1.軟骨の損傷・変性に対する再生医療等による取り組み
関節軟骨は修復能に乏しく、損傷すると治癒しないことが知られています。軟骨の損傷・変性を根治的治癒に導く治療方法は現状ではありません。現状では人工の関節に置き換える手術による治療が行われています。人工関節は耐用年数に限界があり、60歳以下の患者さんへの適用が難しく、加えて高い侵襲を伴う術式のため、軟骨障害が中等度以下の患者さんにも適用しにくいという課題があります。
1.1 現状の取組
厚生労働省の「届出された再生医療等提供計画の一覧1)(再生医療等提供計画を国に届出した医療機関の一覧)」の内で、第一種再生医療等及び第二種再生医療等の提供計画から変形膝関節症等に関連する研究及び治療を抜粋しました。なお、当該一覧による情報は、2020年5月26日現在のものです。
(1)第一種再生医療等・研究に関する提供計画2)
a. 東海大学医学部付属病院:佐藤教授らは、他人の軟骨細胞をシート状に加工し、高齢者に多い変形性膝関節症の治療に使う臨床研究(同種細胞シートによる関節治療を目指した臨床研究)を開始されています3),4)。軟骨では免疫反応が起こりにくいため、他人の細胞でも免疫抑制剤を使わずに済むということです。
(2)第二種再生医療等・研究に関する提供計画5)
a. 筑波大学附属病院:変形性膝関節症に対する多血小板血漿注1)を用いた関節内注射治療(二重盲検無作為化比較試験注2))の研究です。膝関節機能の改善効果を指標に多血小板血漿関節内注射治療とプラセボ注3))(薬理作用のない生理食塩水)を関節内注射する2グループに分け、多血小板血漿の有効性を比較検証する臨床研究に取組まれています。
b. 東京医科歯科大学医学部附属病院:変形性膝関節症に対する滑膜幹細胞注4)の関節内注射に関する臨床研究です。
c. 金沢医科大学病院では変形性膝関節症に対する自家脂肪組織由来細胞群投与の安全性に関する研究に取組まれています。
d. 大阪大学医学部附属病院:自家培養軟骨細胞を用いた移植による低侵襲膝関節軟骨再生治療の臨床研究が行われています。
e. 高知大学医学部付属病院:変形性股関節症に対する多血小板血漿関節内注射療法の疼痛改善効果に関する臨床研究が取組まれています。(なお、医療機関の名称は提供計画の情報に基づいて表記しています。)
(3)第二種再生医療等・治療に関する提供計画6)
変形性膝関節症等の治療に関する提供計画は2019年3月12日時点で26件でしたが、現在は194件です。194件の内、多血小板血漿を用いた治療は156件、脂肪由来間葉系幹細胞等を使用した治療は38件です。自由診療による治療となりますが、治療内容や費用等の詳細は、参考資料6を参照ください。
(4)再生医療実用化研究事業のもとで研究開発支援中の臨床研究課題および治験課題7)
a.関節軟骨損傷: 京都大学iPS細胞研究所iPS細胞由来軟骨細胞
b.変形性膝関節症(軟骨・半月板): 東京医科歯科大学 自家骨膜幹細胞
c.変形性膝関節症: 東海大学医学部 iPS細胞由来軟骨細胞シート
d.軟骨損傷: 九州大学大学院医学研究科 脂肪由来幹細胞構造体
e.難治性骨折: 神戸大学大学院医学研究科 自家末梢血CD34陽性細胞注5)
f.変形性膝関節症: 広島大学病院磁気ターゲティング注6) なお、一部は第二種再生医療等研究と重複しています。
(5)iPS細胞による臨床研究の取組
損傷軟骨を治療するための再生医療製品として、軟骨から製造された再生医療等製品も開発されていますが、軟骨細胞の採取量に限界があるため、iPS細胞由来軟骨を移植することによる関節疾患の治療法の開発が進められています。京都大学iPS細胞研究所の妻木教授らは他人のiPS細胞から育てた軟骨組織をケガや運動などで軟骨が損傷した膝関節に移植して補う再生医療の臨床研究について、既に国の承認を得ており、今年中に1例目の移植をめざされています8)-10)。対象は損傷部が小さい膝関節です。将来的には肘や足首などの軟骨損傷や高齢者に多い変形性膝関節症にも応用する考えです。臨床研究が順調に進めば、旭化成(株)が実用化を検討する計画で、共同研究を通じて軟骨組織の量産技術を確立し、2029年の実用化を目指しているとのことです。
同研究所が備蓄しているiPS細胞から直径2~3mmの球状の軟骨組織を育て、数cm2の患部に移植します。この軟骨組織が周辺の軟骨組織と結びつき、機能することを期待しています。移植した軟骨組織は血管がなく、患者さんの免疫細胞が軟骨細胞に触れることもなく、拒絶反応が起きにくいとしています。膝関節の軟骨を損傷したブタを使う実験ではヒトiPS細胞から作製した軟骨組織を移植し、約1カ月にわたり体重約30kgを支えることができたそうです。
2.iPS細胞と間葉系幹細胞による膝関節の治療11)
膝関節の軟骨が傷ついた患者さんに、iPS細胞と間葉系幹細胞注7)から作製した組織を組み合わせて移植する研究を、大阪大学と京都大学の研究チームが取組まれています。怪我がなどで軟骨が大きく欠損された患者さんの治療をめざすとしています。計画では、まず、健康な人の細胞からつくったiPS細胞を軟骨に変化させ、続いて同軟骨を、間葉系幹細胞から作製した組織で包んで、患者さんの傷ついた膝関節に移植します。
間葉系幹細胞は、ヒトの体内に元々あり、様々な細胞に変化することができる細胞です。別の患者さんの手術で取り除かれた組織から、同幹細胞を採取し、培養し、立体の組織にして移植に用います。動物による実験では、通常、試験で効果をみる損傷の大きさの倍ほどでも移植した組織は定着し、周辺の組織と接合することが確認できたそうです。京都大学の研究チームは上記(5)で述べた「iPS細胞だけからつくった軟骨組織をヒトに移植する臨床研究」も計画されています。既に国の承認を得ており、今年中に1例目の移植を目指されています。
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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