専門分野: 脳・神経・脊髄
Q: 中枢神経再生、実用化の時期
先日もご質問させていただき、回答をいただいております。今回は、前回と関連する内容で、中枢神経再生実用化の時期についてです。当方で集めた関連情報は下記の通りです。 a.朝日新聞科学欄(2010/08/06),ES細胞を使った臨床試験準備継続,米のバイオベンチャー→バイオベンチャーの米ジェロン社は7月30日、ES細胞を使った世界初の臨床試験に向けた準備を継続すると発表した。 b.鈴木義久(2009):第2部実用段階に入る再生医療 中枢神経再生臨床試験の黎明 脊髄損傷に対する再生医療臨床評価、臨床評価36巻別冊→動物(犬など)での試験に加え、脊髄損傷の患者2名についても試験を行い成果を上げている。 このような情報を踏まえると、つい近い将来に治療法が確立されるのではと期待してしまいます。 常識的(医療関係者からみて)なところから、治療法が確立されるのはいつ頃になると予想されるのでしょうか。 お教えいただくようお願いします。
掲載日: 2010.9.8
A:
一般論として、研究中の治療法が確立した治療法として一般に行われるようになる時期を予想するのは容易なことではありません。まして、ES細胞を用いるとなると、今までに全く経験がありませんから何が起こるか分かりません。ES細胞の使用で予想される代表的なリスクは、未分化細胞の混入による腫瘍(良性の奇形腫という腫瘍で、「がん」ではありません)の発生です。研究者にできることは、少なくとも実用化に向かって一歩ずつ近づくことだけだと思います。 新しい治療法は、多くの基礎研究で有効性と安全性が確認された後、どこかの時点でヒトに最初に使ってみる必要がありますが、当然のことながら、初めてのことですから何が起こるか分かりません。すでに類似の治療法が行われていれば、ある程度の予想はできますが、ES細胞にはそれがありませんから、この段階で念には念をいれて十分すぎるほどの確認が必要です。また、ここを乗り越えて臨床治験が開始されたとしても、長期間の経過観察で色々な有害事象が出てくれば、その治療法は中止しなければなりません。実際問題として、ネズミの寿命は2年ほどしかありませんので、何十年も経って何が起こるかは実験で確認できるものではなく、ヒトでの結果をみなければ分かりません。以前に、重症の遺伝疾患に対する遺伝子治療が行われ、その対象になった患者さんに白血病が発生するということがありました。それ以後、遺伝子治療のハードルは一段と高くなっていると思います。ES細胞を用いた治療でこのような事が起こらないことを願っていますが、これはやってみないと分かりません。 ということで、ES細胞を用いた脊髄損傷に対する治療が一般に受け入れられる治療法として確立する時期は分かりません。最初にヒトに行われるのが何時になるのか、その結果がどうなるのか、今の段階では注意深く見守るしかないのではないでしょうか。
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