心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」という定義を日本循環器学会と日本心不全学会は2017年に発表しました(医学の専門用語としては「病気」ではありませんが、心臓が悪いことを総合的に表現する言葉して、「病気」と表現しています)1)。我が国の死因統計をみると、心疾患で亡くなる患者さんはガンに次いで多く、その中でも一番の死因が心不全です。2014年度の心疾患の総患者数は172万9000人とがんに次いで多く、(厚生労働省「2015年患者調査の概況」)、2020年には120万人を超すと予測されています。
心不全は、心臓の機能が低下し、必要な血液を体全体に送り出すことが出来なくなった状態を指しますが、心不全の原因は1つではなく、心筋梗塞、高血圧、心臓弁膜症、不整脈、心筋症、そのほかの生活習慣病、加齢などと様々なため、治療法もそれぞれに合ったものがとられます2)。しかしながら、心不全が重症化すると一般的な薬や手術では回復することは難しく、最終的には心臓移植しか患者さんを救う方法はありません。しかし、心臓移植も、深刻なドナー不足から患者さんの多くは移植を断念せざるを得ない状況にあります3)。
急性心不全:安定した状態から急激に悪化する場合で、心筋梗塞等に伴う心不全がこれに当たります。狭心症や心筋梗塞が原因であれば、冠動脈に風船(バルーン)を入れて膨らませ、この動脈の流れをよくする風船治療や、冠動脈バイパス手術などが、心臓弁膜症では弁を人工弁と取り替える人工弁置換術などが必要になります。拡張型心筋症という心臓の筋肉自身の病気の時は、原因は不明で、現状では根本的な治療法はありません。
慢性心不全:それなりに体全体のバランスがとれ、状態が安定している場合で、高血圧、心臓弁膜症、拡張型心筋症等に伴う心不全がこれに当たります。体内の余分な水分を取り除く「利尿剤」、心臓の働きを手助けする「ジギタリス剤」、心臓にかかる負担を軽くするアンギオテンシン変換酵素阻害剤などの「血管拡張剤」、長期的には心臓に障害を与えやすい神経やホルモンの作用を抑制する「ベータ遮断剤」などがあります。
既に心臓の働きがかなり低下している(重症心不全)場合は、これらの治療方法の効果にも限界があるため、補助人工心臓の植え込みや心臓移植が検討されます。人工心臓は何十年も使えるほどの耐久性はなく、最終的には心臓移植が必要になる場合も多いとされています。日本で心臓移植が必要な患者さんは1,000人以上いるとされていますが、脳死での臓器提供は年間20~30例にとどまります。
欧米を中心に、主に虚血性心筋症を対象に骨髄細胞や筋芽細胞移植が行われ、臨床研究を通してその安全性と可能性が示されてきました。我が国おいては、心筋幹細胞を注射で移植し、血管新生を促すためにサイトカインを封じ込めたゼラチンシートを移植した部位に貼る治療法による臨床研究が実施されています。また、足の筋肉から採取した筋芽細胞をシート状にして心臓に移植する臨床研究が実施され、この細胞シートを用いた治療は2016年に保険診療が可能となりました。根本的な治療が心臓移植しかない拡張型心筋症の小児患者さんに心筋細胞(自家)を移植する臨床研究も開始されました。
iPS細胞(他家)から作製した心筋シートを重症心不全患者さんの移植する世界初の臨床研究が厚生労働省から承認されました。iPS細胞(他家)から作製した心臓組織を貼り付けて拡張型心筋症を治療する研究もなされており、心筋細胞の大量培養に方法を確立し、ブタの心筋梗塞モデルに純度の高い再生心臓細胞を移植することで治療の安全性と、有効性などを確認しています。また、心筋梗塞を起こしたサルにiPS細胞から作製した心筋細胞をして、症状が改善したとの報告もされています。
体のさまざまな組織の細胞に変化するとされている特殊な細胞、Muse細胞を使って、心筋梗塞を起こしたウサギの心臓の機能を改善させることに成功したとの報告もあります。心筋梗塞などで線維化してしまい、ポンプ機能が低下した心臓の細胞に3種類の遺伝子を導入し、心臓の機能を回復することに、マウスを使った実験で実証した報告があり、細胞移植を必要としない新しい心筋再生法として、再生医療への応用が期待されます。また、ヒトのiPS細胞から作製した心筋細胞などをもとに、細胞を積み重ねて立体的な組織を作るバイオ3Dプリンターで心筋組織を作ることに成功したとの研究結果も発表されています。
