東京医科大学皮膚科学分野の坪井名誉教授、原田主任教授及び東邦大学医療センター大橋病院新山教授、(株)資生堂再生医療開発室と杏林大学医学部皮膚科学教室の大山教授らの研究グループは、頭頂部とその周辺のより広い範囲の薄毛部に自家毛髪培養細胞を複数回投与する臨床研究を開始すると発表しました(2020年12月10日)1),2)。
1.はじめに
当再生医療トピックスNo.92「毛髪再生医療による壮年性脱毛症の治療法DSC細胞加工物を用いた臨床研究と毛包器官再生による非臨床試験」で紹介しました毛髪再生医療の取組は、実用化に向けた新たな臨床研究の段階を迎えました。
男性型脱毛症とは、毛周期注1)を繰り返す過程で成長期が短くなり、休止期にとどまる毛包注2)が多くなり、前頭部や頭頂部の頭髪が、軟毛化して細く短くなり、最終的には頭髪が皮表に現れなくなる現象です。日本の男性の場合には20歳代後半から30歳代にかけて現われ、次第に進行し、40歳代以後に顕著になります。
男性型脱毛症の発症には遺伝と男性ホルモンが関与し、遺伝に関してはX染色体上に存在する男性ホルモンレセプター遺伝子の多型や常染色体の17q21や20p11に疾患関連遺伝子の存在が知られています。一方、男性ホルモンは骨・筋肉の発達を促し、髭や胸毛などの毛を濃くします。しかし、前頭部や頭頂部などの男性ホルモン感受性毛包においては、逆に軟毛化現象を引き起こします。
男性ホルモン感受性毛包の毛乳頭細胞注3)には男性ホルモン受容体が存在し、髭や前頭部、頭頂部の毛乳頭細胞に運ばれたテストステロン注4)はII型5α―還元酵素の働きにより、さらに活性が高いジヒドロテストステロン(DHT)に変換されて同受容体に結合します。DHTの結合した男性ホルモン受容体は髭では細胞成長因子などを誘導することで成長期が延びます。一方、前頭部や頭頂部の男性ホルモン感受性毛包においては、DHTの結合した男性ホルモン受容体はTGF-βやDKK1などを誘導することで、毛母細胞注5)の増殖が抑制され成長期が短縮することが報告されています。
わが国における男性型脱毛症の治療および海外で発表された男性型脱毛症の治療手順やガイドラインに関しては、「日本皮膚科学会ガイドライン“男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版:日本皮膚科学会誌、p2765-2777”3)に詳細が記されています。
2.当該臨床研究の経緯
2016年から2019年にかけて、東京医科大学特定認定再生医療等委員会にて承認された計画に基づき、毛球部毛根鞘(DSC)細胞加工物注6)を用いた自家培養細胞の頭皮薄毛部への注入施術の安全性と有効性を検討する臨床研究が実施されました4)。被験者の後頭部から直径数mm程度の皮膚組織採取し、細胞加工施設(資生堂細胞培養加工センター)に輸送し、毛包DSC組織を単離、培養し、DSC細胞加工物が作製されました。50人の男性と15人の女性被験者に対し、脱毛部頭皮の4つの異なる部位に、異なる量のDSC細胞またはDSC細胞を含まないプラセボ注7)懸濁液を1回注射しました。その後、1年後まで総毛髪密度、積算毛髪径、平均毛髪径が測定されました。
その結果、DSC細胞を注射した部位の総毛髪密度と積算毛髪径は、6か月後および9か月後にプラセボと比較して有意に増し、その有効性に性差はなかったとのことです。なお、重大な有害事象も認めらなかったそうです。当該臨床研究では、DSC細胞加工物を薄毛部に一度だけ注射し、有効な細胞濃度を決定し、安全性を確認しました。臨床で実際に治療法として適用するためには、薄毛部全体に複数回投与して、十分な治療効果と安全性を示すことが必要であるとしています。
今後、臨床における治療法の確立を目指すためには、頭頂部とその周辺のより広い範囲の薄毛部に自家毛髪培養細胞を複数回投与し、見た目でわかる治療効果と安全性を示す必要があることから、この度、杏林大学医学部皮膚科学教室大山教授の研究チームを加えた3施設で、新たな臨床研究を開始するとしています。
3.当該臨床研究について
同研究グループは、上記のように自家毛髪培養細胞を用いた細胞治療法に安全性と改善効果を認め、男女の壮年性脱毛症の新しい治療法になりうることを示したことから、さらなる治療効果と安全性を示すため、頭頂部とその周辺のより広い範囲の薄毛部に自家毛髪培養細胞を複数回投与する新たな臨床研究を開始すると発表しました(2020年12月10日)1),2)。
臨床研究の実施医療機関は、東京医科大病院、東邦大医療センター大橋病院、杏林大学医学部付属病院の3施設です。被験者は、男女合計40名程度で、注入後1.5年、安全性の確認に2年をかける計画です。同臨床研究では、同意を得た被験者の後頭部から少量の皮膚組織(直径数mm)が採取され、それを細胞加工施設(資生堂細胞培養加工センター)に輸送し、毛包毛球部毛根鞘組織が単離されたうえで培養され、毛球部毛根鞘細胞加工物(S-DSC)が準備されます。被験者の頭頂部とその周辺の広範囲の脱毛部位にS-DSCを注入し、一定期間後、もう一度同一部位に注入する計画です。
(y. moriya / 2020.12.15)
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