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元気の出る再生医療
コラム鵜の目鷹の目
再生医療用語集
No.87 再生医療トッピクス

iPS治療研究センター開設
加齢黄斑変性の移植手術から5年、自家培養角膜上皮の保険収載

1.死の谷と呼ばれる障壁

iPS細胞から作製した自家網膜の組織を、理化学研究所などの研究チームが滲出型加齢黄斑変性注1)の患者さんに初めて移植したのは2014年でした。その後、iPS細胞はパーキンソン病、重症心不全、角膜上皮細胞疲弊症、脊髄損傷などを始め、難治性の疾患に対し、臨床応用されています。iPS細胞は基礎研究の段階から難治性疾患の治療法として患者さんに応用する段階に入っています。ここからは、「死の谷」と呼ばれる研究開発段階から事業化段階の間に存在する障壁である、ヒト・モノ・カネなどの事業資源を適切に獲得することが必要とされています。

「死の谷」は技術経営の分野では、研究開発から事業化までの各過程で乗り越えなければならないとされる三つの障壁の一つです。第一は魔の川です。立上げた開発プロジェクトが、基礎研究から製品化を目指す開発段階へ進めるかどうかの障壁です。製品化の見通しがつかず、研究費が水泡に帰すことから川に例えられています。第二が死の谷です。研究開発段階から事業化段階へ進めるかどうかの障壁です。生産設備や流通経路などを確保するために、大量のヒト・モノ・カネを投ずるため、死ぬほどの深い谷に例えられています。最後がダーウィンの海です。度重なる障壁を乗り越えて市場に売り出された商品が、競争相手や顧客の判断により、生き残れるかどうかの障壁です。


2.次世代医療・iPS細胞治療研究センターの設立

京都大学はiPS細胞を用いた再生医療、がんや希少疾患などの治療法の効果や安全性を人で調べる臨床研究注2)治験注4)を重点的に実施する「次世代医療・iPS細胞治療研究センター(Ki-CONNECT)」を開設したと発表しました(2020年4月6日)1)-3)。このような病棟が設置されるは国内初だそうです。

大学の研究者らが細胞や動物の実験で病気の治療法を開発できたとしても、実用化に至るまでの費用や安全性、人での効果の違いなどから、企業が治験を担って実用化するまでに至らないことが多いとされ、Ki-CONNECTの設立は研究開発段階から事業化段階の間に存在する障壁である「死の谷」を乗り越えるのを狙いとしています。

Ki-CONNECTは同大学の研究成果と同大学附属病院がもつ病気の情報などを集積し、開発した治療法で有望なものを患者さんに早く届けることをめざすとしています。同大学附属病院の敷地内に専用の病棟を新設し、2020度は15床でスタートし、2021年度から30床に増やす計画です。

開設にあたり、同大学附属病院の宮本院長は、「近い将来、Ki-CONNECTで行われる様々な臨床試験注3)が大きな成果につながり、がんや難病などに苦しむ多くの患者さんに一刻も早く革新的な医療を届けられるよう、一丸となって取り組んで参ります」と述べられました。また、iPS細胞研究所の山中所長は「Ki-CONNECTの素晴らしいスタッフの方々と、iPS細胞研究所の研究者、医療用iPS細胞を作るiPS細胞研究財団のスタッフ、そして企業、患者さんが一つの目的の下につながれば、この死の谷を乗り越える大きな力になると確信しています」と語られました。

なお、Ki-CONNECTの試験受入れ体制、施設概要等詳細については、以下のサイトを参照ください。

Ki-CONNECT:https://www.ki-connect.kuhp.kyoto-u.ac.jp/


3.加齢黄斑変性の移植手術のその後4)

冒頭のiPS細胞から作製した網膜の細胞を加齢黄斑変性の80代の患者さんに実施された移植手術のその後です。手術後、一定の機能を果たしており、順調に経過しているとのことです。理化学研究所などの研究チームは2014年9月、患者さんの皮膚の細胞からiPS細胞を作製し、網膜色素上皮細胞に分化させ患者さんの右目に移植しました。その移植時に、未分化のiPS細胞や目的外の細胞が混在すると、がん化する危険性があります。臨床研究では安全性の確認を主な目的としましたが、移植後5年経っても、細胞はがん化せず、移植した細胞はその場にとどまっているとのことです。

