再生医療市場は2030年に日本市場が1兆円、世界市場が12兆円となるとの予想があります(経済産業省:法施行を踏まえた 再生医療の産業化に向けた取組1))。再生医療市場の成長性への期待からiPS細胞への関心は高いものがあります。ただ、iPS細胞を用いた治療薬の開発は、研究途上の部分も多く、製品化にはまだ時間を要するとされています。一方で、間葉系幹細胞はiPS細胞に比べて、多能性については乏しいものの、低侵襲性と安全性、そして費用や時間が比較的かからない等の利点から製品化が先行しています。
間葉系幹細胞は、間葉に由来する体性幹細胞の一種です。ある細胞に変化するようにと指示を受けると特定の細胞に分化する能力を有しています。また、分化前の状態のままで、自らを複製する能力も有しています。人の骨髄や脂肪、臍帯などに含まれおり、骨、心筋、神経、血管や脂肪などに分化する働きを持つ細胞です。ES細胞やiPS細胞などあらゆる細胞に変化する能力を持つ人為的に生み出された多能性細胞とは異なり、比較的容易に採取することができ、細胞のがん化の危険性が低いなどの利点があるとされています。
1)急性移植片対宿主病(GVHD:他家骨髄間葉系幹細胞
JCRファーマ(株)が造血幹細胞移植後のGVHDを適応症として「テムセルHS注」の製造販売承認を2015年9月に取得しました2)。移植された造血幹細胞に含まれる免疫担当細胞(リンパ球など)が、患者さんの身体を異物とみなして攻撃する免疫反応を抑える薬として使用されています。本製品は、健康な成人から採取した骨髄液よりヒト間葉系幹細胞 を分離拡大培養し、その細胞自体が有する能力を利用して疾病を治療するというものです。他家細胞であるにもかかわらず間葉系幹細胞自体の免疫原性が弱いため、通常の医薬品と同様に、必要とされる患者さんに広く投与できるという利点があり、急性GVHDの治療における新たな選択肢となることが期待されています。2018年3月期には15億円を売上げるまでに成長しています。詳しくは、当センターホームページの「第10回元気の出る再生医療:“3.3白血病の新たな細胞治療:移植片対宿主病(GVHD)に有効な治療法”」を参照ください。
2) 脊髄損傷の治療薬:自家骨髄間葉系幹細胞
札幌医科大学(医学部附属フロンティア医学研究所神経再生医療学部門:本望修教授)は、ニプロ株式会社と共同開発を進めている「脊髄損傷の治療に用いる自家骨髄間葉系幹細胞(ステミラック注)」について、2018年12月28日、厚生労働省から「条件及び期限付承認を取得した」と発表しました3)。ステミラック注は患者さんの骨髄液から骨髄間葉系幹細胞を抽出して、それを培養してから再び点滴で体内に戻し、脊髄の神経の再生を促す治療方法です。これまで決定的な治療法がなかった脊髄損傷に関して、これを治療する再生医療等製品の承認は世界で初めてであり、このニュースを受けて「ステミラック注」に利用された「間葉系幹細胞」への関心が急速に高まっています。詳細は当センターホームページの「No.12 再生医療トッピクス:再生医療、国が新たな扉を拓く:脊髄損傷の治療に用いる自己骨髄間葉系幹細胞が条件及び期限付承認を取得 」を参照ください。
3)慢性期脳梗塞、外傷性脳損傷:他家骨髄間葉系幹細胞
サンバイオ(株)が慢性期脳梗塞と外傷性脳損傷の2つの疾患で臨床研究を進めている骨髄由来幹細胞(SB623)は、成人骨髄由来の間葉系幹細胞を加工・培養して製造したものです。同社グループは、中枢神経系疾患に対する新しい治療薬として日米を中心に慢性期外傷性脳損傷及び慢性期脳梗塞プログラムの開発を進めています。慢性期外傷性脳損傷プログラムについては、フェーズ2臨床試験において、2018年11月1日に「SB623を投与した群は、コントロール群と比較して、統計学的に有意な運動機能の改善を認め、主要評価項目を達成」という良好な結果を公表しました。また、慢性期脳梗塞プログラムについては、フェーズ2b臨床試験の結果公表を2020年1月期前半(2019年2月~2019年7月)に予定しています。上述の慢性期外傷性脳損傷プログラムの良好な結果を受けて、当社グループは、SB623の適応症の見直しを行いました。これにより、外傷性脳損傷と類似性がある慢性期脳出血プログラム(以下「本プログラム」)をSB623の新規適応症として追加することを決定しました4)。なお、本プログラムの開発地域は、日米を視野に入れています。脳出血は、血管が詰まって引き起こされる脳梗塞に対して、血管が破れることで引き起こされる疾患であり、半身麻痺、感覚障害又は記憶障害等の症状が起こりますが、現状では根治治療は存在していないとされています。 詳しくは当センターホームページの「第7回元気の出る再生医療:再生医療の最前線(3)再生医療関連法:早期承認制度:脳損傷回復薬の治験を開始」、および第10回元気の出る再生医療:再生医療の最前線(5)-周辺産業への期待、最前線の取り組み、企業紹介-:サンバイオ株式会社」を参照ください。
