NPO法人再生医療推進センター

No.26 再生医療トッピクス

再びNature誌からの投げかけ

1.はじめに

2019年4月13日(土)の朝、NHKニュース「おはよう日本:脊髄損傷の人が立った!再生医療の最前線」で札幌医科大学のステミラック注の治験の結果を3年間に及ぶ密着取材した映像が全国に流れました。高板飛び込みの練習中に、プールの底に頭を強打し、全身不随になり、車椅子は無理かもしれないと宣告された40代の男性患者さんが、ステミラック注の治療後、次第に回復し、歩いて退院され、車を運転できるまでを記録映像で紹介されていました。Nature誌が批判の対象としている、わが国の再生医療等製品の早期審査制度で承認されたステミラック注ですが、回復の見込めないとされた寝たきりの患者さんが車の運転までできるようになった厳然たる事実があります。


再生医療の研究開発から実用化までの迅速な推進を図るねらいで、薬事法改正法注1)(薬機法:2013年11月27日)と再生医療等安全性確保法(2013年11月27日)とが公布されました。前者は再生医療の実用化の促進に対応するために、再生医療等製品の特性を踏まえた承認・許可制度を新設するために改正されました。


承認・許可制度の新設は多くの再生医療等製品を安全により早く市場に提供することをねらいとしています。そのため、迅速性としての再生医療等製品の特性に応じた早期承認制度の導入と、安全性としての患者さんへの説明と同意、使用の対象者に関する事項の記録・保存など市販後の安全対策が図られています。均質でない再生医療等製品について、有効性が推定され、安全性が認められれば、特別に早期に、条件及び期限を付して製造販売承認を与えることを可能としています1)。再生医療等製品の主な特性は

  • ①評価の困難さ:人の細胞等を用いることから個人差などを反映し、品質が不均一
  • ②倫理的な困難さ:再生医療等製品の治験の場合、移植等の手術を伴う場合に比較試験が考えられるが、倫理的な難しさがある
  • ③患者数の確保の困難さ:既存治療が充実していないアンメットな領域で開発されているため、患者数の確保の困難な場合が多い

これまでの医薬品規制を厳格に適用した場合、臨床試験や審査に長い時間を要する恐れがあります。


既に、第7回元気が出る再生医療で取上げました「我が国の再生医療関連法(早期承認制度)に対する英国の科学雑誌Natureの批判2)( 臨床試験の代価を患者に払わせるという未実証の制度が日本で導入)」ですが、3年ほどを経て、再び同誌は早期承認制度の批判を掲載し、これに対して日本再生医療学会は公式ホームページに声明を発表しました3)


2.3年前の批判と日本の研究者からの見解

薬事法改正法により医薬品や医療器とは別に「再生医療等製品」という分類が新設され、当該製品の迅速な実用化のための条件および期限付きの「早期承認制度」が創設されました。この制度の下で2015年9月に、最初の再生医療製品が複数承認されました。


Nature誌2)によれば、“早期承認制度によって承認を受けた再生治療製品の1つである「ハートシート(テルモ株式会社)」は、患者の大腿部から採取した骨格筋に含まれる筋芽細胞(未分化で単核の筋細胞)を培養してシート状にした製品で、重症の心不全患者の心臓表面に移植される。治療を希望する患者は医療費の支払いを進んで行うであろうが、ハートシートによる治療は約1500万円と高額である。そこで厚生労働省は、2015年11月にハートシートを用いる手術に対する国民健康保険の適用を決定した。この決定は患者さんの役に立つものと考えられるが、それでもなお、患者は現時点で有効性が確認できない製品の代金の10~30%を負担する。”としています。加えて、“日本の薬事当局は、早期承認制度によって承認された製品に関する市販後の検証を当初表明したとおり、厳格に実施することを保証しなければならない。きちんとした検証が行われないために、有効性の乏しい製品が日本国内にあふれる恐れがある”と、懸念を示しました。


