我が国では、2001年の国の指針でES細胞の使用を基礎研究に限定した結果(ただし、2014年に国は指針を改めて治療を目的とした研究利用が可能になり、京都大学は2018年5月に、再生医療に使う人のES細胞を企業や大学などに配布すると発表。ES細胞の治療研究も国内で進めば、再生医療の進展に弾みがつきます)、ES細胞に代わる多能性細胞の研究に弾みがつきました。
これにより生まれたのがiPS細胞です。iPS細胞は体のあらゆる細胞になることができます。京都大学の山中教授らの研究グルーは2006年8月10日の学術誌「cell」電子版に「マウスの皮膚細胞に4個の遺伝子(Oct 3/4、Sox2、c-Myc、Klf4)を与え、多能性幹細胞を作製したことを発表しました(この多能性幹細胞はiPS細胞(induced Pluripotent Stem cellと名付けられました)。翌2007年11月20日に同研究グループは「ヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作製した」と学術誌「cell」電子版に発表しました。iPS細胞はあらゆる細胞になる能力を有しており、皮膚や血液の細胞などの一度運命が決まった細胞から作製することができます。
iPS細胞の誕生によって、再生医療の普及、難病の創薬、新たな生命科学の進展など、医学の世界に大きな期待が寄せられています。その誕生から13年を経て、国内では難治性疾患を中心にiPS細胞を用いて、実用化をめざした臨床研究が進みだしています。
理化学研究所の高橋プロジェクトリーダーらのチームは2014年、滲出型加齢黄斑変性の患者さん自身の細胞から作製したiPS細胞(自家)で網膜細胞を作製し、移植する手術を実施しました。さらに2017年3月に、同チームは患者さん以外の細胞から作製したiPS細胞(他家)で網膜の細胞を作製し、滲出型加齢黄斑変性の患者さんに移植する手術を実施しました1)。
2018年5月に大阪大学の澤教授らが重症心不全の臨床研究が厚生労働省から承認されました2)。京都大学の高橋教授らは2018年8月にiPS細胞を使ってパーキンソン病の治療を目指す臨床試験を開始しました3)。
続く治療として、慶応義塾大学の岡野栄之教授らは脊髄損傷の患者への移植の実施に関して、2018年11月に同大学特定認定再生医療等委員会の審査で承認され、厚生労働省への申請を進めています4)。血小板輸血不応症5)、角膜上皮幹細胞疲弊症6)などを治療する臨床研究の計画も進んでいます。
iPS細胞を用いる再生医療の臨床研究が本格化してきました。実用化に向けて、安全性について慎重な検証が求められます。iPS細胞は特殊な遺伝子を組み込んで作るため、がんなどの腫瘍になる恐れがあります。心不全の治療では約1億個、パーキンソン病に対する治験では約500万個の細胞が使われます。移植する細胞が多くなるほど、がんになる細胞が含まれる危険性が増します。そのために、iPS細胞を目的の細胞に確実に分化させたり、安全な細胞を選別したりする方法の研究が進められています。
iPS細胞は、創薬への期待もあります。創薬研究は、一般的に動物実験で病態を再現して効果を確かめます。しかし、動物実験で成功しても人には有効でないことがあります。患者さんの細胞からiPS細胞を作製し、その細胞を用いて病態が再現できれば、創薬のための時間短縮やコスト削減に繋がります。
京都大学は2017年9月、筋肉の中に骨ができる難病(進行性骨化性線維異形成症:FOP)の患者さんのiPS細胞で探り当てた薬の臨床試験を始めました7)。慶應義塾大学の小川郁教授らは2018年4月、進行性の難聴を引き起こす遺伝性の病気(Pendred症候群)の治療薬候補をiPS細胞を使って見出し、患者さんに投与する臨床試験を始めました8)。
2点のiPS細胞関係の情報を付け加えます。いずれも、本原稿を記している時でした。最初は、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長が2019年2月5日、再生医療研究のシンポジウムで「ゲノム編集技術を用いて免疫の型を変え、より多くの人に移植できる次世代のiPS細胞のストックを計画中で、来年には順次そろえていきたい」との目標を明かにされました9)。それによりますと、世界のほとんどの人に対し、移植時の拒絶反応のリスクが小さいiPS細胞を提供するには、現状では、千タイプ以上のiPS細胞の作製が必要ですが、ゲノム編集技術によって、10タイプの作製で対応でき、5年ほどでそろえられるとの期待を示されました。
もう一つは、2019年2月10日付の朝日新聞Digitalで、本トピックスと類似の内容「進むiPS細胞の臨床研究 再生医療、実用化へ着々」が発信されました10)。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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