厚生労働省の「平成29年人口動態統計」によりますと、脳卒中は、がん、心臓病について日本人の死因の3位です。これから数報に分けて、脳梗塞に対する再生医療等の取組について紹介する予定です。また、外傷性脳損傷についても紹介します。本報では、いずれも脳梗塞に対して自家骨髄間葉系幹細胞の静脈内投与の治験と、自家骨髄幹細胞の脳内直接投入に関する治験についてです。
1.1 脳梗塞とは1-4)
脳梗塞は、脳の血管が詰まる病気です。血管が詰まるとその先に血液が流れなくなり、酸素や栄養が不足します。こうした状態が長く続くと、脳細胞が壊死し、手足のマヒや言語障害などさまざまな障害が起こります。脳の血管異常によって起こる障害を総称して「脳卒中」と呼び、この中には、脳の細い血管が破れて出血する「脳出血」、血管のこぶが破裂する「クモ膜下出血」、そして「脳梗塞」の3つが含まれます。脳梗塞は脳卒中の一つのタイプであり、脳梗塞が全体の約70~80%を占めています。
脳梗塞は、動脈硬化によって起こるものと心臓に原因があって起こるものに分けられます。動脈硬化が原因で起こる脳梗塞は、脳の奥の非常に細かい血管が詰まるラクナ梗塞と脳の比較的太い血管に動脈硬化が起こり、血栓が詰まるアテローム血栓性脳梗塞に分けられます。心臓でできた血栓が脳の血管に詰まって起こる心原性脳塞栓症があります。心原性脳塞栓症は脳梗塞全体の約1/3です。
わが国の脳卒中死亡者は年間約13万人であり、病気別では「がん」、「心臓病」に次ぐ第3位です。患者さんの数は130万人と非常に多く、しかも増加中です。寝たきり、介護の必要な患者の30~40%は脳卒中が原因と言われています。
1.2 主な治療法
脳梗塞の発症直後は薬物治療が基本で、
などが行なわれます。
脳梗塞発症後、数日~数週間は、上記治療が行われますが、これらの治療法の効果は必ずしも強くなく、完全に回復させることは難しいとされています。症状の進行や再発の防止、合併症対策などが主な目的とする治療です。新しい治療法としてt-PA静脈注射療法(t-PA静注療法)があります。t-PAは、血栓を溶かす薬(血栓溶解薬)であり、この薬を使って脳への血液の流れ(脳血流)を早期に回復させ、脳を障害から救うのがt-PA静注療法です。t-PA静注療法は、それまでの脳梗塞の治療法に比べ、革新的な治療法であるが、いろいろな限界や問題点があります。
1.3 外傷性脳損傷とは5)
外傷性脳損傷は、まだ有効な治療方法がないアンメット・メディカル・ニーズの高い疾患であり、自動車事故、転倒、スポーツ外傷など、多様な原因によって引き起こされます。患者さんに運動機能不全など生涯にわたる障害をもたらすことも多いです。外傷性脳損傷は、男性の発生率は、女性の2倍以上であり、10万人中100人の割合で発生すると見積もられており、年間に約5万2000人が死亡しています。年齢別では、15歳から24歳の間、および75歳以上で最も多く発生しています。
損傷した脳組織は、短時間で回復することもあり、脳組織が死んだり、破壊されたときに新たな細胞が生まれるという研究成果も得られているようです。通常、脳の他の部分が、破損した組織の機能を引き継ぐことによって、回復過程が継続されます。リハビリプロセスは直ちに開始され、一旦記憶が戻れば、普通、回復速度が早くなります。
1.4 脳梗塞、外傷性脳損傷の再生医療の取組状況
事故で損傷した脳などの再生医療が注目を浴びています。2014年11月に施行された再生医療等安全性確保法、医薬品医療機器等法のもとで、企業や大学、民間クリニックが、人の体内にもともとある体性幹細胞を使って、脳梗塞や交通事故などによる脳損傷を治療する臨床試験や自由診療に乗り出しています。体性幹細胞を患者さんに投与することで、脳の損傷を防いだり脳の機能が回復したりすることが期待されています。
2.1 脳梗塞:骨髄間葉系幹細胞(自家) 静脈内投与 治験