このNature誌の批評に関して、日本再生医療学会雑誌4)の中で、“Nature誌の批判において、確かに新しいシステムは運用によってはその危険性をはらむものの、一方で日本の再生医療研究の状況や保健医療システム、そして法律の詳細を知らない上での議論である。日本の再生医療に関する新しいシステムはすべて患者の利益のためのものである。ハートシートは標準的な薬物治療に反応しない重い心臓機能障害に対するもので、日本での心臓移植の提供者の不足から唯一の治療の選択肢である。有効な治療をタイムリーに利用でき、利益はバイオテク企業に提供するわけではない。”と見解を述べています。


“新しいシステムは患者にタイムリーに必要な治療を与えることを意図していることを強調した。その一方で、再生医療の有効性と安全性を確実にする。それは世界的な規制の動向と全く一致した流れである。”としています。“日本の再生医療は従来のアメリカ型の治験システム(大規模治験による治療効果の統計的証明)に馴染まない細胞治療を速やかに必要な患者に届ける、患者のための法律であると考える。そして、このシステムが「成功すれば」医療の在り方にも一石を投じることができるのではないか。しかし、世界の指摘も謙虚に受け止める必要もある。”と述べ、“他国と異なり再生医療の開発にアカデミアが初めから深く関与しており、産業界とうまく連携している日本ならこのシステムを成功させることができるかもしれないし、成功させねばならないと思う。”と結んでいます。


3.再びの批判と声明の公開

Nature誌がわが国の再生医療等製品の早期承認制度を批判する記事5-7)を再び掲載しました。これを受け日本再生医療学会は公式ホームページに見解を示しました。再生医療等製品の臨床試験でも、二重盲検法による無作為化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)を実施すべきであるとするNature誌の主張に対し、「承認された治療薬がない疾患の患者さんに1日でも早く治療を届けるためにはスピードに欠けており、日本の制度のような新しいアプローチも必要」とし、全ての製品でRCTは必須ではないとの声明を公開しました。


Nature誌の記事は、札幌医科大学と(株)ニプロが共同開発した脊髄損傷治療に用いるヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞(ステミラック注:2018/28承認)の承認取得を受け、2019年1月に掲載されました。記事の中で、有効性・安全性の根拠となった治験について、症例数が対照群なしの13例しかなく、その結果が論文として未公表である点などを挙げ、さらにそれが制度上容認されていることを批判的に論じた上で「そのような幹細胞治療の提供は時期尚早で不公正である」としています。


日本再生医療学会は、同誌の批判に対して、可能な限り多くの情報を開示する必要性など、同意できる点は多いとしています。しかし、希少疾患では治験参加者を揃えてRCTを実施するは難しく、莫大な時間を要すると指摘しています。同学会が主導で構築した「再生医療等製品使用データ登録システム」に蓄積された市販後の調査のデータを活用することで、RCTに近い透明性の高いデータ評価が可能になるとしました。


Nature誌が取り上げたのは、札幌医科大学とニプロ(株)とが共同開発した治療法である脊髄損傷治療薬「ステミラック注」の承認問題です(当センターホームページの「No.12 再生医療トッピクス:再生医療、国が新たな扉を拓く:脊髄損傷の治療に用いる自己骨髄間葉系幹細胞が条件及び期限付承認を取得 」を参照)。ステミラック注は、患者さんから採取した骨髄幹細胞を培養し、静脈注射をして脊髄損傷の改善を図るものです。Nature誌は、幹細胞科学や脊髄損傷の専門家10人の意見をもとに具体的な論拠を挙げ、批判を展開しました。Nature誌の指摘は、試験デザインの問題です。ステミラック注の臨床試験には対照群がなく、治療群の13例しか被験者がいないという点です。そのうち12例でASIA(アメリカ脊髄損傷協会)の機能障害尺度で1段階以上の改善が認められた、としています。Nature誌は、その治験規模があまりに小さいことに加えて、「二重盲検法による無作為化比較臨床試験」(RCT)で実施されていないことを問題にしています。新しい治療法の有効性を適切に確認するためには、患者さんを無作為に治療群と対照群に分け、比較試験をすることが前提です。治療及び評価をする医師にも治療群と対象群を分からないようにするため、対照群には「プラセボ」と呼ばれる本物そっくりの治療法を施すことによってより厳密に効果を検証するのが、二重盲検法によるRCTです。ステミラック注では、RCTはもとより、対照群も存在しない小規模の試験によって承認され、市場に投入されたとしています。Nature誌は「多くの国では、治療薬の承認前に、何百人もの患者に対するRCTによって厳正な臨床試験を課しているが、日本では再生医療の開発が厳密さを無視して迅速化するプログラムがある」と、早期審査の問題を指摘しています。


