NPO法人再生医療推進センター

No.73 再生医療トッピクス

再生医療による心不全に対する取組

骨芽細胞、脂肪幹細胞そしてiPS細胞 澤教授らの取組

NHKBS1スペシャル「8K顕微鏡ドキュメント~iPS細胞の世界~」1)(2020年2月1日)で、iPS細胞を作っている京都大学iPS細胞研究所と、それを心臓の筋肉の細胞に変え、移植を行った大阪大学医学部で、超高精細の8Kカメラを駆使し、長期間に及ぶ顕微鏡撮影を行い、iPS細胞の全貌を初めて明らかにしました。大阪大学医学部澤教授らが、iPS細胞から作られた心臓の筋肉の細胞を重症の心不全の患者さんに移植する世界初の手術を実施するに至るまでを映像に収めていました。同治療法は、将来、多くの心臓病患者を救うことができる治療になると期待されています。


1.心不全について

心不全とは、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」という定義を日本循環器学会と日本心不全学会は2017年に発表しました(医学の専門用語としては「病気」ではありませんが、心臓が悪いことを総合的に表現する言葉して、「病気」と表現しています)2),3)。我が国の死因統計をみると、心疾患で亡くなる患者さんはガンに次いで多く、その中でも一番の死因が心不全です。2014年度の心疾患の総患者数は172万9000人とがんに次いで多く、(厚生労働省「2015年患者調査の概況」)、2020年には120万人を超すと予測されています。


心不全が重症化すると一般的な薬や手術では回復することは難しく、最終的には心臓移植しか患者さんを救う方法はありません。しかし、心臓移植も、深刻なドナー不足から患者さんの多くは移植を断念せざるを得ない状況にあります4)


2. 心不全に対する再生医療等の取組

欧米を中心に、主に虚血性心筋症を対象に骨髄細胞や筋芽細胞移植が行われ、臨床研究を通してその安全性と可能性が示されてきました。我が国おいては、心筋幹細胞を注射で移植し、血管新生を促すためにサイトカインを封じ込めたゼラチンシートを移植した部位に貼る治療法による臨床研究が実施されています。また、足の筋肉から採取した筋芽細胞をシート状にして心臓に移植する臨床研究が実施され、この細胞シートを用いた治療は2016年に保険診療が可能となりました。根本的な治療が心臓移植しかない拡張型心筋症の小児患者さんに心筋細胞(自家)を移植する臨床研究も開始されました。


iPS細胞(他家)から作製した心筋シートを重症心不全患者さんの移植する世界初の臨床研究が厚生労働省から承認されました。iPS細胞(他家)から作製した心臓組織を貼り付けて拡張型心筋症を治療する研究もなされており、心筋細胞の大量培養に方法を確立し、ブタの心筋梗塞モデルに純度の高い再生心臓細胞を移植することで治療の安全性と、有効性などを確認しています。また、心筋梗塞を起こしたサルにiPS細胞から作製した心筋細胞をして、症状が改善したとの報告もされています。


体のさまざまな組織の細胞に変化するとされている特殊な細胞、Muse細胞を使って、心筋梗塞を起こしたウサギの心臓の機能を改善させることに成功したとの報告もあります。心筋梗塞などで線維化してしまい、ポンプ機能が低下した心臓の細胞に3種類の遺伝子を導入し、心臓の機能を回復することに、マウスを使った実験で実証した報告があり、細胞移植を必要としない新しい心筋再生法として、再生医療への応用が期待されます。また、ヒトのiPS細胞から作製した心筋細胞などをもとに、細胞を積み重ねて立体的な組織を作るバイオ3Dプリンターで心筋組織を作ることに成功したとの研究結果も発表されています。


図1は心不全等に対する再生医療等の取組をまとめたものです。


3.澤教授らの取組

大阪大学医学部心臓血管外科澤教授らによる重症心不全に対する再生医療等製品として承認を得た自家筋芽細胞の移植に関する臨床研究、間葉系幹細胞を心臓に直接に噴霧する治療方法、重症心不全に対する他家iPS細胞による心筋シート移植の臨床試験について紹介致します。


3.1 筋芽細胞(自家) 移植 再生医療等製品

澤教授らは、足の筋肉から採取した筋芽細胞とよばれる若い細胞が、弱った心臓の筋肉を再生させる力があることを多くの基礎実験、臨床研究で示されてきました5)。自家骨格筋由来筋芽細胞シートは2003年に開発され、2007年からヒトへの臨床研究が始まりました。これまで約50例の重症心不全の患者さんに本治療を行い、心不全に対する効果が明らかになりました。そして企業治験や医師主導型治験を経て、2015年9月に世界初の心筋再生治療製品として保険収載されました(ハートシート)6)。現在はハートシートの適応拡大のため、医師主導治験(成人・小児)を臨床研究と並行して行なわれています。今後、同治療の効果を更に高めるために、一層の基礎的、臨床的研究を進めておられます。


3.2 間葉系幹細胞を心臓に直接に噴霧 臨床試験

重症心不全患者さんの治療法として、心筋細胞などに変化する間葉系幹細胞を心臓に直接に噴霧する「細胞スプレー法」を開発したと、大阪大学医学部澤教授らが記者会見で発表されました7)-9)。保険適用を目指し、安全性や有効性を確認する医師主導臨床試験(治験)を2021年10月までの計画で、2019年11月から開始されました。冠動脈バイパス手術時に患者さん以外の方の間葉系幹細胞(他家間葉系幹細胞)が入った液体を心臓表面に噴霧することで、同細胞の働きにより、微小血管などで血液の流れが良好となり、心機能が改善する効果が見込まれています。第1相試験は対照群を含めて6人の患者さんに実施されます。


