ヒトクローンES細胞は自分のDNAを有するES細胞ですから拒絶反応はおきません。ロバート・ランザ博士は世界で初めて、そのヒトクローンES細胞の作製に、成人細胞を使用して成功しました(2014年4月に発表)。同博士によりますと、ヒトクローンES細胞の作製は理論的には極めて単純で、卵子の核DNAを取出し、患者さんのDNAを組込めば核移植は完成だと述べています。
しかし、理論上はすべての生物種に等しく適用できる技術ですが、そのままヒトに適用するとヒトの卵子は死んでしまうそうです。この壁を乗り越える助けとなったのは、オレゴン健康科学大学のミタリポフ博士、立花眞仁博士らが2013年に発表した論文だったと語ります。両博士らは胎児の体細胞核移植の際に重要な成分としてカフェインを追加しました。カフェインはある化学変化を止めることで早期活性化を抑制するそうです。この研究成果に加えて、ランザ博士らは、細胞初期化のための時間を従来の4倍に伸ばしたそうです。細胞に核移植した後に、初期化のための十分な時間を与えたことが、ヒトクローン細胞を実現させる鍵となったそうです1)。
糖尿病に対する再生医療等の取組に関して、5回にわたり紹介させていただきました。これらの先鞭を付ける取組の多くは、ヒトクローン細胞の作製の成功と同様に、先達の不断の基礎研究や発見の積み重ねに基づいていると思います。中国のことわざで「喝水不忘掘井人:水を飲むとき,井戸を掘った人を忘れてはならない」があります。そこで、ここでは、第1回日本再生医療学会総会で発表された糖尿病に関する基礎研究について訪ねてみました。
今を去る17年前の2002年4月18日・19日、国立京都国際会館で、第1回日本再生医療学会総会が開催されました。当再生医療推進センターの井上一知理事長は、2000年に「細胞療法研究会」の会長でしたが、再生医療は21世紀における重要な医療になるとの思いに至り、多くのメンバーの方々と相談を重ねた上で、同研究会を発展的に解消し、国内の再生医療研究の専門家の多くの方々と協議の結果、2001年に「日本再生医療学会」と「NPO法人再生医療推進センター」の設立に至りました。
その目的は、日本再生医療学会と再生医療推進センターで情報交換を行い、相互の発展をめざしつつ、再生医療の進歩・発展及びその実用化に寄与することにありました。そして、井上理事長が初代会長として第1回日本再生医療学会総会を主催されました。275題の一般講演の応募と、海外からの招待講演4題、特別講演3台、教育講演1題の他に、9つのシンポジウム(58題)とパネルディスカッション1つ(10演題)が企画されました。
シンポジウムでは日本における再生医療研究の全貌が詳らかになるように、幹細胞・ES細胞、血管新生、脳・神経、感覚器、骨・軟骨・歯周、皮膚、心臓、肝臓、膵臓の9つのそれぞれの分野で、21世紀の再生医療の現状とその実用化について、問題点や解決策、さらに今後のあり方や将来展望などが討論されました2)。
ここでは、現在の再生医療の技術や知識は先人の基礎研究や発見の積み上げにより、結実していることに思いを馳せ、当時のシンポジウムの中から、「21世紀の再生医療の現状とその実用化に向けて -膵臓-」について6つの演題と15の一般演題を紹介いたします。なお、一般演題は演題名のみです。
◎膵β細胞の再生医学 -その現状と糖尿病治療への展望-
千葉大学大学院医学研究院細胞分子医学 清野 進
注目されるのが、幹細胞から分化誘導して作製されたインスリン分泌細胞による細胞治療である。最近、マウスやヒトの胚性幹(ES)細胞幹、マウスin vivoでPDX-1を導入した幹細胞、さらにヒト膵導管細胞からそれぞれインスリン分泌細胞が作製された。本シンポジウムでは細胞から膵β細胞への分化誘導の現状とその糖尿病治療への展望について論じたい。
◎β細胞分化誘導療法による糖尿病の新たな治療をめざして
大阪大学大学院医学研究科分子制御内科 宮川潤一郎
膵組織に内在する内分泌幹細胞を利用したβ細胞分化誘導ないし促進療法は、その適用範囲および生体に対する侵襲度からみて優れた再生医療の一つと考えられる。それらの実用化をめざした試みとの可能性について展望した。
◎幹細胞からベータ細胞の分化誘導
大阪大学医学系研究科幹細胞制御 宮崎純一
マウスES細胞をin vitroで分化させると、インスリン産生細胞が出現することを確認しており、さらに効率的にインスリン分泌細胞に分化させ、その機能を成熟したものにするための技術開発を進めている。一方、in vivoにおいてアデノウイルスベクターを用いてPDX-1(膵臓分化のマスター遺伝子)をマウスの膵臓に発現させると、膵臓内にインスリン分泌細胞が新たに出現することを見出した。この方法を改良すれば、患者自身の細胞からベータ細胞を再生することができるので、実用的な治療が期待される。
◎小腸上皮幹細胞を用いた膵β細胞の再生
滋賀医科大学 解剖 第三内科 藤宮峯子 中村高秋 柏木厚典
ラット小腸上皮由来の幹細胞であるIEC-6細胞にPdx-1遺伝子を導入し、膵β細胞への分化を試み、Pdx-1遺伝子を導入すると細胞が重層化し、細胞質に多数の分泌顆粒を認めた。Pdx-1導入細胞にbetacelluinを負荷することで、インスリン産生β細胞へ分化させることに成功した。
◎再生膵島細胞移植の現状と展望
京都大学再生医科学研究所 堀洋 井上一知
ブタ膵島細胞の分離技術を確立し、高分子免疫隔離膜技術の応用に成功している。これらに加え、血管新生誘導技術の確立およびこれらを組み合わせた膵島細胞移植システムの糖尿病治療への応用を動物実験レベルで確認している。マウスES細胞から膵島様細胞への分化誘導に成功し、その移植応用を目指した検討や分離膵内分泌細胞分から膵島細胞への分化誘導の検討を進めている。
◎ラ島移植における血管新生
東北大学消化器外科 砂村眞琴 坂田直昭 山内淳一郎 松野正紀
移植ラ島における血管新生過程を解析するとともに、IL-10および血管新生因子VEGF、angiopoietinの役割を検討した。自家ラ島移植後6日目に新生血管の14日目に血管網の形成を認めた。VEGF遺伝子導入ラ島では早期に新生血管と血管網の形成が確認された。血管新生誘導による移植ラ島生着率の改善を目指している。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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