当センターの再生医療トピックス「No.17 再生医療トッピクス iPS細胞 臨床研究が本格化(2)加齢黄斑変性/心不全/パーキンソン病」で紹介いたしましたパーキンソン病に対する臨床試験の経過が報告されました。ここでは、同臨床試験の概要とその現状についてまとめました。
1.概要と試験後の経過1)
京都大学附属病院の高橋良輔教授と、京都大学iPS細胞研究所の高橋淳教授らのグループは、パーキンソン病の患者さんに、iPS細胞(他家)から作製したドパミン神経前駆細胞を脳に移植することで機能の回復を目指した臨床試験を進めておられました。そして、2018年10月、世界初の移植手術が実施されました。
この患者さんの経過に問題は見られず、高橋教授らのグループは2019年にさらに2人の患者さんに移植を実施されました。今までに移植手術を受けられた3人の患者さんは、がん化するなどの目立った副作用は見られないそうです。経過は順調であることが分かりました。同グループは2020年度にはさらに4人の患者さんに移植を行う予定で、保険が適用される一般的な治療法にするための国の承認を受けることを目指しています。同大学附属病院の高橋教授は「計画に沿って順調に進んでおり、引き続き注意深く慎重に有効性や安全性を見極めていきたい。」と語っておらます。
当該臨床試験では、京都大学付属病院で、非盲検、非対照で患者さん、7人に対して、移植手術前と比べて症状がよくなったかどうかなどを調べます。健常人ドナーから作製したiPS細胞をドパミン神経前駆細胞にします。それを病院で患者さんに移植します。あらかじめMRIで注入部位を決め、頭蓋骨に穴を開けて針を刺し(定位的脳手術)、左右それぞれ約240万個、合計約500万個の細胞を移植します。移植手術後はタクロリムス(免疫抑制剤)を約1年間投与し、2年間観察します。主要評価項目は安全性(有害事象、移植片増大の有無)です。副次的評価項目は有効性(MDS-UPDRSなど)です。PET検査でも安全性と有効性を評価します。
2.臨床試験までの経緯
京都大学iPS細胞研究所高橋教授らは2018年7月30日、ヒトのiPS細胞から作った神経細胞を神経難病のパーキンソン病の患者さんの脳に移植する世界初の臨床試験(治験)を同年8月1日開始すると発表しました2),3)。その後、同大学医学部附属病院高橋教授らは、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の被験者に対し、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植を行ったと発表しました4)。患者さんは合計で7人です。神経細胞を移植し、2022年度までに安全性や有効性を確認する計画です。
パーキンソン病は手足の震えや筋肉のこわばり、寡動・無動、バランスが取れないといった症状が出る難治性疾患です。脳内で神経伝達物質のドパミンを作る神経細胞が徐々に減ることが原因です。本治験では、他人由来のiPS細胞(拒絶反応を起こしにくいタイプのドナーの細胞からあらかじめ作製して備蓄しておいた)から作った約240万個のドパミン神経前駆細胞を患者さんの脳の被殻(左側)に移植しました。移植細胞が神経細胞になりドパミンを出すことで症状の改善や服用薬の減量が期待されています。ただし、移植後1年間は拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤が投与されます。治験対象の患者さんは7人で、既存の薬物治療では症状が十分にコントロールできない、年齢が50-60代、5年以上病気にかかっている等の選定条件があります。
かつて、高橋淳教授らの研究チームは、人のiPS細胞から作った神経細胞をパーキンソン病のサルに移植し、手足の震えなどの症状が軽減したとする研究成果を発表されました5),6)。霊長類で効果が確認されたのは初めてでした。2018年度中にもパーキンソン病患者を対象にした再生医療の臨床試験(治験)の開始を目指されていました。当時、高橋教授は「(治験に使う)手法の有効性や安全性に問題がないことが確認された」と述べておられました。
京都大学は当初、患者さんの血液などから作ったiPS細胞を使う臨床研究を計画していましたが、治療に1年の期間と数千万円の費用がかかるとされていました。備蓄した他人のiPS細胞を使えば、治療期間6週間、費用は数百万円にできるとしています。京都大学は2015年から、拒絶反応を起こしにくいiPS細胞の備蓄を進めており、治験はこのiPS細胞が使用されました。治験が計画通り進みますと、大日本住友製薬(株)が国の承認を得たうえで、再生医療製品として実用化する予定です。同社は大阪府内に2018年立ち上げた細胞医療工場で製造・品質の管理基準GMPに沿う生産体制を築く計画です。
高橋教授は理化学研究所などとの別の研究で、患者さん以外のiPS細胞から作った神経細胞を移植すると、拒絶反応が起こることもサルの実験で確かめておられます。白血球の型を合わせたり、免疫抑制剤を使ったりすると抑制できたとしています。従来、脳は拒絶反応が起こりにくいと考えられていましたが、成果は本治験の参考になると言います。
この度の治験では、パーキンソン病の原因とされる神経細胞への異常タンパク質の蓄積を抑制されることになりません。神経細胞移植後に、再びタンパク質の蓄積が生ずる恐れがありますので、他の治療法の開発の必要性はあります。移植により、ドパミンが過剰に産生されると、ジスキネジア(不随意運動)と呼ばれる自分の意志とは無関係に手足や体全体が動くことなどの副作用を慎重に判断しなくてはならないと言われています。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)