再生医療とは直接関係はありませんが、日本人の死因第一、二人に一人が罹患、3人に一人が亡くなると言われている「がん」の早期発見に関する情報をご紹介いたします。NHKの「シリーズ:人体 神秘の巨大ネットワーク プロローグ(2018年10月27日)」で、国立がん研究センターらの開発研究によって、血液中のがん細胞から放出されたメッセージ物質(エクソソームに含まれいるマイクロRNA)を調べることにより、13種類のがんを95%の精度で判定できるようになり、併せて認知症の診断の可能性にも言及していました。
同番組の中で、国立がん研究センターの落谷孝広氏は、早期発見、早期治療で、がんによる死亡を減らすことが究極の目標と熱く語っておられました。最新の研究では、私達の体内では、様々なメッセージ物質が血管を介して様々な臓器同士が、直接的に情報伝達をしていることがわかってきました。例えば、骨の中にある「骨細胞」は、スクレロスチンと呼ばれるメッセージ物質を放出することで、破骨細胞と骨芽細胞に指示して、全身の骨の再生をおよそ5年で成し遂げているようです。今、研究者の皆さんは、メッセージ物質の解明に激しくしのぎを削っています。その成果から発見される新たなメッセージ物質を利用することにより、再生医療への応用や難病を根本的に治療することが可能となる日が来るでしょう。
血液一滴で、脂質異常症、糖尿病の検査ができるというワンコイン健診が話題になりましたが、「東レ(株)は血液1滴から様々ながんを発見する検査キットについて、2019年中に厚生労働省に製造販売の承認を申請する」と日本経済新聞が報じました(2019年6月9日)1)。承認されますと、数万円程度で複数のがんを一度に調べられることができるようになります。同検査キットは血液1滴と利用者の負担が少なく、がんの有無の判定精度は95%以上とされています。
現在、がんに対して血液検査による腫瘍マーカー検査が行われています。腫瘍マーカーとは、がん細胞が生み出す物質、またはガン細胞が体内にあることよって正常な細胞がつくる物質とされています。血液中に遊離してくるこれらの物質を抗体によって検出することで、がんの存在する可能性や種類を知ることができます。しかし、腫瘍マーカーの値は良性の疾患や加齢、感染症、薬物、喫煙などの影響を受けることもあります。また、がんであっても腫瘍マーカーの値が高くならない場合もあると言われています。腫瘍マーカーの数値が高いからといって、腫瘍が確実に存在するわけではなく、それだけで腫瘍が良性か悪性かの判断はできず、体のどこに腫瘍ができたかも判断することは困難です。腫瘍マーカー検査は各種検査の補助的な手段として利用、あるいは治療効果を判断するために用いられているとのことです。
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、国立がん研究センターや東レなど9機関と共同で、多種類のがんや認知症を簡便に検査できる診断機器・検査システムの開発に着手をしました(実施期間:2014~2018年度、総事業費:約79億円)。同開発で対象とするのは「マイクロRNA」です。「マイクロRNA」とは、血液や唾液、尿などの体液に含まれる22塩基程度の小さなRNAのことです。最近の研究により、がんなどの疾患に伴って血液中でマイクロRNAの種類や量が変動することが明らかになりました。さらに、血液中のマイクロRNA量は、抗がん剤の感受性の変化や転移、がんの消失などの病態の変化に相関するとされており、新規な疾患マーカーとして期待されています。
同プロジェクトの開発内容は次の通りです。
国立がん研究センターと国立長寿医療研究センターのバイオバンクに保存されている血清検体から、日本人に多いがん種ごとに5000検体以上、およびアルツハイマー病などの認知症の検体についてマイクロRNA発現プロファイルを取得する。
マイクロRNAデータと臨床情報を格納し、横断的な解析を可能にするデータベースを構築する。プロジェクトの成果は製薬企業や診断薬メーカー、診断機器メーカーに橋渡し、実用化を推進するためのユーザーフォーラムを設立する。
臨床情報とマイクロRNAデータを解析し、血中マイクロRNA診断マーカーを探索する。複数の疾患の間での特異性を得るために、複数マーカーを組み合わせた診断用アルゴリズムを作成する。診断用マイクロRNAマーカーが疾患や病態と関連するメカニズムも解明する。
臨床現場において、血清中のマイクロRNAの抽出から検出までを全自動で行える検査システムを開発する。
東レ(株)は上記研究プロジェクトが終了し、その成果の事業化を目指していました。がんができると血液中に増える「マイクロRNA」という物質を検出する手法で、同社はこれを検出する遺伝子解析チップを開発しました。同社の遺伝子解析チップは独自の素材や加工技術を生かし、マイクロRNAなどを従来に比べ100倍の感度で検出でき、血液1滴分、50μL程度あれば検査できるとしています。
マイクロRNAは遺伝子の働きにかかわる物質です。体内に約2600種類存在し、がんは特定のマイクロRNAを分泌し、増殖したり転移したりしています。同研究プロジェクトでは乳がんで5種類、大腸がんで3種類など、各がんの鍵を握るマイクロRNAを特定することに成功しました。同社の膵臓や胆道にできるがんを検査する遺伝子解析チップが2019年4月、厚労省の「先駆け審査指定制度」の対象に選ばれました。通常12~14カ月かかる審査が最短6カ月に短縮されることになります。
先駆け審査指定制度の指定された理由は以下の通りです5)。
同開発では、国立がん研究センターと国立長寿医療研究センターのバイオバンクに保存されている数十万検体の血清から、13種類のがんとアルツハイマー病などの認知症の早期発見マーカーの探索を網羅的に行われました。体液中のマイクロRNAの発現状態についてのデータベースを構築し、網羅的に解析しました。
検査の対象となるがんは、胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、乳がん、肉腫、神経膠腫です。これら13種類のがんと認知症について、確度の高い早期発見マーカーを見出し、これらのマーカーを検出するツールを世界に先駆けて実用化することを目指していました。
2019年2月までに5万3000検体を解析し、その結果、下記のように高い精度でがん患者と健常者を識別でき、1次スクリーニングの検査方法として有用であることが示されました。
感度 | 特異度 | |
---|---|---|
女性の乳癌 | 97% | 92% |
卵巣がん | 99% | 100% |
膵臓がん | 98% | 94% |
大腸がん | 99% | 89% |
感 度:病気の人を正しく病気だと識別できる割合
特異度:病気でない人を正しく病気でないと識別できる割合
卵巣がんなど、がんの種類によっては、良性疾患をがんと判定する場合があり得ます。1次スクリーニングだけでなく、前立腺癌や乳がんなどで、他の標準的な検査によってがんの疑いが強まった患者に対し、マイクロRNA検査を行うことで、苦痛が大きい検査を受ける頻度を下げることができるといった成果も示されています。 13種類のがんを一気に判別する手法も検討されています。これまでに集積した患者のマイクロRNAプロファイルをDeep Learning に投入したところ、13種類のがんと健常の計14グループを高い精度で識別することができたとしています。
認知症におけるマイクロRNAの有用性も検討されました。認知症患者約5000人の血液中マイクロRNAを調べ、その結果を機械学習にかけた結果、3大認知症と呼ばれるアルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体認知症を十分な精度で判別することに成功したとしています。血液中のマイクロRNAにより、脳卒中の発症者を高精度で識別できることも分かったとしています。
血液1滴なら負担は少なく、精度も高く、しかも費用も妥当であるならば、これまで検査に二の足を踏んでおられた方々も検査を受けられるようになることで、がんの早期発見、そして早期治療につながることが期待できます。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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