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元気の出る再生医療
コラム鵜の目鷹の目
再生医療用語集
No.86 再生医療トッピクス

認知症
点鼻ワクチンと再生医療等提供計画の研究・治療

1.はじめに

認知症が増加している大きな要因は、社会の高齢化、食生活の欧米化、自動車の普及による運動量の減少と核家族化による会話の減少などの生活スタイルの変化があるとされています。厚生労働省の資料1),2)によりますと、日本の認知症の患者さんは、2012年時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と予測されています。認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI: mild cognitive impairment)と推計される約400万人を合わせますと、高齢者の約4人に1人が認知症あるいはその予備群ということに至ります。この先、高齢化がさらに進み、生活スタイルの変化につれ、認知症の患者さんの数がさらに増え、団塊の世代の方々が75歳以上となる2025年頃には、認知症患者数は700万人前後に達し、65歳以上の高齢者の約5人に1人になると予測されています。


2.様々な原因で脳の神経細胞が障害を受け発症3)-5)

2.1 アルツハイマー型認知症

認知症の約60%を占めるとされています。脳にアミロイドβ注1)というたんぱく質の一種が蓄積し、その影響で脳の神経細胞が障害を受けます。アミロイドβたんぱく質が蓄積する過程で、脳内の正常なタウたんぱく質注2)が変化し、神経細胞が死滅します。その結果、記憶を司る海馬が委縮し、記憶障害が起こります。その後、脳全体に委縮が進み、様々な症状が現れます。アミロイドβは、症状が現れる20年以上前から蓄積し始めるといわれています。


2.2 血管性認知症

脳梗塞や脳出血など脳卒中に伴って起こり、多くの場合、突然発症したり、急激に悪化したりします。


2.3 レビー小体型認知症

レビー小体と呼ばれる異常なたんぱく質の塊が、脳に蓄積することで起こります。物忘れの程度は比較的に軽く、はっきりした幻覚が現われることがあるとされています。


2.4 前頭側頭型認知症

前頭葉や側頭葉の神経細胞が死滅するために起こります。常識から外れた行動が目立つようになるとされています。


2.5 非アルツハイマー型高齢者タウオパチー注3)

アルツハイマー病と同じ進行性ですが、非常に緩やかな病気で、軽度認知障害の段階でとどまっていることが多くみられます。非アルツハイマー型高齢者タウオパチーの人の脳にはタウたんぱく質だけが蓄積し、アミロイドβたんぱく質は蓄積しないことがわかっています。

認知症に関する数多くの研究に基づき、認知症を発症する前に予防することが重要であることが明らかになっています。次項に紹介する「点鼻ワクチンの研究」は、遺伝子治療技術を利用した免疫療法によってタウオパチーによる認知症を予防するというものです。臨床で認可されているタウオパチー型の認知症治療薬は、現状では神経伝達を制御する対症療法薬だけです。


3.タウたんぱく質に対する点鼻ワクチンの研究

京都大学iPS細胞研究所の井上教授らの研究グループが、アルツハイマー病などの認知症の原因とされる異常化したたんぱく質、タウの蓄積を抑える点鼻ワクチンを開発したと、発表しました(2020年3月25日)6)。マウスによる実験によりますと、認知機能の改善などの治療効果が確認されたとしており、実用化されれば、認知症予防につながると期待されています。タウを標的とした抗体医薬品やワクチンの研究が行われていますが、費用や効果の持続期間の面で課題がありました。同グループによりますと、国内に約300万人の患者さんがおられますが、症状を改善する薬はありますが、根本的に治す方法はないのが現状だとしています。


細菌・ウイルスを攻撃する抗体などの免疫の仕組みを利用した免疫療法であるワクチンは、多数の方々を対象とする疾患の発症を予防する上において、有効な方法の一つとされています。前述の通り、タウオパチーを呈する認知症の鍵分子であるタウたんぱくを標的としたワクチン開発は、タウたんぱくを注射する方法、タウたんぱくに対する抗体を作製する方法が研究されています。いずれの方法も、複数回の注射が必要であり、抗体は高価とされています。


