経細胞になり、これをマウスで試すと、変化した神経細胞が他の神経細胞とつながり、脳からの信号を伝えていました。損傷部位に集積したミクログリアからニューロンへダイレクトリプログラミングすることで実際に運動機能回復が見られる可能性を示しています。今後、運動機能が改善するかなど、治療法として役立つかを見極めことになります。
iPS 細胞などの多能性細胞を用いることなく、患者さんの体内で病気の治療につながる 細胞を作り出す「ダイレクトリプログラミング技術」は、2010年に日本と米国でほぼ同時に開発1されました。費用と時間があまりかからず、拒絶反応やがん化のリスクが低いなどの優れた点があり、新たな再生医療として関心が高まるでしょう。
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)