NPO法人再生医療推進センター

No.117 再生医療トピックス

3Dプリンタで末梢神経損傷に対する神経再生

京都大学 佐賀大学

バイオ3Dプリンタを活用した再生医療については、当再生医療トピックスNo.64「細胞製人工血管を移植する臨床研究 バイオ3Dプリンタで作製 佐賀大学」でご紹介しました。今回は、バイオ3Dプリンタで末梢神経を再生した研究を取上げました。バイオ3Dプリンタは細胞を立体的に作製することができ、インクジェットプリンターのように噴出口から細胞を吹き出す方式や、細胞を塊状にして、くし状の針に挿す方式などあります1)。当該研究では、くし状の針に挿す方法のプリンタRegenova®が使用されました。


京都大学医学部の松田教授、池口准教授および佐賀大学医学部の中山教授らの研究グループは、末梢神経損傷に対する新しい治療法としてバイオ 3D プリンタを用いてヒトiPS細胞由来の間葉系幹細胞から作製した神経導管注1)を用いてラットの末梢神経の再生に成功したと発表しました(2020年8月4日)2)-4)


現在の末梢神経損傷に対する治療は、患者さん自身の下腿などの神経の一部を移植する治療が主流です。この治療は健常な神経の一部を摘出して行われるため、採取部位周囲の感覚神経麻痺や異常知覚の原因になり、必ずしも最善の治療方法でありませんでした。そこでいろいろな人工材料を用いた人工神経の開発が進められていますが、自家神経移植と同等の治療成績は得られていないために、一般に普及していません。当該研究では、サイフューズ社の持つ バイオ 3D プリンタ技術を用いて細胞のみから成るバイオ三次元神経再生導管を開発することで 、人工神経を超える神経再生効果を得ることに成功したとしています。

バイオ 3D プリンタ「Regenova」は中山教授が開発した技術をもとに、分離した細胞が凝集する 現象を利用して細胞凝集塊を剣山に積層する技術及び還流装置を用いた熟成技術を開発することで、 細胞のみからなる三次元構造体を作製することが可能だそうです。これまでに軟骨組織、血管組織等の作製の実績があります。

これまでに、バイオ3Dプリンタを使い、人工材料を含まない神経導管の作製を実現しており、末梢神経再生における有効性が確認されていました。しかし、細胞の材料は成人から採取された皮膚繊維芽細胞を用いていたために、品質が安定しないという課題が有りました。

この課題はiPS細胞を使用することにより、安定性の確保を図ることで克服しました。間葉系幹細胞を誘導することで免疫調節分子やエクソソーム注2)の分泌、損傷組織の修復などにより、神経導管を作製することが可能となりました。同研究では、免疫不全ラットの座骨神経を5mm切断し、バイオ3D神経導管移植が行われました。手術後8週間で再生し、バイオ3D神経導管移植群と、その対照群のシリコンチューブ移植群で比較評価が行われました。その後、形態、運動性、電気生理学、筋重量に基づいた評価で、バイオ3D神経導管移植群の再生神経の方が優れていることが確認されたということです。同時に移植されたバイオ3D神経導管の内側と表面の両方に血管が新たにできたことも観察され、間葉系幹細胞の皮下移植では、血管新生を促進する機能も認められたとのことです。

人工神経が自家神経移植と比較して良好な結果が得られないことの要因として、人工神経には細胞成分が乏しく、サイトカインなどの再生軸索誘導に必要な環境因子の不足があります。そこで人工神経に増殖因子や血管移植、細胞移植などを加えるハイブリッド治療が考案されてきました。当該研究ではバイオ 3D プリンタを用いて細胞のみで作製したバイオ三次元神経再生導管をラットの坐骨神経損傷モデルに移植することで、人工神経より良好で自家神経移植に遜色ない結果を得ることができたとしています。その成功の要因は線維芽細胞から作製したバイオ神経三次元再生導管より放出されるサイトカインや血管新生によって良好な再生軸索の誘導が得られたからだとしています。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 長尾映里、國富芳博:バイオ 3D プリンタが描く創薬研究および再生医療の未来、薬剤学、薬剤学 Vol. 78、 No.6、275-278 (2018)
  2. MONOist:バイオ3Dプリンタを用いた末梢神経損傷に対する神経再生技術、2017年2月27日
  3. マイナビニュース:損傷したラットの末梢神経をiPS細胞由来の3Dバイオプリントで再生に成功、2020年8月8日
  4. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構:ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞で作製した神経導管による末梢神経の再生に成功、2020年8月19日

(y. moriya / 2020.11.24)