これに対して、同学会は「全ての製品でRCTが必須とは考えていない」と反論しています。「患者数が少ない疾患では、投与群と非投与群を比較し、統計的に有効性を確認するための治験参加者数を揃えることが難しく、莫大な時間を必要としてしまう」と迅速性の欠如を指摘しました。同学会は、議論のために必要な可能な限りの情報開示が必要であることについては、同誌の意見に賛同しています。RCTでない手法によるデータに基づいた期限・条件付き製造販売承認が許容されるには、論文の公開などにより治験デザインとデータの解釈の妥当性に関して科学的議論を経た上で、有効性が合理的に推定できることが重要との考えを示しています。


有効性・安全性を調査する方法を承認申請時に明らかにする必要性に関しても賛同しています。同学会が主導する再生医療等製品使用データ登録システムへのデータの集約により、市販後調査のデータ、過去の臨床試験や研究でのデータの蓄積ができ、既存試験の情報を対照群としてより効率的に有効性を検証できるようになると主張しています。「よりRCTに近いエビデンスレベルの臨床試験が可能となる」としています。


4.あとがき

我が国の再生医療等製品を安全かつ迅速に上市するための制度に対する海外からの批判と学会からの声明を紹介しました。企業や医療機関などの組織の存在は、その活動を人々、社会が必要としているから成り立ちます。その活動が人々の幸福に貢献し、社会生活を維持し、潤いをもたせ文化を発展させるものであって、はじめてその組織は存在できます。再生医療の発展も、その活動が人々の幸福、社会性の向上に寄与するものであり、併せて社会と調和したものであるならば、揺るぎないもだと言えましょう。極めて難度の高い挑戦を求められる再生医療は、利害や得失を超越し、何が一番大事であり、何が真に正しいかを考え、その上に情が加味されて、なされていくことで社会に受け入られると思います。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 佐藤大作:再生医療等製品の製造販売承認制度の概要(独立行政法人医薬品医療機器総合機構 再生医療等製品審査部長)、2015年5月29日
  2. NATURE EDITORIAL:“Stem the tide” Japan has introduced an unproven system to make patients pay for clinical trials. VOL 528 163 10 DECEMBER 2015.
  3. 日本再生医療学会ホームページ:日本の再生医療等製品承認プロセスに関する日本再生医療学会の考え方、提言・声明等、2019年3月6日
  4. 高橋正代:我が国の再生医療関連法(早期承認制度)に関するNature誌の批評に関して、日本再生医療学会雑誌、Vol.15 No.3 37-40 2016.
  5. NATURE EDITORIAL: “Japan should put the brakes on stem-cell sales” Unproven therapies should not be marketed to patients.Vol.565 535-536 30 JANUARY 2019.
  6. 日本医事新報社:NEWS 再生医療学会「RCT必須ではない」―早期承認制度に関するNatureの批判に反論、2019年3月8日
  7. WEBRONZA:日本の再生医療「早期承認」に世界から批判 厳正な臨床試験もなくスピードと利益を優先し、患者の負担を強いている(川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長)、2019年4月1日
  8. (NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)