澤教授らの研究チームは、前記のように自家筋芽細胞をシート状に作製して心臓に貼る治療を実施し、2015年に再生医療製品として条件付き承認を得ています。その後、iPS細胞から作製した心筋シートを移植する臨床試験を進めておられました。ただ、シート状に加工するのに時間がかかり、急な手術に対応することが難しく、患者さんの状態によって細胞の質が変わり、細胞を加工する専用の施設が必要であることが課題でした。


こうした課題に対応するめに、澤教授らは重症心不全患者さんの治療法として間葉系幹細胞を心臓に直接に噴霧する「細胞スプレー法」を開発されました。これまでにミニブタで実験され、その有効性は確認できているということです。噴霧した幹細胞から出るたんぱく質「サイトカイン」が詰まった血管などに作用し、血管の再生や微小血管の血流の回復が期待されるとのことです。


治験の対象は、心筋梗塞などで血管が詰まり、血流が滞って心筋が傷つく「虚血性心筋症」の患者さん、6人です。心臓に噴霧する細胞には、健康な他の方の脂肪組織から採取した間葉系幹細胞を使うとのことです。3人の患者さんに血流を回復する冠動脈バイパス手術の際に、間葉系幹細胞3億個と手術用接着剤を心臓の表面に噴霧します。そして、バイパス手術のみの患者さん、3人と比較し、安全性と有効性を調べる計画です。


間葉系幹細胞には、免疫による拒絶反応が起きにくく、血管を新たにつくるよう促す物質を出す特徴があるとされています。同細胞を大量に増殖し、冷凍保存しておき、心臓の手術に合わせて解凍し、同細胞を接着剤の役割を果たす物質と混合して注射器に入れ、医師が手術中にスプレーのようにして心臓の表面に吹きかけることになります。


使われる間葉系幹細胞は製薬会社から供給されるため、細胞の加工施設がない医療機関でも実施が可能であり、噴霧自体は数十秒で完了するとしています。澤教授によりますと「一般的な外科医が使用する止血用の生体組織接着剤に混ぜて噴霧するので、極めて簡便で、技術や場所を選ばずに再生医療が可能になります。心臓を傷つけることなく細胞を移植できる方法です」とのことです。


3.3 iPS細胞から心筋細胞シート移植 臨床試験

澤教授らは2020年1月27日、人のiPS細胞から心臓の筋肉細胞のシートを作り、重い心臓病患者に移植する世界初の治療を実施したと発表されました10)。安全性や有効性を調べる治験で、3年間で10人の患者さんに移植を行い、5年以内の実用化を目指されます。澤教授らのチームは、京都大学iPS細胞研究所が備蓄する医療用iPS細胞から心筋細胞を作り、直径4~5cm、厚さ0.1mmのシートに加工しました。移植された細胞の数はおよそ1億個とのことです。移植したシートは自ら拍動することで心臓の機能を助け、心筋再生を促す成分を放出し、弱った心臓を改善させる効果が期待できるそうです。


1例目は、同大学病院で1月、血管が詰まって心臓の一部が壊死する虚血性心筋症の患者さんの心臓表面に3枚を貼り付けました。手術後の経過は順調とのことで、今後1年かけて、がん化の有無などや治療効果を確認されるとのことです。移植後3か月間は拒絶反応を抑える免疫抑制剤が使われます。


同大学は2018年、安全性などを調べる臨床研究について国の承認を得ましたが、直後に大阪北部地震で研究施設が被災し実施が遅れていました。今回、臨床研究よりも基準が厳格である臨床試験(治験)を始め、実用化への動きを加速させるとしています。


4.結びに

MBSのドキュメンタリー番組「情熱大陸:心臓病で死なせない! 世界が注目する再生医療の最前線 心臓血管外科医・澤芳樹の挑戦:2020年2月2日」で放映されたiPS細胞由来の筋肉細胞シートの移植後の記者会見で交わされた記者と澤教授とのやり取りを紹介致します。

(記者)iPS細胞の安全性について、いまだに遺伝子の変異(がん化)の議論があると思っていますが。

(澤教授)スタート時点であった議論を克服したがゆえに人に投与しています。そんないい加減なレベルで我々は投与していません。サイエンスを積み重ねて、積み重ねた結果として、チームの結晶としてここにきています。それをどんなふうに次のステップにつないでいくのかは使命感です。

(ナレーション)「澤教授はあくまでも、毅然としていた。人の命を預かって、未知の冒険はできない。確信を胸に新たな扉をあけたのだ。」と放送は結んでおります。


topics63

図1 心不全等に対する再生医療等の取組


(参考資料)

  1. NHK ウエブサイト:BS1スペシャル「8K顕微鏡ドキュメント~iPS細胞の世界~」、2020年2月1日
  2. 日本循環器学会、日本心不全学会: 厚生労働省記者会、『心不全の定義』を発表、2017年10月31日
  3. 筒井裕之:知られざる心不全 心不全! 爆発的拡大に備えろ、きょうの健康6、NHK出版、p33-49 2019年6月
  4. 京都府立医科大学循環器内科学・腎臓内科学ウエブサイト:重症心不全に対する心筋再生医療
  5. 大阪大学心臓血管外科ウエブサイト:最先端医療の提供
  6. 医療維新:重症心不全用「ハートシート」、1476万円 再生医療等製品として保険償還価格決定、2015年11月18日
  7. 毎日新聞:「細胞スプレー」で心不全の再生治療 大阪大が発表、2019年11月29日
  8. 朝日新聞:心臓に吹きかける細胞スプレー 血流戻し機能回復を期待、2019年11月29日
  9. 日本経済新聞:心臓に細胞を噴霧 阪大が新たな治験開始、2019年11月29日
  10. 読売新聞::iPSから心筋細胞シート、重症患者に移植…阪大初実施、2019年11月29日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)