脳梗塞に対する再生医療等の取組の最後は、急性脳梗塞に対する2件の臨床試験、脳梗塞後の後遺症に対するサイトカインによる治療1件と、脳梗塞に対する基礎研究2件についてご紹介致します。
1.1 急性期脳梗塞:他家骨髄由来間葉系幹細胞 静脈内投入 臨床試験
◎株式会社ヘリオス
同社は、米国アサシス社が創製した幹細胞製品MultiStem®(HLCM051)について、国内での脳梗塞に対する開発・販売権を取得し、急性期の脳梗塞に対する新規の細胞治療法を開発しています。HLCM051は免疫抑制剤が不要であり、静脈注射により患者さんに投与されます。急性期の脳梗塞に対するHLCM051の作用については、アサシス社が既に米国及び英国で大規模な臨床試験を実施しました。発症後36時間以内に投与した患者さんに対する安全性を確認し、プラセボを投与したグループに比較して、手足のまひの改善効果が認められたとしています1-2)。
HLCM051は、免疫応答の場である脾臓で炎症免疫細胞の活性化を抑制することにより、炎症や免疫反応を抑えて神経細胞の損傷を抑制、さらに、抗炎症性細胞を増殖させ、栄養因子を放出することで神経保護作用などが期待できるとしています。現在、(株)ヘリオスは日本国内で急性期脳梗塞の患者さんを対象に第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験(治験名:TREASURE試験)を行っています。臨床試験は、急性期の脳梗塞患者さんを対象に、HLCM051あるいはプラセボを静脈注射で1回投与し、投与90日後に、まひの程度がどの程度改善したか評価するそうです。2019年秋の承認を目指しています。なお、HLCM051は厚生労働省より再生医療等製品として2017年2月「先駆け審査指定制度」対象品目の指定を受けています。
1.2 急性脳梗塞:他家歯髄由来幹細胞医療品 静脈注射 臨床試験
◎JCRファーマ、帝人
帝人(株)とJCRファーマ(株)が共同開発を進めているヒト(同種)歯髄由来幹細胞(DPC)を用いた再生医療等製品「JTR-161」について、急性期脳梗塞患者さんを対象とした国内第I/II相臨床試験で被験者の組み入れを開始し、第1例目となる被験者に当該治験製品を投与したことを発表しました(2019年2月9日)3)。
両社は2017年7月に、日本国内におけるDPCを用いた急性期脳梗塞を適応症とする再生医療等製品「TR-161」の共同開発契約および実施許諾契約を締結し、研究開発を進めていました4)。同臨床試験は、急性期脳梗塞患者を対象として、「JTR-161」を静脈内投与した際の安全性および有効性を探索的に検討することを目的とするもので、帝人ファーマ(株)が治験依頼者として実施し、試験に用いる治験製品はJCRファーマが製造します。DPCは、神経保護作用や免疫調整作用、血管新生作用等を有することが示唆され、体内に投与しても拒絶反応が起こりにくいとされています。
2.1 脳梗塞後の後遺症:サイトカイン 点鼻 治療
◎デイクリニック天神
治療法は、脳梗塞後の後遺症の軽減やリハビリ効果を高めるため、幹細胞から放出されるサイトカイン(タンパク質)を使用した乳歯歯髄由来サイトカインカクテル注1)(幹細胞培養上清液)を点鼻するものです5)。各組織の指令系統を担当するサイトカインを使用するこの治療法では、幹細胞治療と同等の治療効果が期待できるとしています。まず1~2週間おきに、次に2~4週間おきに点鼻を行ないます。サイトカインカクテル療法は、乳歯歯髄幹細胞由来の培養上清液を利用した再生医療で、脳梗塞(脳溢血)後の後遺症の軽減やリハビリ効果が高まることが報告されている治療法であるとしています。
名古屋大学上田実教授(2017年当時)は、これまで再生医療が損傷した組織臓器に幹細胞を移植することで再生が行われると考えてきたが、脳梗塞ラット、脊髄損傷ラットなどでは幹細胞培養上清の投与が肝細胞の移植と治療成績が同等であり、培養上清としては乳児歯髄幹細胞の培養上清が最も大きな治療効果を示したことを報告されています6)。また、歯髄由来幹細胞から放出されるサイトカインは脳神経細胞にも効果が認められ、脳梗塞後の後遺症の運動マヒが軽快したという報告もされています。
3.1 脳梗塞:脳の免疫細胞 脳梗塞ラット
◎新潟大学脳研究所
