2400年ほど前に、「全ての病気は腸から始まる」と語ったヒポクラテスのこの言葉が、現代医学によって正しいことが示されたとする、ナレーションでNHKの科学番組、「神秘の巨大ネットワーク“腸”:2018年1月14日」が放映されました1)。アレルギー、インフルエンザ、および難病などを引き起こされるカギは腸が握っており、「1000種類-100兆個の腸内細菌」、「全身2兆個の内、70%が集まるとされる免疫細胞」、そして「脳に次いで多い神経細胞」の連携で全身の免疫力を司っていると考えられています。
当センターの「No.42再生医療トッピクス」で触れましたが、最新の研究により、私達の体内では、様々なメッセージ物質が血管を介して様々な臓器同士が、直接的に情報伝達をしていることがわかってきました。例えば、骨の中にある「骨細胞」は、スクレロスチンと呼ばれるメッセージ物質を放出することで、破骨細胞と骨芽細胞に指示して、全身の骨の再生をおよそ5年で成し遂げているそうです。ところが、腸と腸内細菌とメッセージ物質を通じていろいろな情報伝達を行っていることが明らかにされつつあります。具体的な例は後段で、上記NHKの番組に基づいて紹介致します。
前記のように、私達の腸内には、乳酸菌やビフィズス菌など、およそ1000種類-100兆個ほどの細菌が存在します。これら腸内細菌がアレルギー、リウマチ、動脈硬化や糖尿病といった病気の発症や、免疫の活性化などに関わっているのではないかと考えられています。そこで、腸の中にいる細菌をおよそ5,000人から集めて、生活習慣との関連を調べる世界最大規模のデータベースが国内で作られることになり、薬の開発や病気の予防などに役立てられると期待されています。国立医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市)はこれまでに健康な1,200人の腸内細菌を集めて、生活習慣との関連を調査されており、同データベースを世界最大規模となる5,000人に拡大することを本年1月7日決めました2)、3)。
同研究所によりますと、20歳以上のボランティアを募り、便を採取して腸内細菌を集め、あわせて食べた食品や睡眠時間、運動時間など、生活習慣に関するデータを収集します。腸内細菌は、生活習慣や環境によって種類や量に違いがあり、同研究所では、その違いが健康状態とどう関連するか調べるほか、5年以内にデータベースを公開して、企業や研究機関で薬の開発や病気の予防に役立ててもらいたいとしています。データの分析を担当する細見研究員は「腸内細菌の状況によって薬の効き具合も異なることもわかってきています。それぞれの患者さんに応じた医療の実現にもつなげたいです」と話されています。
腸には、病原菌やウイルスなどの外敵を撃退してくれる免疫細胞の約7割が存在すると触れました。それは、私達の体の中で最も密接に外界と接する臓器であり、飲食物だけでなく、一緒に病原菌やウイルスなどが常に侵入してくる危険性があるので、これら外敵の侵入に備えているためです。
3.1 腸は免疫細胞の訓練場1)
インフルエンザや肺炎などに対する免疫力の高さも、腸での免疫細胞の訓練と密接に関係しているらしいことが、最新の研究で明らかにされてきました。訓練の場とは、腸の中の絨毛の一部に絨毛のない平らな部分があり、この表面に“くぼみ”があり、このくぼみの内側で免疫細胞を訓練していることがわかってきました。くぼみを通じて、腸内細菌や病原菌などを取込み、内側に密集する大量の免疫細胞たちに触れさせることで、腸内細菌は仲間と認識させ、病原菌は敵と覚え込ますことで、免疫細胞の戦闘能力を高めます。こうして腸内で訓練を受けた大量の免疫細胞は、腸はもとより、血液によって体全体に運ばれ、体の各所で病原菌やウイルスなどの外敵と闘う戦士となると考えられています。仮に、病原菌が侵入すると、免疫細胞は異変を察知し、“攻撃せよ”というメッセージ物質を放出します。腸の壁はメッセージ物資を受け取り、殺菌物質を放出して病原菌を攻撃するという仕組みがあります。
