網膜色素変性に対する再生医療の情報を2つ取上げました。一つ目は、iPS細胞から目で光を感じる視細胞を作り、網膜色素変性の患者さんに移植する臨床研究計画です。二つ目は、新しい遺伝子治療の方法を開発し、全盲の網膜変性マウスにおいて正常の6割程度の視力回復を実現したとする研究です。加えて、最近、当センタートピックスで取上げました2つの再生医療に関する情報のその後について紹介致します。はじめにiPS細胞から心臓の筋肉細胞のシートを作り、重い心臓病患者さんに移植する治療が行われた情報です。つぎに、iPS細胞から作り出した軟骨の組織をひざ関節の軟骨が損傷した患者さんに移植する臨床研究が厚生労働省の専門家会議で了承された話題です。
神戸市立神戸アイセンター病院はiPS細胞(他家iPS細胞)のから目で光を感じる視細胞を作製し、目の難病の患者さんに移植する臨床研究計画を大阪大学第一特定認定再生医療等委員会に提出したと、同病院非常勤医師の万代理化学研究所副プロジェクトリーダーら発表しました(2019年12月9日)1)-3)。同委員会の承認を得た後に、厚生労働省の専門家会議の審査を経て、2020年夏にも1例目の移植を目指すとしています。同研究チームは動物実験で機能や安全性を確認し、光を感じる視細胞の今回の移植が成功すれば、将来的には失明状態からの回復も期待できるとしています。
臨床研究の対象は網膜の細胞が痛んで視野が狭くなり、失明に近い重度の「網膜色素変性」を発症した20歳以上の2人の患者さんです。同研究は安全性の確認が目的ですが、わずかに明暗がわかる状態に回復することを期待しています。
京都大学iPS細胞研究所が作製した他家iPS細胞を視細胞に育ててシート状にし、神戸アイセンター病院で患者さんの網膜に移植する計画です。1年間にわたって安全性や有効性を調べます。順調にいけば大日本住友製薬(株)が実用化する計画です。
網膜色素変性症は目が感じた光を電気信号に変える網膜の視細胞に異常が生じて起きます。遺伝的な要因が関係しているそうですが不明な点も多く、根本的な治療法は確立されていません。視野が狭くなり、視力の低下や失明につながる進行性の病気です。3,000人に1人が発症し、国内患者数はおよそ4万人といわれています。細胞治療のほか、網膜の役割を果たす電子デバイスの移植や遺伝子治療などが試みられています。
理化学研究所と神戸アイセンター病院は視細胞の働きを助ける網膜色素上皮細胞の再生医療の臨床研究も手掛けられています。既に5人の「滲出型加齢黄斑変性」の患者さんに他家iPS細胞から作製した色素上皮細胞を移植されています。1年の経過観察で安全性を確認されました(当センターの「No.28 再生医療トッピクス、他家iPS細胞、加齢黄斑変性治療で安全性の確認」を参照ください)。
万代副プロジェクトリーダーらの研究チームは、2004年頃から視細胞移植に向けた研究を始め、iPS細胞などによる視細胞の移植片が情報伝達構造を作り、光に反応することを確認されてきました。併せてがん化の危険性がないことも検証されてきました。
今回の臨床研究計画では、2人に片目ずつ、iPS細胞から作製した視細胞になる直前の前駆細胞を使い、直径1mm程度のシートを1~3枚入れる計画です。同研究チームによりますと、移植片が極めて小さいため、患者さんの視界が格段に変わることは期待しにくいですが、臨床試験のレベルが上がって移植面積が増えれば、光だけでなく、色を識別する能力につながることも期待できるとしています。安全性が確認できれば、枚数を増やすことを検討されています。
視細胞移植は、神経回路の形成などに時間がかかるため、手術後1年をめどに機能や安全性を評価するとしています。懸念される合併症は現時点では見当たらないそうですが、拒絶反応が起こる可能性があり、免疫抑制剤を使う予定ということです。同病院の栗本院長は「臨床研究は中枢神経の再生に向けた第一歩。この一歩は小さな一歩だが、中枢神経の再生を夢見てきた医学研究者や患者にとっては大きな一歩だ」と話されています。
この度、神戸アイセンター病院が発表されたiPS細胞から作製した視細胞になる神経網膜シートの移植ですが、同研究が成功し「光を感じる」ことが実現できれば、その先には、失明した人が形や色を見分けられるようになる可能性も広がるそうです。これまでに、失明したマウスでも、移植後は光に反応していることを示す信号が読み取れ、行動実験でも光を認識したそうです。従い、人でも失明状態から回復する可能性が期待されます。