そこで、ワクチンの課題を克服するために、同研究グループは、投与に痛みがなく、一度の投与でより長い効果期間が期待できる治療法の開発を目指し、タウオパチーの鍵分子であるタウたんぱくに対する点鼻ワクチンを、遺伝子治療用のセンダイウイルスベクター注4)を用いて作製しました。そして分子イメージング注5)注技術を用いて、タウオパチーモデルマウスにおける治療効果を検討しました。同ワクチンを、認知症を発症するマウスに1週間おきに計3回、鼻から投与した結果、ワクチンを投与したマウスでは、タウに対する点鼻ワクチンにより、タウ蛋白蓄積の減少、グリア炎症注6)の改善、脳萎縮の改善、認知機能の改善を示したとしています。マウスを飼育した8カ月間では、副作用はみられなかったとしています。今後の研究の進展により、タウたんぱく質に対する点鼻ワクチンの効果が確認できれば、タウオパチーを含め認知症の根本的治療が可能となるが期待されます。


4.再生医療等提供機関にみる認知症の提供計画

再生医療等安全性確保法に基づいて、厚生労働省に届けられた再生医療等提供計画(2020年5月12日現在)によりますと、

  1. 1)第二種再生医療等・研究に関する提供計画7)
  2.    届けされた提供計画は49件ですが、その中で認知症に関する提供計画は1件です。
    • ・自家脂肪由来間葉系幹細胞を用いたアルツハイマー型認知症の探索的 研究
       医療法人社団くどうちあき脳神経外科クリニック
  3. 2)第二種再生医療等・治療に関する提供計画研究8)
  4.    届けされた提供計画は562件ですが、その内で認知症関する提供計画は3件です。
    • ・認知機能障害に対する自家脂肪由来間葉系幹細胞(経血管的投与)を用いた治療
       北青山Dクリニック
    • ・アルツハイマー型認知症に対するヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた治療
       医療法人社団恵仁会なぎ辻病院
    • ・自家脂肪由来間葉系幹細胞を用いたアルツハイマー病の治療
       医療法人社団禮聖会 トリニティクリニック福岡

いずれの研究及び治療も自家脂肪幹細胞を用いており、血液脳関門を通過し、傷害組織へ細胞が遊走することで脳内の広範囲な炎症が抑えられ、減少した神経組織の修復や再生を誘発するなど、様々な治療効果を期待するものです。


(用語解説)

  • 注1 アミロイドβ:アルツハイマー病患者さんの脳に見られるアミロイド斑の主成分として、アルツハイマー病に重大な関与を行う36–43アミノ酸のペプチドです。アミノ酸が50個未満結合したものをペプチドと呼び、それ以上はたんぱく質と呼ばれます。
  • 注2 タウたんぱく質:神経軸索内にあり、微小管結合タンパクであって、微小管は細胞骨格を形成し、細胞内のタンパク質や細胞内小器官の輸送に関わっています。タウたんぱく質は、微小管の安定性に寄与し、タウたんぱく質の異常蓄積が、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関与すると考えられています。
  • 注3 タウオパチー:タウたんぱく質が異常蓄積することより起きる神経変性疾患の総称です。
  • 注4 センダイウイルスベクター:遺伝子の運び手で、生体内外において核酸物質を細胞内へ導入し細胞の機能を改変する能力を持ち、遺伝子が標的細胞の核内に侵入せず染色体に組み込まれないという特長を持ち、安全性や効率の面で優れているウイルスベクターです。
  • 注5 分子イメージング:個体内での特定分子を可視化する方法です。
  • 注6 グリア炎症:神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称で、このグリア細胞という非神経細胞の活性化を指します。

(参考資料)

  1. 厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)の概要、参考資料7
  2. 厚生労働省:認知症施策の現状について、社保審一介護給付費分科会、第115回、参考資料、2014年11月19日
  3. 浦上克哉:予備軍を知ろう、きょうの健康、p34-49、NHK出版、2017年8月
  4. 山田正仁:軽度認知障害は治る?、きょうの健康、p54-57、NHK出版、2016年12月
  5. 羽生春夫:気づいて!認知症のサイン、きょうの健康、p58-73、NHK出版、2020年4月
  6. 京都大学プレスリリース:認知症に対する点鼻ワクチンの開発―遺伝子治療による免疫療法と分子イメージング―、2020年3月26日

(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)