3.2 免疫細胞の暴走と病気の関係1)
近年、増え続けているさまざまな「アレルギー」や、免疫細胞が自身の細胞を攻撃することで生ずる「自己免疫疾患」は、免疫細胞が暴走し、攻撃する必要のないものまで攻撃してしまうことが、原因の一つと考えられています。そして、免疫細胞の暴走によって引き起こされる病気の患者さんには“腸内細菌の種類のかたより”が生じていることが最新の研究で明らかになってきました。ところで、腸内細菌の遺伝子はゴリラ、チンパージ―、そして人もほぼ同じで、およそ1500万年前から受け継がれてきており、長い時間をかけて、腸は腸内細菌と良好な関係を作り上げてきたことが解明されてきています。
3.3 腸内細菌フローラのバランスが影響1)
“腸内細菌のかたより”による影響を物語る二つの例が上記番組で紹介されました。一例目はイギリス在住の22歳の女性アスリートのNさんは、4年前に原因不明の病気に襲われました。命に関わるほど重症のアレルギーを発症し、様々な薬を試しましたが、深刻なショック症状を繰り返して幾度も生死の境をさまよわれました。なにが免疫の暴走を起こしているかを突き止めるために、彼女の便を検査したところ、クロストリジウム菌とラクトバチルス菌が健常者と比べて少なくなっていることがわかりました。
二例目は「多発性硬化症」という病気で悩む女性Oさんについてでした。免疫細胞が暴走して脳の細胞を攻撃してしまうという難病で、手足のしびれから始まり、症状が進むと歩行困難や失明などの恐れもあります。同様にOさんの便を調べると、クロストリジウム菌とバクチロイデス菌が健康な人と比べて少ないことが突き止められました。
異なる2つの病気である重症のアレルギーと、多発性硬化症に共通して減少していた腸内細菌があることが判明しました。クロストリジウム菌が少ないと免疫細胞が暴走する可能性が明らかになりました。
「クロストリジウム菌」という腸内細菌ですが、およそ100種類いると言われており、悪影響を及ぼす種類もあるようですが、ある17種類が共存しているとメッセージ物質を放出することがわかってきました。米国のある製薬会社は、17種類のクロストリジウム菌を生きたまま腸内へ届ける取り組みをしています。腸内細菌を利用した新しい治療法が難病の人々を救える時代がもうすぐそこに来ています。
3.4 免疫細胞とクロストリジウム菌1),4)
なぜ、クロストリジウム菌が少ないと免疫細胞が暴走するのでしようか。大阪大学免疫学フロンティア研究センター、坂口教授が1995年に発見した、「Tレグ(制御性T細胞)」という特別な免疫細胞が関係していると考えられています。免疫細胞は外敵を攻撃する役目がありますが、発見されたTレグは、他の免疫細胞の過剰な攻撃を抑える役割を持つことが明らかになりました。免疫細胞の中には、「攻撃役」だけでなく、「ブレーキ役」も存在していたことがわかりました。このTレグの働きで、体中で過剰に活性化し暴走している免疫細胞を抑えて、アレルギーや自己免疫疾患が抑えられていることが明らかになってきました。
このブレーキ役のTレグが、腸内細菌の一種であるクロストリジウム菌の働きによって、腸内で作られることが、最新の研究で明らかになってきました。クロストリジウム菌は、腸内の食物繊維を食べ、酪酸を放出します。この物質は、腸に集まってきている免疫細胞に「落ちつくように」というメッセージを伝える役割を担っているそうです。クロストリジウム菌が出した酪酸が、腸の壁を通って、その内側にいる免疫細胞に受け取られると、Tレグへと変身するのです。もし腸内でクロストリジウム菌が出す酪酸が少なくなると、Tレグも適正に生み出されなくなると考えられます。腸内でクロストリジウム菌が明らかに少なくなっていた重症のアレルギー患者さんや、多発性硬化症の患者さんは、腸内でTレグを生み出す働きが弱くなっている可能性が考えられています。
3.5 免疫の暴走を防ぐためには1),5)