札幌医科大学の本望教授らは、2013年3月より、再生医薬品としての実用化を目指して、自家骨髄間葉系幹細胞を治験薬として脳梗塞患者さんに対する医師主導治験(第Ⅲ相、二重盲検無作為化試験、検証的試験)を開始しています6-8)。具体的な治療法は、患者さんご本人の骨髄液を腸骨(骨盤の両端の骨)から数十ml採取し、これを2週間培養して1万倍に増殖させた後、点滴のように静脈へ投与します。これにより、この大量の細胞が血管を通って全身を巡り、損傷した脳や脊髄などの神経組織にたどりつき、失われた神経細胞の再生を促すことで症状の改善が起こるとされています。
この治療法の特徴としては、侵襲が少ないこと(腸骨から骨髄液を採取する際は局所麻酔で15分程度)、患者さん本人の細胞を使うために免疫拒絶反応がないことや、免疫抑制剤を投与しなくて良いので感染症のリスクを回避できるところが挙げられています。治療効果の発現までの時間は翌日~2日以内に始まり、その後も6ヶ月~1年程度まで症状の改善が得られるとしています。脳梗塞発症から2ヶ月程度経過し、指も曲がらない(手指BRS2程度)、手も口元まで挙げられないよう状態(上肢BRS2~3)で麻痺の改善が進んでいないような方、リハビリテーション治療のみでは上肢の予後はそれ以上の改善が見込めないと考えられるような方でも、骨髄間葉系幹細胞の投与翌日より手指が曲がるようになり、時間経過とともに肘の曲げ伸ばしができ、手が頭上まで挙がるようになり、麻痺していた手で整容や食事ができるようになってきたとされています。
2.2 脳梗塞:骨髄幹細胞(自家) 脳内直接投入 治験
北海道大学医学部付属病院は脳梗塞急性期に対する自家骨髄幹細胞直接移植の医師主導治験を2017年4月から開始しました9-10)。寳金(ほうきん)教授(脳神経外科学)、富山大学黒田教授(脳神経外科)を中心とした共同研究によります。
同大学脳神経外科教室では2001年より骨髄幹細胞を用いた脳梗塞を含む中枢神経疾患に対する基礎的研究を続け、脳梗塞患者へ骨髄幹細胞を用いた直接投与法による治療は効果が予想されると考えたそうです。これら基礎的研究の結果を元に、2012年より厚生労働省「革新的再生医療製品実用化促進事業」の支援を受けてさらに研究を加速させ、その後、2015年からは国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「再生医療実用化研究事業」の支援を受けているとのことです。
これらの成果をもとに2017年1月18日に独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PDMA)に治験届「脳梗塞急性期患者を対象とした自家骨髄幹細胞脳内投与による再生医療の医師主導治験」を提出しました。2017年8月に第1例目の患者さんへご自身の幹細胞を投与する移植手術を行い、安全に手術が終了したことを確認したとしています。脳梗塞急性期患者を対象とした直接投与による幹細胞移植の治験は日本で初めてでした。今後、治験の結果を受けて、再生医療等製品としての承認を目指すとしています。
この治験では脳梗塞急性期の患者さん本人の腰の骨(腸骨)から骨髄幹細胞を取り出し、同病院内に設置されている細胞培養室にて培養増殖(3-5週間程度要す)を行い、規定の細胞数に達した後に専用の機器を用いて脳内に直接投与します。その後1年間にわたって安全性および有効性を確認することを目的としています。また、健常なボランティアから頂いた血小板を用いて細胞を増殖させる細胞培養法や脳ナビゲーションを用いた安全な移植法、移植細胞を体外から確認できるような標識法など世界的に非常に新しい方法を用いてより安全に治験を行うことも目的としているとしています。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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