ここでは、最初に急性心筋梗塞を対象としたMuse細胞製品の臨床試験についてご紹介し、続いて、拡張型心筋症の小児患者さんに対する自家心筋幹細胞を移植する臨床研究についてです。最後に、重症心不全を対象としたiPS細胞から作製した心筋細胞を心臓に移植する研究について取上げました。
(1) 心筋梗塞:Muse細胞(他家) 静脈内投与 臨床試験
◎岐阜大学 東北大学 (株)生命科学インスティテュート
株)生命科学インスティテュートは、急性心筋梗塞を対象としたMuse細胞製品「CL2020」の国内探索的臨床試験を開始すると発表しました(2018年1月15日)1-2)。岐阜大学医学部附属病院などで急性心筋梗塞6例を対象に実施し、「CL2020」を単回投与、1年半程度の期間で試験を実施するとのことです。再生医療で設けられた条件付期限付早期承認制度も有効に活用し、2021年度の承認を目論まれています。
岐阜大学と東北大学の研究グループは2018年3月6日、記者会見を開き、体のさまざまな組織の細胞に変化する能力があるとされている「Muse細胞」と呼ばれる特殊な細胞を、急性の心筋梗塞を起こしたウサギの血液中におよそ30万個投与したところ、2週間ほどで心臓の機能が改善したと発表しました3)。同グループによると、この特殊な細胞は体内に存在し、大量に増やして投与すると、傷ついた細胞からのシグナルを受け取って集まり、心臓の筋肉や血管に変化して修復したとのことです。この成果などをもとに生命科学インスティテュートが中心となって臨床試験が進められることになりました。
Muse細胞は、間葉系組織に存在する生体由来の多能性幹細胞であり、東北大学の出澤真理教授らにより発見され、ヒトの多様な細胞に分化する能力を持つ新たなタイプの多能性幹細胞とされています。外胚葉、内胚葉、中胚葉の三胚葉系に分化し、もともと生体内の間葉系組織内に存在する自然の幹細胞のため、腫瘍化の懸念が低いのが特徴です。細胞が傷害組織に集まりやすく、目的とした細胞に分化誘導する必要がなく、静脈投与するだけで自発的な分化によって傷害で失われた細胞を補充する再生機序を持つとされています。なお、2018年9月には脳梗塞、同年12月には表皮水泡症を対象疾患として同様に探索的臨床試験が開始されています。
(2) 拡張型心筋症:心筋幹細胞(自家) 移植 臨床研究
◎岡山大学附属病院
同大学病院新医療研究開発センター、王教授らは、根本的な治療が心臓移植しかない「拡張型心筋症注1)」の小児患者さんに対し、自身の培養した細胞を移植する「心筋再生医療」による臨床研究を開始されました(2017年10月17日)4)。心筋再生医療は、患者さんの心臓から組織の一部を採取し、心筋のもとになる「幹細胞」を取り出して培養後、カテーテルを使い再び心臓に戻します。患者さん自身に由来する細胞のため、拒絶反応を起こす心配はありません。同病院は既に、機能的単心室症などで臨床試験(治験)をしており、合わせて症例数を重ね、早期の保険適用を目指すとしています。
今回の臨床研究は、心臓の筋肉が薄くなりポンプ機能が低下する「拡張型心筋症」と診断された18歳未満の31人の方々が対象です。1例目となる8歳の女児の治療が2017年10月17日に行われました。日本臓器移植ネットワーク5)によりますと、心臓移植の登録者されている方々は769人おられ、内拡張型心筋症の方が452人です。0-19歳までの方が64人です(2019年7月31日現在)。子どもの心臓移植は提供者が少なく機会が限られる中、ドナー不足を克服する治療法になることが期待されます。
(2) 難治性重症心不全:iPS細胞 心筋細胞(他家) 注射による移植 臨床研究(申請中)
◎慶應義塾大学医学部循環器内科
同大学福田教授らの研究チームは、iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作り、重症心不全の患者に移植する臨床研究について、再生医療を審査する同大の特定認定再生医療等委員会に計画を申請しました(2019年5月27日)6-7)。iPS細胞を使用した心臓病に対する臨床研究は、本再生医療トピックス「心不全などに対する取組(1)」で紹介しました大阪大学の澤教授らのグループに続き2例目です。
二つの臨床研究は疾患の対象や期待される効果などにそれぞれ特徴があります。澤教授らのチームは、iPS細胞から心筋細胞を作製し、同細胞をシート状の心筋シートにして、同シートを虚血性心筋症の患者さんの心臓に移植します。この移植により、血管再生などを促す物質が放出され、血流の改善などを図ります。福田教授らのチームは、心筋細胞から心筋球を作成し、同心筋球を拡張型心筋症の患者さんへ、特殊な注射針で心臓へ直接移植します。移植した心筋球が成長し、拍動の改善を目指します。
難治性重症心不全に対する治療法は、心臓移植が行われますが、ドナーの不足は世界共通の問題です。同臨床研究の目的は、心臓移植に替わる新たな治療法として、再生心筋細胞移植を開発することです。臨床応用するためには、iPS細胞を大量の心筋細胞に分化培養し、効率良く純化精製する必要があります。福田教授らのチームは、これまでに以下の研究成果を得ていました。
①無ブドウ糖乳酸培地を用いて世界で初めてiPS細胞から分化した再生心筋の純化精製に成功し、安全なiPS細胞の樹立法および未分化iPS細胞の培養液の開発に成功
②十分な再生心筋細胞を獲得するために心筋細胞の大量培養の方法を確立
同臨床研究で20~80歳の患者さん、3人を対象にします。iPS細胞から作製した約1,000個の心筋細胞を「心筋球」という塊にして、心臓を傷つけないように先端を加工した特殊な注射針で心臓に移植します。心筋細胞が成長して心筋になります。「心筋球」にすることで移植後に血流が生まれやすく、心臓で正常に機能しやすいということです。3人の患者さんに移植し、安全性と、心筋球が成長して心臓の収縮機能が改善する効果を確認する予定です。
図1 心不全などに対する再生医療等の取組(取組(1)、(2)で紹介)
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)