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再生医療用語集
No.66 再生医療トッピクス

iPS細胞から組織培養、生産性とコストの克服
網膜、心筋細胞そして神経細胞

iPS細胞から作製した自家網膜の組織を、理化学研究所などの研究チームが滲出型加齢黄斑変性患者さんに初めて移植したのは2014年でした。その後、iPS細胞はパーキンソン病、重症心不全、角膜上皮細胞疲弊症、脊髄損傷などを始め、難治性の疾患に対して臨床応用が取組まれています。iPS細胞は基礎研究の段階から難治性疾患の治療法として患者さんに応用する段階に入りました。

ここからは、「死の谷」と呼ばれる研究開発段階から事業化段階の間に存在する障壁である、ヒト・モノ・カネなどの事業資源を適切に獲得することが必要とされています。


iPS細胞を多くの患者さんに適用きる再生医療に繋げるためには、安定した品質のiPS細胞を大量に培養することが鍵となります。現状では主に手作業による培養が行われており、大量に作製することや品質の安定化が難しいと言われています。目的とする細胞を作製するためには生産性を高め、費用を抑えることが要となります。滲出型加齢黄斑変性の移植の費用は約1億円だったいわれています。安定した品質と生産性の課題を乗り越えるために、自動で培養する装置等の開発が取組まれています。


大阪大学紀ノ岡教授らは、iPS細胞からヒトの網膜の組織を全自動で作製する装置を開発されています1)。iPS細胞と試薬を用意して同装置を起動しますと、4カ月で約250人分の網膜組織を製造できるとしています。開発中装置は培養作業などにおける微妙な人の動きをいかに再現するかが鍵だったそうです。細胞を適切に培養できる人とできない人では技術の差があるそうですが、そのスキルの相違を数値化することが難しかったそうです。iPS細胞は極めて繊細で、大阪北部地震(2018年6月)では、培養装置は損傷を受けませんでしたが、培養していたiPS細胞は地震の揺れによって損傷を受けたそうです。


紀ノ岡教授らは加速度センサーを使い、手作業で細胞にどれだけ負荷がかかるのかを検討されました。その結果、手の動きによって一瞬の衝撃が作用するだけで、強い加速度がiPS細胞に加わっていたことが判明しました。そこで、加速度を調整して滑らかに動くように培養装置を改良し、質の良いiPS細胞を作製できるようになったそうです。


さらに費用を抑制するために大量生産にも取組まれました。通常は1L以下で培養することが多いようですが、緩やかに混ぜることを実現するために5Lで約100億個のiPS細胞の培養に成功されました。紀ノ岡教授によりますと、「iPS細胞から網膜の細胞を作るのであれば、製造費は1/10で済むようになった」そうです。


 iPS細胞から心筋細胞を自動で大量生産しようとする研究も進められています2)。慶應大学医学部福田教授は、iPS細胞から心筋細胞を作製し、患者さんに移植する新たな治療法を目指されています。現在準備中の臨床研究(当センター再生医療トピックス、No.48 心不全などに対する再生医療等の取組(2)、「難治性重症心不全:iPS細胞 心筋細胞(他家) 注射による移植 臨床研究(申請中)」を参照)では、約1,000個の心筋細胞を塊にした「心筋球」を移植しますが、そのためには患者さん1人当たり億単位の細胞が必要となります。


福田教授は2015年に細胞の生産を手がける医療ベンチャーの「ハートシード」を設立し、培養の自動化に挑まれています。iPS細胞を培養するプレートを積層し、層内部に酸素などを偏りなく供給する装置を開発しています。ボタン一つで、プレートが均質に傾いて培養液を自動で交換することもできるとしています。現状では細胞の品質が一様ではなく、実用化のためには改良が必要だとしています。


大日本住友製薬(株)は、iPS細胞から網膜の組織や神経の細胞を作製し、目の疾患やパーキンソン病、脊髄損傷などの治療を目指しています3)。iPS細胞を使った再生医療製品を作製するための工場を2018年3月に立ち上げました。多くの細胞が必要なパーキンソン病(当センター再生医療トピックス、No.17 iPS細胞 臨床研究が本格化(2)加齢黄斑変性/心不全/パーキンソン病、「パーキンソン病:他家iPS細胞治療 神経細胞移植 臨床試験(治験)」を参照)の製品開発で自動化を進めておられます。


(参考資料)

  1. 朝日新聞DIGITAL:iPSから組織培養、機械化へ着々 網膜を高品質で量産、費用1割に、2019年10月17日
  2. .慶應技術大学プレスリリース:未分化ヒトiPS細胞の大量培養を可能とする培養基材の開発に成功、2017年11月17日
  3. 木村 徹:再生・細胞医薬製造プラント-SMaRT-の開設、大日本住友製薬、2018年3月1日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)