4)急性期脳梗塞:他家骨髄間葉系幹細胞
富士フイルムホールディングスは2017年9月に、他家骨髄由来の間葉系幹細胞を用いた急性期脳梗塞に対する再生医療等製品(NCS-01)の研究開発を進めている再生医療ベンチャーのNCメディカルリサーチに出資しました5)5。NCメディカルリサーチは、これまでに採取した間葉系幹細胞のなかから、脳梗塞によって損傷した脳神経細胞の再生に有用な細胞を独自の培養方法で選別する技術を確立しています。現在、米国にて非臨床試験を推進し、2019年以降に日米の2カ国で臨床試験を開始する予定です6)。
5)肝硬変:他家脂肪組織由来幹細胞
ロート製薬で製造したADR-001の構成細胞を用いた、マウス肝硬変モデル、マウスNASHモデルでの検討で、肝線維化の改善が認められました7)。肝硬変は、肝線維化が特徴です。肝線維化を改善するためには、コラーゲンをはじめとした細胞外基質の溶解、肝星細胞a)の活性化抑制や炎症反応の抑制及び、肝障害の抑制が効果的であると考えられています。間葉系幹細胞を使用した治療効果は、細胞が産生するサイトカインや成長因子等の液性因子を介して治療効果が発揮されると考えられています。 ロート製薬が開発を進めている「ADR-001」は他家脂肪組織由来幹細胞を構成細胞とする細胞製剤です。脂肪組織は組織中に多くの間葉系幹細胞を含み、採取時の侵襲性が比較的低く、手術時など余剰組織となるケースもあることから、比較的入手が容易であり、他家脂肪細胞による同種移植のため、必要な患者さんに迅速に提供できる利点があります。投与は静脈内点滴投与のため患者さんの負担も少ないのが特徴です。2020年度の承認を目指して治験を進めています。 治験の概要ですが、肝硬変患者を対象とするADR-001の第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験です。対象疾患はC型肝炎又はNASHによる非代償性肝硬変(Child Pugh分類・グレードB)患者さんです。目標症例数は15例です。実施施設は新潟大学医歯学総合病院で、治験実施予定期間は2017年7月~2018年12月です。
6)変形性関節症:他家滑膜由来間葉系幹細胞
明治ホールディングス の製薬子会社Meiji Seikaファルマ(株)と広島大学発の創薬スタートアップである(株)ツーセルは共同で、間葉系幹細胞を使った変形性関節症治療薬の実用化を目指しています8),9)。(株)ツーセルは、ヒト滑膜由来の間葉系幹細胞を用いた膝軟骨欠損・損傷治療用細胞医薬品の研究・開発の実績があり、これらを通じて得たノウハウを共同研究に応用するとのことです。Meiji Seikaファルマ(株)は、細胞分離用酵素「Meiji Collagenase G」および「Meiji Collagenase H」、ならびに関節機能改善剤「アダント®関節注」および「アダント®ディスポ関節注」(日本薬局方精製ヒアルロン酸ナトリウム注射液)の開発・販売を通じて得たノウハウを本共同研究に応用します。
7)糖尿病腎症、難治性てんかん:自家骨髄間葉系幹細胞
札幌医科大学(解剖学第二講座:藤宮峯子教授)は様々な細胞に変化できる「間葉系幹細胞」を用いた再生医療で、民間企業との共同研究を進めています9),10)。糖尿病により腎臓の機能が低下する「糖尿病性腎症」の治療法開発で調剤薬局大手のアインホールディングス(HD)などと協力するほか、通常の薬が効きにくい「難治性てんかん」の治療法では医療機器大手のニプロ(株)と連携します。企業から研究資金を得て、早期の臨床応用を目指しています。
(補足説明)
a.肝星細胞:肝細胞に近接する細胞で、炎症により活性化されます。活性化された肝星細胞はコラーゲンをはじめとした細胞外基質を産生し線維化の形成に関与します。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)