前記の取組み概要を4回に分けて、ご紹介致します。ここでは、まず、重症心不全に対する自家心臓幹細胞移植に関する臨床研究、続いて重症心不全に対する再生医療等製品として承認を得た自家筋芽細胞の移植に関する臨床研究、最後に重症心不全に対する他家iPS細胞による心筋シート移植の臨床研究についてご紹介致します。
(1) 重症心不全(虚血性心疾患):心臓幹細胞(自家) 移植 臨床研究
◎京都府立医科大学循環器内科部門心筋再生医療グループ
実際の治療の概略ですが、事前に心筋生検で患者さんの心筋組織を少量採って心臓幹細胞を1か月ほど培養して増やした後、心臓バイパス術の際に梗塞部位に心臓幹細胞を注射で移植します。血管新生を促すためにbFGFと呼ばれる血管増殖作用を持つサイトカインを封じ込めたゼラチンシートを移植した部位に張って手術は終了します。
ゼラチンシートは1か月ほどで吸収されてなくなります。外科的手術と同時に行う治療法であるため、重症な心不全に苦しんでいる患者さんの中でも心臓バイパス術の適応のある方しか対象にできませんでした。この臨床研究は2012年2月に予定されていた6例の手術がすべて終了しています。今後、中長期を含めた安全性の評価を行い国に報告することになっています3)。
(2) 重症心不全(虚血性心疾患):筋芽細胞(自家) 移植 再生医療等製品
◎大阪大学医学部心臓血管外科
同大学澤教授らは、自分の足の筋肉から採取した筋芽細胞とよばれる若い細胞が、弱った心臓の筋肉を再生させる力があることを多くの基礎実験、臨床研究で示してきました5)。さらに、組織工学技術を応用して培養皿で育てた細胞をシート状に形成する方法を用いて、足の筋肉から採取した筋芽細胞をシート状にして心臓に移植する方法を確立しました。そして、この方法を用いた再生治療を世界で始めて行いました。
この治療は人工心臓を装着された重症心不全の患者さんに行なわれました。患者さんは人工心臓が外せるほどに心機能が回復し、無事退院され、現在は健康な人と変わらない生活をされているとのことです。これまで約50例の重症心不全の患者さんに本治療を行い、心不全に対する効果が明らかになりました。
中央社会保険医療協議会総会は2015年11月18日の総会で、ヒト(自己)骨格筋由来細胞シートである「ハートシート」(テルモ)の保険償還価格を了承しました。治療に要するシート代(5枚分)は計1470万円です。「ハートシート」は、既存の標準治療で効果不十分な、虚血性心疾患による重症心不全の患者さんが対象です。2014年11月施行の医薬品医療機器法に基づく再生医療等製品の扱いで、5年間の「条件および期限付き承認」となった第一号として、製造販売承認を取得しました。5年間の推定適用患者数は、123人です。本シートを使用する全例について評価を行う予定です6)。現在はハートシートの適応拡大のため、医師主導治験(成人・小児)を臨床研究と並行して行っているとのことです。
(3) 重症心不全(虚血性心疾患):iPS細胞(他家)心筋シート 移植 臨床研究
◎大阪大学医学部心臓血管外科
同大学澤教授のチームは2018年5月16日、iPS細胞から作製した「心筋シート」を重症心不全患者さんの心臓に移植する世界初の臨床研究が厚生労働省から承認されました5),7)。計画ではiPS細胞を心筋細胞に変化させてシート状(直径数センチ、厚さ約0.1ミリ)にし、虚血性心筋症の患者3人の心臓にはり付けて、安全性や効果を確かめます。iPS細胞は、京都大の山中伸弥教授らが備蓄を進める、拒絶反応が起きにくいものを使用します。
前記のように同チームはこれまで、iPS細胞を使わない手法として、患者の太ももの筋肉細胞から作製した心筋シートを開発していますが、種類が異なる筋肉のため、重症患者では効果が見込めませんでした。今回の臨床研究では、移植した心筋細胞が心臓の一部となって働くことで、より高い効果が期待されるとしています。
図1 心不全などに対する再医療等の取組状況(取組(1)の範囲)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)