当センターの再生医療トピックスNo.52とNo.53で、「ミニ多臓器の作製」、「動物の体内で膵臓の作製」に関する研究をご紹介しました。これから数回に分けて、糖尿病に対する再生医療等の取組について取上げたいと思います。
1.糖尿病とは1)-3)
糖尿病は、血液中のブドウ糖の濃度(血糖値)が高くなり過ぎる病気です。膵臓から分泌されるインスリンというホルモンによって、ブドウ糖は血液中の濃度が一定の範囲に維持されます。しかし、インスリンの量が減少する、あるいはインスリンの働きが低下しますと、ブドウ糖は肝臓や筋肉、脂肪組織に適切に取り込まれなくなります。その結果、ブドウ糖が血液中に過剰に増えて、糖尿病が起こります。
糖尿病で怖いのは合併症ですが、過剰に増えたブドウ糖が全身の血管を傷つけるために、全身の様々な部位に及びます。特に細かい血管が集まる神経(糖尿病神経障害:手足のしびれ、怪我や火傷の痛みへの無自覚、筋肉の萎縮、筋力の低下や胃腸の不調、立ちくらみ、発汗異常等の様々な自律神経障害の症状)、目(糖尿病網膜症:網膜剥離や、網膜の中央部にある黄斑と呼ばれる部分に網膜剥離が及ぶと、視力低下が起こり、失明につながることがあり、白内障になる人も多い)、腎臓(糖尿病腎症:腎臓の糸球体という部分の毛細血管が悪くなり、腎不全を引き起こし、機械で血液中の不要な成分をろ過し、尿を生成する人口透析が必要になることもあります)が、高血糖による損傷を受けやすいのです。
糖尿病は、その原因により4つのタイプに分けられます。
2.主な治療法1)、3)
糖尿病に対する主な治療法は次の通りですが、基本は生活習慣の改善と薬物治療です。
3.再生医療等による取組みについて
これまでに、幹細胞を用いたβ細胞を含む膵臓の中の膵島という組織を糖尿病患者さんに移植する細胞組織移植療法が研究されてきています4)。しかし、この膵島移植には、次の問題点が指摘されていました。
上記、ドナー膵島組織の不足や移植後の拒絶反応といった課題は、iPS細胞を活用した治療方法により解決しようとする取組が行われています。2008年にノースカロライナ大学の研究グループが、皮膚細胞から樹立したヒトiPS細胞からインスリン産生細胞への分化誘導を報告しました。また、自身の免疫系がβ細胞を破壊する自己免疫が再び起こる課題については、免疫拒絶を防ぐよう工夫した特別なカプセルに膵島細胞を封入し移植する方法が検討されました。ただ、iPS細胞からインスリン産生細胞を作製する効率は、全細胞の内のおよそ10%程度あり、移植療法に使用するには効率を高める必要性があるとされています。
糖尿病患者さん(主に1型糖尿病患者)の細胞からiPS細胞を作製し、インスリンを生成するβ細胞に分化誘導することで、1型糖尿病の発症メカニズムを解明するという用途、及びiPS細胞由来でβ細胞や膵臓を人工的に作り出し、患者に移植するという用途が検討されました5)。2009年にハーバード大学の研究グループが、1型糖尿病の患者さんの皮膚細胞からiPS細胞を樹立し、培養皿の上でインスリン産生細胞に分化誘導することに成功しました。
東京大学医科学研究所中内特任教授らの研究チームは、2010年にiPS細胞を用いてマウスの体内でラットの膵臓を作製することに成功しました。膵臓ができないよう遺伝子操作したマウスの受精卵に、ラットのiPS細胞を入れると、生まれたマウスの体内にはラットの膵臓ができました。iPS細胞由来の膵臓は生体内で正常に機能し、インスリンを分泌し、高血糖などの症状がなくなりました。現在、iPS細胞を使って動物の体内で人の臓器を作る同研究チームの研究計画を文部科学大臣が承認しました(2019年8月21日)6)。同研究チームは国の手続きを終え、ネズミの体内で人のiPS細胞から膵臓を育てる研究を始める予定です(詳しくは、再生医療トピックスNo.53を参照ください)。
東京大学の宮島教授らの研究チームは、2011年にマウス胎児のiPS細胞から膵島を作ることに成功したと発表しました。研究チームはマウスで膵臓ができあがるメカニズムを調べ、マウスiPS細胞から膵島を作るための培養方法の開発を行い、生体内で機能する膵島を作ることに成功しました。現在は膵島を大量に作るシステムの開発を進め、移植による安全性を確保し、膵島に分化しなかった細胞を取り除く方法や血清など動物成分を含まない培養方法などの培養技術の開発・改良に取り組まれています7)。
