iPS細胞を使用した再生医療の臨床研究についてご紹介します。既にご紹介しましたが、2018年から心不全やパーキンソン病でも臨床研究が進み、今回ご紹介する脊髄損傷や再生不良性貧血も臨床研究の実施が了承され、角膜の病気でも臨床研究を申請中であり、臨床研究の動きが本格化しています。再生医療にとどまらず、がん治療に関する臨床試験の動きもあります。
さらに、本日(2月24日)、iPS細胞から「ミニ肝臓」を作り、重い肝臓病の乳児に移植する臨床研究計画について、横浜市立大学の谷口英樹教授らのグループが、進めているというニュースが飛び込んできました。肝臓のような複雑な臓器の組織をiPS細胞から作製するのはハードルが極めて高くなります。詳細は改めてトピックスでご紹介します。
1) 脊髄損傷: 他家iPS細胞 細胞移植 臨床研究
(実施施設)慶応義塾大学医学部
同大学医学部の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授らが研究を進めている「亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究について、2019年2月18日、厚生労働省の専門部会は、実施を了承しました1),2)。
脊髄損傷は、脊髄そのものが外傷などにより損傷を受けて、損傷部より下位の運動・知覚・自律神経系の麻痺をもたらす病態です。国内には10万人以上の患者さんがいるとされていますが、これまで脊髄損傷に対する有効な治療法はありませんでした。
岡野教授らによるこれまでの研究により、神経のもとになる神経前駆細胞を、受傷後比較的早期に患者さんの損傷脊髄に移植すれば、脊髄損傷に対する有効な治療となる可能性が高いことがわかってきました。
iPS細胞技術の進展により、脊髄損傷に対する移植治療に必要な神経前駆細胞を大量に作成することができるようになり、速やかに、この神経前駆細胞を脊髄の受傷部位に移植することが可能となりました。この臨床研究では、京都大学iPS細胞研究所が進めている再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトから、医療用iPS細胞の提供を受け、あらかじめ移植細胞を作製して用いることを計画しています。
同臨床研究では、受傷後14~28日の脊髄損傷(亜急性期脊髄損傷)の患者さんで、運動などの感覚が完全に麻痺した18歳以上の患者4人が対象です。移植細胞および移植方法の安全性の確認が主な目的であり、併せて脊髄損傷治療における有効性を確認する計画です。
移植後は、一定期間の免疫抑制剤の使用、および通常の保険診療の範囲内のリハビリテーション治療などを行い、約1年間の経過観察を行う計画です。患者さんの安全性を優先するため、移植する神経前駆細胞は、本研究チームが本臨床研究の準備段階で行った検討で安全性を確認できた最小限の細胞数(患者さん一人当たり200万個)とする計画です。本臨床研究で安全性が確認できた場合、細胞数を増やすことによる有効性の検討や、「亜急性期脊髄損傷」だけでなく「慢性期脊髄損傷」における安全性や有効性の検討を行う計画もあります。
2) 再生不良性貧血 自家iPS細胞 血小板 自己輸血 臨床研究
(実施施設)京都大学医学部付属病院、京都大学iPS細胞研究所
同大学医学部附属病院は、同大学iPS細胞研究所と連携し、「血小板輸血不応症を合併した再生不良性貧血a)」患者さんを対象とするiPS細胞由来血小板の自己輸血に関する臨床研究」を計画してきましたが、厚生労働省の専門部会は2018年9月21日、同計画の実施を了承しました3),4)。
再生不良性貧血などで血小板が不足しますと、血小板輸血が行われますが、輸血後も血液中の血小板数が増えない血小板輸血不応になる場合があります。輸血血小板が異物として認識され、自身の免疫細胞が輸血血小板を破壊することが原因の一つです。患者さん自身の細胞から作製した血小板であれば、自身の免疫細胞に破壊されることなく輸血の効果が得られると期待できます。同臨床研究では出血を止める働きをする血小板をiPS細胞から作製し、血液の難病である再生不良性貧血の患者さんに移植する計画です。
同臨床研究の目的は、再生不良性貧血で、かつ血小板輸血不応症を併発している特定の患者さんの末梢血単核球から作製するiPS細胞を経由して誘導される血小板を当該患者さんに投与し、iPS細胞由来血小板製剤の安全性について検証を行うことにあります。主要な評価項目は、安全性(有害事象の発生頻度と程度)、副次評価項目は有効性(補正血小板増加数)です。対象被験者数は1例です。観察期間は血小板輸血後1年間です。血小板輸血までの流れですが、
我が国では、輸血用血液製剤を使用されている方の約85%は50歳以上の方々だそうです。一方、献血されている方の約70%は50歳未満の方々であり、若年層(10~30代)の献血者数は減少傾向にあるそうです。少子高齢化が今後ますます進んでいくと、将来の安定供給に支障をきたす恐れがあります。少子高齢化で献血がiPS細胞から血液製剤が作られるようになれば、今後の血液製剤の供給にも有効となる可能性が期待されます。
3) 角膜上皮幹細胞疲弊症 他家iPS細胞 移植 臨床研究申請中
(実施施設)大阪大学医学部
人のiPS細胞から角膜の細胞を作製し、角膜上皮幹細胞疲弊症b)という目の病気の患者さんに移植する大阪大学の臨床研究計画について、2019年2月18日、厚生労働省の同専門部会は審議しましたが、結論は持ち越しになりました。
計画よりますと5)、同大学の西田幸二教授(眼科学)らが、角膜上皮幹細胞疲弊症の成人患者さん4人を対象に行ないます。京都大学iPS細胞研究所が進めている再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトから、医療用iPS細胞の提供を受け、角膜の細胞に変えて円形シート(直径3.5cm、厚さ0.05mm)に加工します。患者さんの角膜の損傷部を手術で除去し、必要な大きさに切ったシートを貼り付けます。移植後、1年間わたり、安全性と有効性を確認します。
なお、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者さんを含む角膜の移植希望者は1,624人(2017年度末:厚生労働省)です。移植には献眼が使われますが、国内の提供数は869人(2017年度)であり、不足分は海外からの輸入に依存しているが現状です。
iPS細胞は再生医療に限らず、がん治療などにも研究が及んでいます。iPS細胞を使ったがん治療に取組んでいるのは、理化学研究所と千葉大学医学部付属病院のグループです6)。臨床試験は医師主導で手掛け、対象疾患は鼻や口、舌、顎、のど、耳などにできるがんの総称である頭頸部がんです。臨床試験は再発して標準的な治療法では効果が見込めない患者さん3人で実施される計画です。ナチュラルキラーT細胞を3000万個注入し、副作用などを勘案しながら計3回投与する計画です。このナチュラルキラーT細胞はがん細胞を攻撃するだけでなく、他の免疫細胞を活性化させて攻撃力を高める働きがあります。同グループは2019年にも臨床試験を始めるとしています。
3回にわたりiPS細胞を使用した臨床研究についてご紹介してきました。現状で、命に影響を与える他のリスクと比べた場合、iPS細胞を使用した再生医療を行うことによる有益性が勝るであろう症例に対して実施され、主に安全性を確認する点で共通しています。現時点では安全性評価のステージにあります。身近な治療として実用化されるためにも、先ずは安全性を慎重に見極め、治療に最適な細胞数や手法を確立して、治療の有効性を評価するステージへと進展していくことが必要です。
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)