同学脳研究所神経内科下畑准教授、金澤助教らの研究グループは、薬剤を用いることなく簡単な刺激によって、脳保護的なミクログリアに変化できることを初めて見出したと発表しました7)。脳の免疫細胞であるミクログリアは、病気の状況によって脳を攻撃することも、保護することもあるそうです。この細胞を脳梗塞ラットに投与したところ、その後遺症が大幅に改善し、脳梗塞の画期的な治療法につながるものと期待されています。同研究成果は、当該脳研究所神経内科と国立病院機構新潟病院の共同研究によるものです。
脳梗塞後における脳の障害のメカニズムは極めて複雑で、さまざまな物質が関わり、単一の物質を標的とする薬による治療では十分な効果を期待することは困難です。加えて、脳には 血液脳関門という血管内の物質を脳に入りにくくするバリアがあり、薬剤が到達しにくいという課題もあります8)。研究チームは、新たな治療法として脳の免疫細胞であるミクログリアに着目しました。それは、①状況によって強力で多彩な脳保護作用をもつ M2 ミクログリアに変化すること、②血液脳関門を通過し、脳梗塞病変に集まる性質をもつことに基づくそうです。しかし、副作用をもたらす可能性のある薬剤を使用することなく、M2 ミクログリアに変化させることはこれまで不可能でした。
同チームでは、ミクログリアを脳梗塞に類似した環境、酸素とブドウ糖の濃度が低下した状況に短時間曝露させるという簡単な刺激により、脳保護的な M2 ミクログリアに変化できることを初めて発見しました。脳梗塞を発症後、すでに1週間を経過したラットに、 その細胞を投与すると、血管のバリアを越えて脳内に入り込み、成長因子やいくつかの脳保護蛋白を脳梗塞の病変周囲で増加させることを明らかにしました。さらには,脳梗塞病変における新しい血管の再生、および神経細胞の再生が促進され、その結果、脳梗塞後遺症である運動感覚障害の回復が促進されることを初めて明らかにしましたとしています。
同研究では、ミクログリア細胞に簡単な刺激を行うことにより、脳保護的に作用する善玉のM2ミクログリアに変化できること、加えて同細胞を急性期治療ができなかった後遺症のみられる脳梗塞患者さんに移植することで、機能回復が促進される治療法となりうることを明らかにしました。併せて、機能回復のメカニズムとして、投与したミクログリアが脳梗塞病変に自ら集まること、実際に血管や神経細胞の再生を促進することを示しました。脳梗塞に対する細胞療法としては,さまざまな細胞が研究されており,代表的な細胞としてiPS 細胞や幹細胞がありますが、これらと比較して、細胞の操作が簡便であり、発症早期からの治療が可能である点、また自身の細胞を低酸素と低ブドウ糖の状況に曝露するのみであるためがん化のリスクがない点でより有効で安全な臨床応用が可能となるとしています。
同研究が実用化されると,慢性期の機能回復として、初めての画期的な内科的治療法となるとしています。また,比較的簡単な操作で、ミクログリアのM2化が可能であるため、専門的な細胞調整センターをもたない一般病院における治療の普及につながります。加えてミクログリアは現在の技術で脳から採取できるほか、血液のなかにもミクログリアに似た細胞が存在するため、さらに簡便な治療法を開発できる可能性があります。
3.2 脳梗塞:人工細胞足場 マウス
◎東京医科歯科大学 名古屋市立大学
東京医科歯科大学脳統合機能研究センター味岡准教授らと名古屋市立大学澤本教授らは脳梗塞領域に血管を誘引するスポンジ形状の人工細胞足場を開発したと発表しました(2017年5月10日)9-10)。脳梗塞は、脳の血管が詰まり、酸素や血液の供給が遮断され、脳のニューロンが壊れる疾患です。脳梗塞の再生治療の実現化には、ニューロンの壊れを最小限に抑え、損傷した脳を修復し、再生させるために新たな血管を誘引する必要があるとされています。これまで、脳は一度損傷を受けると再生しない組織だと考えられており、脳梗塞部位で新たな血管を誘引する技術の開発が望まれていました。
同研究グループでは、細胞接着活性を持つタンパク質「ラミニン」を利用してスポンジ形状の人工細胞足場を作製し、既存の血管から新たに血管を誘引するのに重要となるタンパク質「血管内皮細胞増殖因子(VEGF)」を同人工足場に結合し、VEGF結合ラミニンスポンジを開発しました。同VEGF結合ラミニンスポンジを脳梗塞モデルマウスの脳梗塞領域に移植した結果、血管が新たに誘引されることを確認しました。一方、VEGFを結合していないラミニンスポンジを移植した結果は、新しい血管がほとんど検出されなかったとしています。
図1 脳梗塞などに対する再生医療等の取組
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)