ブレーキ役のTレグを体内で適切に増やすことができれば、アレルギーや自己免疫疾患病気を抑えることが期待できます。理化学研究所粘膜システム研究グループ、大野チームリーダーの研究結果によりますと、そのためには、食物繊維がカギになるそうです。同実験によりますと、クロストリジウム菌が腸内にたくさんいるマウスを2つのグループに分け、一方のグループには食物繊維が少ないエサを、もう一方のグループには食物繊維たっぷりのエサを与え続けました。食物繊維たっぷりのエサを与えたマウスの腸内では、Tレグが15%上昇し、食物繊維が少ないエサを与えたマウスでは8%上昇しことがわかりました。この結果からはクロストリジウム菌は、エサである食物繊維を多く食べるほど盛んに「酪酸」を放出し、それによって腸でたくさんのTレグを生み出すことが確認されました。
3.6 食物繊維と日本人1),6)
日本人は、古くは縄文時代の狩猟採集生活のころから、身の回りにある木の実やキノコなどから多くの食物繊維をとってきたと考えられています。よくいただく海藻や根菜なども、食物繊維が豊富です。こうしたことから日本人の腸内には、長い時の流れの中で、食物繊維を好むクロストリジウム菌などの腸内細菌が多く宿るようになったと考えられています。海藻を分解することが出来る腸内細菌などは、日本人の腸に特有のものとして知られているそうです。
700年の伝統を誇る曹洞宗の名刹總持寺(神奈川県)で、厳しい修行を積まれている若い60人の僧侶の中に、なぜか花粉症、アトピーなどが気にならなくなったと言う人が続出したそうです。早稲田大学理工学術院、服部教授が僧侶達20名の腸内細菌を解析したところクロストリジウム菌がしっかりと僧侶たちの腸に定着していることが解りました。アレルギーが治まった總持寺の僧侶の方々が、毎日食べる精進料理にしっかりと食物繊維(20g/日)が含まれていました。
服部教授の研究によりますと、欧米など世界11か国と日本の健康な人の腸内細菌を詳細に比較したところ、非常に興味深い結果が得られました。日本人の腸内細菌は、食物繊維などを食べて「酪酸」など“免疫力をコントロールするような物質”を出す能力が、他の国の人の腸内細菌より、卓越して高かったということです。しかし、戦後の日本人の食生活は大きく欧米的な食生活へと変化したことで、食物繊維の摂取量も減ってきているそうです。この急激な食生活の変化により、極めて長い時間をかけて日本人の腸と腸内細菌が築き上げてきた関係性が崩れ始めているのかもしれません。その結果、アレルギーや自己免疫疾患など「免疫の暴走」を増加させるような異変の一因となっている可能性が、研究者たちによって注目され始めているとのことです。
3.7 臨床試験について
Tレグを生み出す物質を人工的に合成し、これを体の中に供給する臨床試験が実施されており、多発性硬化症で悩むOさんを含めて11人の内で9人の方々の血液中のTレグの増加し、腸が免疫をコントロールする力を取り戻すことが確認されたそうです1)。
Tレグを生み出す物質を人工的に合成し、これを体の中に供給する臨床試験が実施されており、多発性硬化症で悩むOさんを含めて11人の内で9人の方々の血液中のTレグの増加し、腸が免疫をコントロールする力を取り戻すことが確認されたそうです1)。
Tレグを診断や治療に活かそうと、多くの研究が進められています。米国ヒューストンのメソジスト大学神経科学センターは、マウスモデルで前臨床試験が終わり、実際の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さん3例に、自己のTレグを移入する治療を行った第1相試験の報告をしています7)。
今後さらなる腸内細菌と腸との連携からの学びにより、難病を根本的に克服できることが期待されます。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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