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再生医療用語集
No.77 再生医療トッピクス

iPS細胞から下垂体ホルモン産生細胞を作製
再生医療や疾患研究に貢献 名古屋大学

名古屋大学大学院医学系研究科糖尿病・内分泌内科学の笠井客員研究員、須賀准教授および有馬教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞を用い、成熟した機能的な下垂体ホルモン産生細胞を作製する方法を確立したと発表されました1),2)。下垂体の3次元器官形成については、2011年に理化学研究所笹井グループディレクター(当時)と須賀研究員(当時)、名古屋大学大学院医学系大磯教授(当時)を中心とした研究グループが世界で初めて、ES細胞の培養から試験管内で実現することに成功されています3),4)


1.下垂体とは1),5)

下垂体は成長・代謝・ストレス反応など多岐にわたる生命現象を制御するのに重要な役割を担っており、頭蓋骨の中で脳の下に存在する小さな内分泌器官です。前葉と後葉からなり、前者は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)注1)など、6種類のホルモンを分泌し、後者は抗利尿ホルモンを分泌します。前葉は副腎皮質、甲状腺、性腺など数多くの末梢ホルモンの分泌を調節しているため、下垂体ホルモン分泌が障害されると、結果的に副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモンなどの分泌にも異常が生じ、ホルモンの種類により多彩な症状が現れます。特に副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が低下しましと副腎不全を起こし、生命の危機に陥います。現在、下垂体ホルモン産生細胞の機能低下に対する根治療法はなく、不足しているホルモンを投与する補充療法が行われています。しかし、補充治療では変動するホルモン必要量に対して十分対処できない課題があり、補充するホルモンの不足による副腎不全やホルモン過剰による糖尿病や高血圧の発生リスクがあるとされています。


2.研究開発の概要

当該研究開発は、疾患特異的iPS細胞を用いた難病等の疾患発症機構の解明、創薬研究や予防・治療法の開発等をさらに加速させるとともにiPS細胞の利活用を促進することにより、iPS細胞等を用いた研究の成果を速やかに社会に還元することを目指す、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム、研究拠点Ⅱ」で推進されています6)


生体と同様に周囲の環境に応答できるホルモン産生細胞が作製できれば、より高度な恒常性が維持でき、これまでの補充療法よりも優れた治療法になる可能性があります。同研究グループは2016年にヒトES細胞から下垂体ホルモン産生細胞の作製を実現しています。この度、同培養方法を改良することで、ヒトiPS細胞からの下垂体ホルモン産生細胞作製に成功しました。加えて、1つの組織の中に下垂体ホルモン産生細胞と視床下部注2)ホルモン産生細胞が共存している組織、視床下部-下垂体ユニットの作製を可能にしました。


視床下部-下垂体ユニットが共存することで、下垂体ホルモンの分泌能力が向上し、マウス成体の下垂体ホルモン産生細胞と同等の水準になりました。また、視床下部-下垂体ユニットを低グルコース液注3)に浸したところ副腎皮質刺激ホルモンが分泌されたことを確認されました。このことは、低グルコースに対して視床下部と下垂体が協働していることを示しており、この度作成できた視床下部-下垂体ユニットが周囲の環境に反応する機能的な細胞組織(オルガノイド)であると判断されました。


3.研究開発の成果

当該研究の成果は、次の通りです

  • ①ヒトiPS細胞から下垂体ホルモン産生細胞の作製に成功
  • ②下垂体に隣接する視床下部の影響で、下垂体細胞のホルモン分泌能力が飛躍的に向上
  • ③視床下部と下垂体が機能的に連携する仕組みを再現可能とし、低血糖など周囲の環境に反応する機能的な組織であることを確認
  • ④同方法を応用することで、下垂体機能低下症への再生医療や、視床下部-下垂体に関連する疾患の研究に貢献

iPS細胞から機能性を有した下垂体の作製に成功したことで下垂体の機能が低下した患者さんに対する再生医療の実現に向けた研究に弾みがつくだけでなく、下垂体と視床下部に関連した疾患の病態研究などにも役立つと考えられています。


(用語解説)

  • 注1.副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)2):下垂体から分泌されるホルモンの一つであり、視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンにより分泌が刺激されます。副腎皮質に作用し、副腎皮質ホルモンの分泌を促進します。
  • 注2. 視床下部2):内分泌や自律神経機能の調節を行う中枢であり、体温・睡眠・食欲など、多岐にわたる生命現象をコントロールするのに重要な役割を担います。
  • 注3.低グルコース液2):グルコース(ブドウ糖)の濃度を低下させた液体であり、生体内で血液中のグルコースが低値になると、視床下部が感知し、情報が下垂体へと伝わって、副腎皮質刺激ホルモンの分泌が亢進します。

(参考資料)

  1. 名古屋大学プレスリリース:ヒト iPS 細胞から機能的な視床下部-下垂体ユニットを作製 ~再生医療や疾患研究に貢献、2019年1月8日
  2. 日本経済新聞:iPS細胞から「下垂体」組織 名古屋大チームが作製、2020年1月8日
  3. Suga, H., Kadoshima, T., Minaguchi, M., Ohgushi, M., Soen, M.,Nakano, T., Takata, N., Wataya, T., Muguruma, K., Miyoshi, H., Yonemura, S., Oiso, Y. & Sasai, Y.:‘Self-formation of functional adenohypophysis in three-dimensional culture. ’Nature ; doi, 10.1038/nature10637,2011
  4. 理化学研究所プレスリリース:ES細胞から機能的な下垂体の3次元器官形成に世界で初めて成功-自己組織化技術で産生した下垂体の移植による再生医療の実現に向けて-、2011年11月10日
  5. 難病情報センターウエブサイト:下垂体前葉機能低下症(指定難病78)
  6. 須賀英隆:ヒト多能性幹細胞を用いた下垂体機能低下症に対する再生医療の技術開発、再生医療研究開発2020(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)、p28、2020年

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)