専門分野: 幹細胞など基礎
Q: ips細胞について
2007年11月21日、人間の皮膚細胞から再生医療に役立つ可能性のある万能細胞をつくることに成功したという画期的な研究が公表されました。この件に関して、人間の皮膚細胞を採取して万能細胞をつくるという行為自体に倫理的問題は全くないのでしょうか。またこのips細胞とES細胞では、がん化する確率はips細胞が低いといえるのでしょうか。お忙しいところ申し訳ございませんが、ご回答をよろしくお願い申し上げます。
掲載日: 2008.6.5
A:
iPS細胞に関わる倫理的な問題と、iPS細胞とES細胞のがん化に関する比較についてのご質問です。 まず倫理性についてですが、「万能細胞を作るという行為」の倫理的問題が具体的にどのようなものを想定されているのか分かりませんが、「人間に許される範囲を超えているのではないか」という疑問はあり得ると思います。少なくとも理論的には、iPS細胞はES細胞と同じように初期胚に移入するとキメラ個体を形成し(この行為自体は明らかに倫理的問題があり、ヒト-ヒト キメラ胚の作成は当面の間禁止されている)、生殖細胞(精子や卵子)に分化することが可能で、さらにそれらに由来する個体を形成することが可能です(ES細胞を用いたこの方法は遺伝子改変マウスの作成に使われています)。これは、クローン羊ドリーを作った核移植の技術を用いなくても、一個体の体の一部からその個体と遺伝情報を共有する別の個体を作ることが可能であることを示しています。ES細胞ではこのような問題の前に、子宮に戻せば一個の個体になる可能性がある初期胚を破壊するという倫理的な問題があったのですが、この問題を回避したiPS細胞では、その奥にある万能細胞そのものの問題が考慮されると思います。ただ、この問題は、キメラ胚の作成というような行為自体がもつ問題を除外すれば、生命倫理の問題というよりは宗教的、あるいは哲学的な色彩が強いように思います。一方でiPS細胞は、ES細胞と同様に多くの疾患を治療するための再生医療や、病気の原因解明や治療法の研究に用いるための無限の細胞資源を確保するという意味で大変有意義であり、また、細胞の増殖や分化のメカニズムを解明するという科学的な意義も非常に大きいと思います。 がん化の問題ですが、c-Mycという有名ながん遺伝子を含む4種類の遺伝子を用いて作成された最初のiPS細胞では、がん化がかなりの高率で観察されたようですが、これを除いた3種類の遺伝子で作成したものではこの問題はほぼ解消したようです。ES細胞でもiPS細胞でも同じですが、未分化な万能細胞を移植すると、体のいろいろな組織が混ざり合った組織像を呈する「奇形種」という一種の腫瘍を形成しますが、これは細胞の広い分化能力を示すもので、周囲の組織へ浸潤したり遠くの臓器へ転移したりするいわゆるがん化(悪性腫瘍を形成すること)ではありませんので、混同しないようにお願いします。
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