NPO法人再生医療推進センター

No.119 再生医療トピックス

「脊髄型」iPS細胞由来神経幹/前駆細胞で運動機能回復

慶應義塾大学

慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野教授、同整形外科学教室の中村教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から独自の技術を用いて脊髄の領域情報(受精卵からヒトの体が形成される過程では、脳・脊髄は一本の管の神経管から発生し、当初は一様な構造を示し、その後、前脳・中脳・後脳・脊髄の固有の領域に分かれます。)を持つ脊髄型神経幹/前駆細胞注1)を作成し、亜急性期(損傷後9日目:ヒトでは14~28日に相当)の脊髄損傷モデルマウスに対して移植することで、運動機能を回復させることに成功したと発表しました(2020年9月28日)1)


1.はじめに

当再生医療トピックスのNo.31-33で脊髄損傷に対する再生医療等の様々な取組を取上げさせていただきました。再生医療製品等では自家骨髄間葉系幹細胞が保険適用2)になり、iPS細胞では移植の臨床研究進められていることをご紹介致しました。後者は慶応義塾大学医学部の岡野教授、中村教授らが研究を進めている「亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究3)であり、表題の脊髄型神経幹/前駆細胞による研究では、同臨床研究に基づいて、さらに詳細なメカニズムで検証が行われました。

脊髄には脳と手足の筋肉とをつなぐ神経線維があり、大脳からの運動指令を手足に伝えています。脊髄損傷とは、交通事故、高所からの転落やスポーツ事故などにより脊髄が傷つき、脳からの指令が適切に筋肉に伝わらなくなり、手足に麻痺症状が現れた状態です。受傷時に脊椎の骨折や脱臼を伴うことが多く、頚椎高位での損傷では四肢の麻痺、胸椎高位での損傷では両下肢の麻痺を伴うことが多く、手指運動機能の再建は極めて難しく、日常生活レベルで必要とされる手指の器用さを取り戻すことは難しいのが現状です。頚髄損傷では、横隔膜機能の障害に起因する呼吸機能障害も起こり得ます。現在でも、有効な治療方法は確立されていません。

脊髄損傷の発生数は、年間百万人あたり約40人と推定され、患者さんは我が国では約10万人とされています。患者さんのほとんどが男性で、発生年齢としては、我が国では20歳と59歳にピークがあり、胸腰髄損傷は若年者に多く、頚髄損傷は高齢者に受傷者が多い傾向にあります。脊髄損傷の原因としては、交通事故が44%で、続いて、高所転落が29%、転倒が13%、打撲・下敷きが6%、スポーツレジャー事故が5%です。医学の進歩に伴い受傷後も生存すること自体は十分可能となっていますが、日常生活の不自由さや精神的な負担が長期間にわたり患者さんを苦しめる結果ともなり、社会的な課題となっています。

iPS細胞技術の進展により、脊髄損傷に対する移植治療に必要な神経前駆細胞を大量に作成することができるようになり、速やかに、この神経前駆細胞を脊髄の受傷部位に移植することが可能となりました。「亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究では、受傷後14~28日の脊髄損傷(亜急性期脊髄損傷)の患者さんで、運動などの感覚が完全に麻痺した18歳以上の患者4人が対象です。移植細胞および移植方法の安全性の確認が主な目的です。


2.脊髄型の有用性を検証

この度、神経幹/前駆細胞の持つ領域情報に着目し、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野教授、同整形外科学教室の中村教授らの研究グループが開発した新しい技術を用いることで、「脊髄型」と脊髄型とは異なる領域である「前脳型」の二つの神経幹/前駆細胞を移植し、比較検討されました。それによりますと、「前脳型」を移植した場合では、運動機能回復が得られにくかったが、「脊髄型」では機能改善を得ることができたとしています。加えて、「脊髄型」の神経幹/前駆細胞を移植した場合においては、損傷した脊髄との神経回路が構築さてたことを確認することができたとしています。

当該研究の成果により、ヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞の移植には「脊髄型」の細胞が優れていることを明らかにしました。この先、当該研究の成果に基づいて、「脊髄型」の特性を有する安全な神経幹/前駆細胞の誘導法の開発が期待されます。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 慶應義塾大学プレスリリース:脊髄損傷へのiPS細胞を用いた新規治療法の開発-「脊髄型」iPS細胞由来神経幹/前駆細胞で運動機能回復-、2020年9月28日
  2. 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構:脊髄損傷の治療に用いる再生医療等製品「自己骨髄間葉系幹細胞(STR01)」条件及び期限付承認取得のお知らせ、2018年12月28日
    脊髄損傷の治療に用いる再生医療等製品「自己骨髄間葉系幹細胞(STR01)」条件及び期限付承認取得のお知らせ | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (amed.go.jp)
  3. 慶應義塾大学プレスリリース: 亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究について(研究開始了承)、2019年2月18日
    「亜急性期脊髄損傷に対する iPS 細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究について(研究開始了承):ニュース:慶應義塾大学医学部・医学研究科 (keio.ac.jp)

(y. moriya / 2020.12.08)