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再生医療用語集
No.17 再生医療トッピクス
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iPS細胞 臨床研究が本格化(2)
加齢黄斑変性/心不全/パーキンソン病
1.iPS細胞による再生医療

iPS細胞を使用した再生医療の臨床研究についてご紹介します。なお、2019年2月18日、厚生労働省の専門部会は、慶応義塾大学が計画しているiPS細胞を使って脊髄損傷の患者さんを治療する臨床研究の実施を了承したとのニュースが飛び込んできました。同専門部会はiPS細胞から角膜を作り、目の病気の患者に移植する大阪大学の計画も審議しましたが、結論は持ち越しになりました。これら2つの再生医療の提供計画ついては、次号でご紹介する予定です。

1) 滲出型加齢黄斑変性:他家iPS細胞 網膜細胞 注射 臨床研究

(実施施設)理化学研究所/京都大学/神戸市立医療センター中央市民病院

患者さん以外の細胞から作ったiPS細胞(他家)で網膜の細胞を作製し、滲出型加齢黄斑変性という目の病気の患者さんに移植する手術を理化学研究所多細胞システム形成研究センター高橋正代プロジェクトリーダーなどのチームが2017年3月28日に実施しました1),2)

チームによりますと、患者さんは兵庫県在住の60代の男性で、同日午後、神戸市立医療センター中央市民病院で手術が行われました。京都大学iPS細胞研究所が備蓄している健常者のiPS細胞を使い、理化学研究所が網膜細胞を作製しました。免疫のタイプが患者さんと同じで、拒絶反応が起きにくいことを確認して患部に移植しました。移植手術では、網膜細胞を溶液に浮遊させて患部に注射する方法が採用されました。5人の患者さんに移植手術を行い、その後拒絶反応や症状改善の有無などを1年間観察し、3年間の追跡調査で安全性と有効性を確認する計画です。

なお、理化学研究所などのチームは2014年、患者さん自身の細胞から作ったiPS細胞(自家)で網膜細胞を作製し、移植する手術を実施しました。患者さんは視力低下が止まるなど術後約2年たっても経過は順調とのことです。ただ、移植までの準備に11カ月かかり、費用も1億円と高額なことが課題でした。他家細胞を使うと期間は約1/10、費用も1/5以下で済むと言われています。網膜の一部を切除し、細胞をシート状に加工して埋め込んだ前回と比べ、患者の負担や感染症の恐れが少ないそうです。

理化学研究所と神戸市立医療センター中央市民病院などのチームは2018年1月16日、患者1人の網膜内に腫れができる合併症の発症を確認したと発表しました3)。iPS細胞を用いた再生医療の臨床研究で、手術が必要な合併症が起きたのは初めてですが、重症ではなく、今後も臨床研究を継続するとしています。


2) 重症心不全(虚血性心疾患):他家iPS細胞 心筋シート 移植 臨床研究

(実施施設)大阪大学医学部心臓血管外科

大阪大学の澤芳樹教授(心臓血管外科)のチームは2018年5月16日、iPS細胞から作製した「心筋シート」を重症心不全患者さんの心臓に移植する臨床研究が厚生労働省から承認されました4),5)。計画によりますと、iPS細胞を心筋細胞に変化させてシート状(直径数センチ、厚さ約0.1ミリ)にし、虚血性心筋症の患者さん3人の心臓に貼り付けて、安全性や効果を確かめるとのことです。iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授らが備蓄を進める、拒絶反応が起きにくいものを使用します。

同チームはこれまで、iPS細胞を使わない手法として、患者さんの太ももの筋肉細胞から作製した心筋シートを開発していますが、種類が異なる筋肉のため、重症の患者さんでは効果が見込めませんでした。この度の臨床研究では、移植した心筋細胞が心臓の一部となって働くことで、より高い効果が期待されます。

心不全は心臓の機能が低下し、息切れをしたり、疲れやすくなる病気です。重症ですと補助の人工心臓や心臓移植で置き換える必要があります。しかし、人工心臓は合併症などの可能性があり、心臓移植は提供者の数が少ない問題があります。同チームの治療で十分な効果が確認されれば、これらの課題の解決につながることが期待されます。5年後をメドに一般的な治療としての普及を目指すとのことです。

iPS細胞による臨床研究は、1.1に述べましたように加齢黄斑変性の患者さんに初めて実施されました。心不全は患者さんの生命に関わる病気のため、加齢黄斑変性に比べハードルが高く、心臓の治療には大量の細胞が必要になるうえ、目のように外から直接経過を観察できません。加えて、患者さん本人ではなく、他の人の血液から作製したiPS細胞を用いるため、移植した後に拒絶反応が起こらないよう免疫抑制剤を使う必要があります。万一、細胞ががん化したときの処置も難しいとされています。