移植前では治療薬を計13回注射することで視力の維持を図っていましたが、移植後は注射することなく視力が維持されているとのことです。ただ、まだ費用が高く、当該の患者さんと同じような方法でたくさんの患者に保険適用するのは難しいようです。手術後5年の状況については、2020年3月の日本再生医療学会総会で発表される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で見送られました。


4.自家培養角膜上皮「ネピック」の保険収載が了承

(株)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリングは、開催された中央社会保険医療協議会の総会において、自家培養角膜上皮「ネピック」の保険収載(2020年6月1日付)が了承されたと発表しました(2020年5月13日)5)。眼科領域における国内初の再生医療等製品が市場に導入されることになりました(当センターの再生医療トッピクスNo.84再生医療等製品の開発状況 角膜上皮幹細胞疲弊症/脊髄性筋萎縮症を参照ください)。


当該再生医療等製品は、角膜上皮幹細胞疲弊症注5の治療を目的としたもので、眼科領域で国内初の再生医療等製品です。当該製品は、患者さん自身の角膜輪部組織から角膜上皮幹細胞を採取してシート状に培養したものです。同製品を移植することにより角膜上皮を再建させることを目的としています。同社は、眼科医療機器メーカーである(株)ニデックからの委託を受け「ネピック」の開発を進め、2020年3月に「ネピック」の製造販売承認を取得し、今回の保険収載の了承に至りました。なお、同製品の販売は、(株)ニデックが行うとのことです。

<ネピックの保険収載の概要5)>

  • ○販売名:ネピック
  • ○保険収載日:2020年6月1日
  • ○保険償還価格:
    • (1)組織運搬セット     4,280,000円
    • (2)培養角膜上皮パッケージ 5,470,000円
    •      合計       9,750,000円
  • ○決定区分:C2(新機能・新技術)
  • ○主な使用目的:角膜上皮幹細胞疲弊症。ただし、以下の患者を除きます。
    • ・スティーヴンス・ジョンソン症候群の患者
    • ・眼類天疱瘡の患者
    • ・移植片対宿主病の患者
    • ・無虹彩症等の先天的に角膜上皮幹細胞に形成異常を来す疾患の患者
    • ・再発翼状片の患者
    • ・特発性の角膜上皮幹細胞疲弊症患者

(用語解説)

  • 注1 滲出型加齢黄斑変性:網膜を正面からみると、ほぼまん中に、黄斑と呼ばれる他の部分より少し黄色く見える部分があります。この黄斑に接する網膜色素上皮の下層の脈絡膜から網膜に向かって、新生血管という正常とは違う血管が生えてきます。この血管はもろく破れやすいため、出血したり、血液中の水分(滲出液)がもれたりしやすく、黄斑部の網膜の下に溜り、視野の中心にある「見たいもの」が見えにくくなる疾患です。
  • 注2 臨床研究:医療における疾病の予防方法、診断方法及び治療方法の改善、疾病病原および病態の理解並びに患者の生活の質の向上を目的として実施される医学系研究であって、人を対象とするものです。
  • 注3 臨床試験:臨床研究のうち、予防、診断、治療法等の介入の有効性や安全性を前向きに明らかにするために行われるものです。
  • 注4 治験:臨床試験のうち、医薬品や医療機器の製造(輸入)承認申請を目的に行われるものです。
  • 注5 角膜上皮幹細胞疲弊症:結膜と角膜の境界領域である輪部に存在する角膜上皮幹細胞が、先天的もしくは外的要因によって消失することで発症する疾患です。角膜が混濁し、視力の低下や、眼痛などの臨床症状が見られます。

(参考資料)

  1. 朝日新聞DIGITAL:iPS治験センターが開設「死の谷」越え実用化めざす、2020年4月7日
  2. 京都大学ウエブサイト:次世代医療・iPS細胞治療研究センター(Ki-CONNECT)を開設しました、2020年4月6日
  3. 京都大学ウエブサイト:次世代医療・iPS細胞治療研究センター Kyoto Innovation Center for New Generation Clinical Trials and iPS Cell Therapy(Ki-CONNECT)2020年4月6日開設 がん免疫研究、iPS細胞を用いた再生医療技術等における早期臨床開発の加速、プレスリリース概要説明資料
  4. 朝日新聞DIGITAL:iPSの網膜「順調」世界初移植から5年、2020年5月11日
  5. 日本経済新聞:J・TEC、自家培養角膜上皮「ネピック」の保険収載が了承、2020年5月13日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)