免疫と老化・長寿との関係を理解することにより、免疫の老化をくい止め、健康寿命に貢献することが期待される発表がありました1)(2019年11月13日)。理化学研究所生命医科学研究センターの橋本専任研究員らと慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター広瀬特別招聘教授らの共同研究グループは、110歳以上の長寿者(スーパーセンチナリアン)が特殊なT細胞注1)である「CD4陽性キラーT細胞注2)を血液中に多く持つことを発見しました。2015年の国勢調査によりますと、日本の総人口1億2700万人に対し、スーパーセンチナリアンの方々は146人と稀有な存在です。。
通常、がんや感染症などのリスクは、老化に伴い免疫力が低下することで高くなります。しかし、免疫システムが良好な状態を保っていると推定され、そのためにがんや感染症などの病気に罹患することないと考えられます。スーパーセンチナリアンの方々は日常生活機能が自立して生活されている方が多く、健康長寿のモデルと考えられます2)。しかし、なぜ免疫力が良い状態が保たれているのかについて、免疫細胞に関する研究はほとんどなされていなかったそうです。そこで、長寿研究を専門とする慶應義塾大学医学部百寿研究センターと、分子レベルの解析を専門とする理研生命医科学研究センターが共同で、スーパーセンチナリアンの方々の血液中を流れる免疫細胞の詳細な分析を試みられたとのことです。
同共同研究グループは、スーパーセンチナリアンの方々7人と50~80歳の方々5人から採血を行い、免疫細胞を抽出してDNAなどの配列を決定するシークエンサー注3)によって、ゲノムが転写されて作られたRNA全体、トランスクリプトーム注4)の1細胞レベルの解析に取組まれました。約6万細胞を調べた結果、スーパーセンチナリアンの方々では50~80歳の方々と比べて、免疫細胞の中でもT細胞の構成が大きく変化していたそうです。攻撃対象である細胞に放出されると、細胞膜に穴をあけ、細胞死を誘導する働きを持つ細胞傷害性分子注5)を発現するT細胞の割合が高くなっていることが判明しました。わけても、通常は少量しか存在しないCD4陽性キラーT細胞が高い割合で存在していたことが明らかになりました。さらに、これらのT細胞受容体注6)を調査した結果、特定の種類の受容体を持つT細胞が増加するクローン性増殖が起きたことを明らかにされました。
T細胞は、他の免疫細胞を助ける「CD4陽性ヘルパーT細胞」とがん細胞などを殺す「CD8陽性キラーT細胞」という2種類のサブタイプに分類されます。スーパーセンチナリアンの方々の有するキラーT細胞は、通常のCD8陽性キラーT細胞注7)だけでなく、ヒトの血液にはあまり存在しないと考えられる「CD4陽性キラーT細胞」を多く含むことを明らかにされました。さらに、他の研究グループが公開している20歳代から70歳代までの血液データを解析したところ、このような特徴を持つT細胞は非常に少なく、CD4陽性キラーT細胞はスーパーセンチナリアンで特異的に増加していることを明らかにされました。
7人のうち2人のスーパーセンチナリアンの方々に対して、T細胞受容体の配列を1細胞レベルで解析し、その結果、多くのCD4陽性キラーT細胞が同一の受容体を持つことが判明しました。このことは、T細胞が特定の抗原に対してクローン性増殖した可能性を示しているとのことです。ただ、どのような抗原に対して増殖したのか、また老化における増殖したことの意義はまだ明らかになっておらず、さらなる研究が必要としています。
CD4陽性キラーT細胞は少量しか存在しないために、ヒトの免疫システムの中でどのような役割を果たしているのかは判明していません。ただ、マウスモデルを使った実験では、CD4陽性キラーT細胞がメラノーマ(皮膚がんの一種)を排除したことが示されています。CD4陽性キラーT細胞などのさらなる研究によって、老化や長寿において果たす役割が明らかになることが期待されます。
(用語解説) いずれも参考資料1から引用しています。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)