iPS細胞を使う再生医療の研究は、京都大学がパーキンソン病(2018年7月:当センター再生医療トピックスNo.17)、大阪大学が目の角膜の病気(角膜上皮幹細胞疲弊症、2019年8月:再生医療トピックスNo.47)や重症心不全(2020年1月:再生医療トピックスNo.57)でそれぞれ移植が実施されました。京都大学の再生不良性貧血や膝軟骨損傷、慶應義塾大学の脊髄損傷の治療計画も厚生労働省に承認され、実施の準備が進められています。
東北大学大学院医学系研究科西口准教授と中澤教授らのグループは、新しい遺伝子治療の方法を開発し、全盲の網膜変性マウスにおいて正常の6割程度の視力回復を実現されました4)。国の指定難病である網膜色素変性は有効な治療法がない遺伝性疾患で、我が国の失明原因の第2位の疾患です。現在、ゲノム編集を用いた遺伝子治療として、主に病気の原因となる遺伝子を「破壊」することにより病気を治療する方法での臨床応用の研究が進んでいるそうです。それに対して、病気の原因となる遺伝子を「正常化」するゲノム編集を用いた遺伝子治療は技術的に難易度が高く、臨床への実用化が難しい状況のようです。
しかし、遺伝子を「正常化」する遺伝子治療は、実用化されると極めて汎用性が高い「究極」の遺伝子治療です。同研究は、遺伝子変異の「正常化」を可能にするゲノム編集を用いた遺伝子治療(変異置換ゲノム編集治療)の単一ウイルス化に成功されました。この治療法を網膜変性疾患のマウスに応用し、実用化可能なレベルの治療効果を実証されたそうです。本研究の成果により、これまで治療の対象にならなかった網膜色素変性だけでなく、多くの遺伝病性疾患に対する遺伝子治療の開発への道を開くものと期待されています。
大阪大学医学部澤教授らは2020年1月27日、人のiPS細胞から心臓の筋肉細胞のシートを作り、重い心臓病患者に移植する世界初の治療を実施したと発表されました5)。安全性や有効性を調べる治験で、3年間で10人の患者さんに移植を行い、5年以内の実用化を目指されています。
澤教授らのチームは、京都大学iPS細胞研究所が備蓄する医療用iPS細胞から心筋細胞を作り、直径4~5cm、厚さ0.1mmのシートに加工しました。移植された細胞の数はおよそ1億個とのことです。移植したシートは自ら拍動することで心臓の機能を助け、心筋再生を促す成分を放出し、弱った心臓を改善させる効果が期待できるそうです。1例目は、同大学病院で1月、血管が詰まって心臓の一部が壊死する虚血性心筋症の患者さんの心臓表面に3枚を貼り付けました。手術後の経過は順調とのことで、今後1年かけて、がん化の有無などや治療効果を確認される計画です。移植後3か月間は拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使われます。
同大学は2018年、安全性などを調べる臨床研究について国の承認を得ましたが、直後に大阪北部地震で研究施設が被災し実施が遅れていました。今回、臨床研究よりも基準が厳格である臨床試験(治験)を始め、実用化への動きを加速させるとしています(詳細はNo.57 再生医療トッピクス 「iPS細胞で重症心不全の治療 治験申請へ」を参照ください)。なお、心不全などに対する再生医療につきましては、再生医療トッピクス No.46, No.48, No.49, No.50, No.51を参照ください。澤教授らの再生医療等による心不全に対する先進的な取組は、あらためて再生医療トピックスで取上げる予定です。
iPS細胞から作り出した軟骨の組織をひざ関節の軟骨が損傷した患者に移植する京都大学の臨床研究が、2020年1月24日に行われた厚生労働省の専門家会議で了承されました6)(当センターの No.69再生医療トッピクス 「iPS細胞からひざ軟骨、移植手術ー京都大学、臨床研究を申請 来年度にも1例目」を参照下さい)。
専門家会議では、研究を行う態勢や、患者さんに手術の内容を説明する文書で移植した細胞が腫瘍化するなどのリスクについて分かりやすく記載されているかなどが審議され、いずれも問題が無いとして臨床研究の実施を了承されました。iPS細胞を使って実際の患者さんに移植する研究計画が認められたのは、加齢黄斑変性、角膜上皮幹細胞疲弊症、パーキンソン病、重症心不全、再生不良性貧血、脊髄損傷などに続いて今回が7例目です。
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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