2025年3月、英国ケンブリッジ大学の研究チームは、進行型多発性硬化症(MS)に対する幹細胞治療の有効性を示唆する注目すべき臨床試験の結果を発表しました。本研究は、Nature系列の専門誌 Cell Stem Cell に掲載され、MSという難治性の神経疾患に対する再生医療の可能性を拓く内容として、大きな反響を呼んでいます。
■ 研究の概要と目的
多発性硬化症(MS)は、自己免疫反応によって中枢神経の髄鞘が障害される進行性の病気です。特に「進行型MS(特に二次性進行型MS)」は、従来の免疫抑制療法などが奏功しにくく、治療の選択肢が限られていました。
今回の臨床試験では、15名の患者を対象に、胎児由来の神経幹細胞(fetal neural stem cells)を脳室内に直接注入するという第1相臨床試験が実施され、安全性と治療の可能性が検討されました。
■ 主な結果と意義
治療後12か月の経過観察において、次のような成果が報告されています:
重大な副作用は認められず、安全性が確認された
病状の進行は見られず、安定状態が維持された
認知機能や運動機能の悪化も観察されなかった
脳脊髄液中の代謝物の変化が、投与された幹細胞の量と相関していた
これらの結果は、神経幹細胞が単なる「補充材料」ではなく、慢性炎症の制御や神経保護作用を通じて、疾患進行に歯止めをかける可能性があることを示唆しています。
■ 動物実験との連携:マクロファージの再プログラム化
本研究チームはさらに、マウスを用いた前臨床研究で、幹細胞が脳脊髄液中の代謝環境を変化させ、炎症性のマクロファージやミクログリアを抗炎症型に再プログラム化することにも成功しています。このことは、幹細胞による治療が「置換」ではなく、「再教育(reprogramming)」によって神経環境全体を改善する可能性を示しています。
■ 今後の展望と課題
今回の試験はまだ初期段階であり、対象人数も少ないため、今後はより大規模で長期的な臨床試験による有効性の確認が不可欠です。また、胎児由来の幹細胞の倫理的課題や入手困難性を考慮し、患者自身の細胞から作製した誘導神経幹細胞(iNSC)を用いた個別化医療の実現も視野に入れられています。
再生医療の新しい地平を切り開く試みとして、今回の研究は非常に意義深いものです。多発性硬化症の患者さんとそのご家族にとって、「治らない病」が「治る可能性のある病」へと変わる日は、確実に近づいていると言えるでしょう。
論文情報:
Luca Peruzzotti-Jametti, Stefano Pluchino ら
“Human fetal neural stem cell transplantation into the ventricular system of patients with secondary progressive multiple sclerosis: a phase 1 study”Cell Stem Cell, 2025年3月発表
(neuron / 20250517)
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