熊本大学の粂昭苑教授(現東京工業大学教授)らの研究グループは、iPS細胞からβ細胞を作りだす研究に取り組んでいます。粂教授らは2002年からES細胞を使って、膵臓に関する研究を進め、08年にはβ細胞の前段階の細胞である前駆細胞を、ES細胞から効率的に作る方法を開発しました。現在は、東京工業大学と第一三共、三菱UFJキャピタルとで、iPS細胞からインスリン産生細胞を作製し、再生医療・細胞治療への活用を目指すオープンイノベーション研究を共同で開始される予定です8)。
産業技術総合研究所の浅島フェローと幹細胞工学研究センターの桑原らのグループは、2011年に、米国ソーク研究所Fred H. Gage教授らと共同で、ラットを用いた動物実験により、成体神経幹細胞を膵臓に移植する糖尿病の再生医療に有効な方法を開発し、その治療効果を確認しました9)。具体的には、まず、神経細胞の元となる成体神経幹細胞を、比較的採取が簡単な鼻嗅球から樹立・培養し、インスリンを産生しやすい状態に導いた上で、糖尿病ラットの膵臓に移植することで、継続的な血糖値低下をもたらすことを確認しました。
幹細胞移植の効果の持続性維持という観点から、2013年に同大学角准教授らの研究グループによる膵島細胞と間葉系幹細胞の融合細胞を用いた糖尿病治療実験が注目されています10),11)。膵島移植は低侵襲の重症糖尿病治療法として期待されていますが、これまでの方法では移植早期に多くの膵島細胞が失われ、一人分の膵島でインスリン治療が不要になる可能性は低いものでした。また、複数回の移植によってインスリン治療が不要となった場合でも、この状態を長期にわたり維持することは容易ではありませんでした。こうした課題を克服するために当該研究では、ラットの膵臓から膵島を単離し、これをさらに単細胞に分散させたものと、ラットあるいはマウスの骨髄を培養して作成した間葉系幹細胞を混合し、電気的に細胞融合して融合細胞を作製しました。融合細胞は培養20日後もブドウ糖反応性インスリン分泌能を発揮しました。しかし、同時期には膵島単独あるいは膵島細胞と間葉系幹細胞とを共培養したものではこの機能は廃絶していたとのことです。
京都大学iPS細胞研究所の長船教授らの研究グループは、ヒト多能性幹細胞(ES細胞およびiPS細胞)を膵臓の元となる膵芽細胞へと高効率に作製する培養条件を確立し、さらに作製した細胞が移植後に血糖値に応じたインスリン分泌をする細胞へと成熟可能であることを明らかにしました12)(2015/1/28)。
福岡大学安波教授らの研究グループは、膵島を「鼠蹊部」の皮下脂肪組織に移植することで、従来の移植法の課題をすべて克服する画期的な方法だと発表しました13)(2108年3月13日)。従来、肝臓内に代わる膵島移植部位として皮下が注目され、研究されてきましたが、通常の皮下は血管に乏しく血流が少なく、移植後に膵島は酸素不足、栄養不足により大半が死滅し、機能不全に陥ります。移植膵島の生着率が極めて低いことが課題でした。同研究グループは皮下で血流が豊富な部位を探し、その結果、「鼠蹊部」の皮下脂肪組織に着目すると成功しやすいことを見出しました。
ところで、iPS細胞による臨床応用は、神経系、感覚系、循環器系、血管系に対する臓器再生ロードマップ14)に示されている開始目標時期とほぼ同期して進捗しています。内分泌系で膵β細胞については、2020年ごろに臨床応用の開始と記されています。
なお、厚生労働省が公開している再生医療等提供機関一覧15)によりますと、第1種再生医療等・研究(18件、2019年10月7日現在)では、「重症低血糖発作を伴うインスリン依存性糖尿病に対する脳死ドナー又は心停止ドナーからの膵島移植」などに関する研究が4件です。その医療機関としては福島県立医科大学附属病院、国立研究開発法人国立国際医療研究センター、信州大学医学部付属病院、長崎大学病院です。
第二種再生医療等・治療(190件)では3件の届出があり、いずれも自己脂肪由来幹細胞を用いた糖尿病の治療です。医療機関としては、医療法人美喜有会さかもとクリニック(大阪市)、医療法人香華会朱セルクリニック福岡院(福岡市)、医療法人社団友志会翼ハロー歯科・内科診療所(熊本市)です。
次回以降に、糖尿病に対する再生医療等の取組について少し詳しくご紹介致します。
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)