3) パーキンソン病:他家iPS細胞治療 神経細胞移植 臨床試験(治験)

(実施施設)京都大学iPS細胞研究所/同大学医学部附属病院

京都大学高橋淳教授らは2018年7月30日、ヒトのiPS細胞から作った神経細胞を神経難病のパーキンソン病の患者さんの脳に移植する世界初の臨床試験(治験)を8月1日開始すると発表しました6)-8)。その後、同大学医学部附属病院は、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の被験者に対し、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植を行ったと発表しました9)

患者さんは合計で7人です。神経細胞を移植し、2022年度までに安全性や効果を確認する計画です。

パーキンソン病は手足の震えや筋肉のこわばり、寡動・無動、バランスが取れないといった症状が出る難治性疾患です。脳内で神経伝達物質のドパミンを作る神経細胞が徐々に減ることが原因です。本治験では、他人由来のiPS細胞(拒絶反応を起こしにくいタイプのドナーの細胞からあらかじめ作製して備蓄しておいた)から作った約240万個のドパミン神経前駆細胞を患者さんの脳の被殻(左側)に移植しました。移植細胞が神経細胞になりドパミンを出すことで症状の改善や服用薬の減量が期待されています。ただし、移植後1年間は拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤が投与されます。治験対象の患者さんは7人で、既存の薬物治療では症状が十分にコントロールできない、年齢が50-60代、5年以上病気にかかっている等の選定条件があります。

かつて、高橋淳教授らの研究チームは、人のiPS細胞から作った神経細胞をパーキンソン病のサルに移植し、手足の震えなどの症状が軽減したとする研究成果を発表しました10),11)。霊長類で効果が確認されたのは初めてでした。2018年度中にもパーキンソン病患者を対象にした再生医療の臨床試験(治験)の開始を目指されていました。当時、高橋教授は「(治験に使う)手法の有効性や安全性に問題がないことが確認された」と述べていました。

京都大学は当初、患者の血液などから作ったiPS細胞を使う臨床研究を計画していましたが、治療に1年の期間と数千万円の費用がかかるとされていました。

備蓄した他人のiPS細胞を使えば、治療期間6週間、費用は数百万円にできるそうです。京都大学は2015年から、拒絶反応を起こしにくいiPS細胞の備蓄を進めていていました。治験はこのiPS細胞を使います。治験がうまくいけば、大日本住友製薬が国の承認を得たうえで、再生医療製品として実用化する予定です。同社は大阪府内に2018年立ち上げた細胞医療工場で製造・品質の管理基準GMPに沿う生産体制を築く計画です。

高橋教授は理化学研究所などとの別の研究で、患者以外のiPS細胞から作った神経細胞を移植すると、拒絶反応が起こることもサルの実験で確かめています。白血球の型を合わせたり、免疫抑制剤を使ったりすると抑制できたとしています。従来、脳は拒絶反応が起こりにくいと考えられていましたが、成果は本治験の参考になると言います。

この度の治験では、パーキンソン病の原因とされる神経細胞への異常タンパク質の蓄積を抑制されることになりません。神経細胞移植後に、再びタンパク質の蓄積が生ずる恐れがありますので、他の治療法の開発の必要性は依然あります。移植により、ドパミンが過剰に産生されると、ジスキネジア(不随意運動)と呼ばれる自分の意志とは無関係に手足や体全体が動くことなどの副作用を慎重に判断しなくてはならないと言われています。


(参考資料)

  1. 理化学研究所プレスリリース:加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植-安全性検証のための臨床研究結果を論文発表-、2017年3月16日
  2. 産経ニュース:他人のiPS細胞で網膜移植 理研、世界初の手術実施、無事終了、2017年3月28日
  3. 日本経済新聞電子版:iPS移植で合併症 理研など、目の難病患者に除去手術 、2018年1月16日
  4. 大阪大学心臓血管外科ホームページ:再生医療
  5. 日本経済新聞:iPS細胞で心臓治療了承 厚労省、阪大に 患者選定基準など条件付きで、2018年5月16日
  6. 京都大学医学部付属病院プレスリリース:「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」開始について」、2018年7月30日
  7. 毎日新聞:パーキンソン病iPS治験 対象患者は7人 年内移植へ、2018年7月31日
  8. 京都新聞:iPS再生医療、パーキンソン病患者で治験へ 京大が国内初、2018年7月30日
  9. 京都大学iPS細胞研究所ニュース・イベント:「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の移植実施について、2018年11月9日
  10. 日本経済新聞:パーキンソン病のiPS治療、18年度に治験 京大、2017年2月3日
  11. 日本経済新聞:京大、iPS移植症状改善 パーキンソン病に再生医療、2017年8月31日

  12. (NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)