再生医療と創薬は、iPS細胞の医療への応用の大きな柱です。再生医療については、当センターのトピックスで加齢黄斑変性、重症心不全、パーキンソン病、脊髄損傷、角膜の病気(角膜上皮幹細胞疲弊症)及び血液の病気(再生不良性貧血)についてご紹介しました。一方、iPS細胞を使って治療薬を探す「創薬」は、iPS細胞の活用として期待され、着実に進んでいます。創薬研究の基盤が、患者さん由来iPS細胞を作製して病状を再現することによって、患者さんの病状に近い細胞を研究できるようになったからです。創薬に欠かすことのできない、病気を再現した適切な疾患モデル動物がない疾患においては、iPS細胞を応用した研究が治療法を生み出す上で有効です。
治験に進むには治療法が有効である可能性が示されているかが鍵です。既存薬で安全性が既に判明しているならば、ヒトの病態を再現したモデル動物を使うことが難しい疾患でも、iPS細胞で有効性が適切に示されていれば治験への可能性が高まります。既存薬の転用(ドラッグリポジショニング)と組合わせた創薬が実現し、治験へと進んでいます。iPS細胞を用いたアプローチは、患者さんの数が少ない希少疾患で特に有効です。収益が見込めないことから希少疾患は治療薬の開発が進みにくい状況にありますが、iPS細胞と既存薬の転用を組合わせることで、費用を抑えた治療薬の開発が期待できます。
創薬ではこれまでに3つの治験が始まっています。慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室の小川郁教授らは、同大岡野教授と共同でめまいや難聴などの症状が現れる遺伝性疾患「ペンドレッド症候群」に対し、免疫抑制の用途で使われる既存薬「シロリムス」を低用量で投与する治験を開始すると発表しました(2108年4月24日)1)1)。
慶應義塾大学病院神経内科診療科部長の中原仁教授らは、同大学の岡野栄之教授らとともに疾患特異的iPS細胞を用いた創薬技術を応用し、新たに見出した筋萎縮性側索硬化症(ALS)注1)治療薬の候補、ロピニロール塩酸塩(本治験薬)の安全性・有効性を評価するための第I/IIa相医師主導治験を開始すると発表しました(2018年12月3日)2)。同治験は、有効な治療法に乏しいALS患者さんを対象に慶應義塾大学病院で実施する計画です。
京都大学医学部附属病院、流動プロジェクトプロジェクトリーダー(ウイルス・再生医科学研究所およびiPS細胞研究所兼務)戸口田淳也教授らのグループは、進行性骨化性線維異形成症(FOP)という希少難病に対して、京都大学医学部附属病院において医師主導治験を開始することになったと発表しました(2017年8月1日)3)。同グループは大日本住友製薬株式会社との共同研究によって、まずFOPの患者さんからiPS細胞を作製し、培養皿の中で病気を再現し、異所性骨化発生の引き金となる物質としてアクチビンAを同定することに成功しました。そしてアクチビンAがどのようにして異所性骨化を誘導するのかを解析することで、mTORというシグナル伝達因子が重要な役割を果たしていることを見出し、mTORの働きを阻害する薬剤のうち、ラパマイシン(シロリムス)という既に他の疾患の治療薬として日本においても使用されている薬剤が、異所性骨化を抑制することを確認した報告しました。
iPS細胞を用いて、ALSの状態を再現し、治療薬の候補を探す研究の結果、白血病の治療薬が有効な可能性が示されたとして、京都大学iPS細胞研究所の井上治久教授らの研究チームが治験を始めると、発表しました(2019年3月26日)4)。薬は慢性骨髄性白血病の治療薬「ボスチニブ」で、1日に1回、12週間にわたって飲みます。京都大学など4カ所の医療機関で24人の患者さんに実施する予定です。発症後2年以内の20~79歳の患者で、症状は進行している一方、まだ働けたり、家事などができたりする人が対象です。ボスチニブは白血病の治療においては、肝機能の悪化や下痢などの副作用が知られています。当該治験では主に安全性を検証しつつ、症状の改善の程度を調べる予定です。ALSの患者さんは国内に約9千人とされています。筋力が低下し、体を動かすことが徐々に難しくなっていいきます。進行を遅らせる薬はあるが、確立した治療法はありません。
同研究チームによりますと、筋萎縮性側索硬化症の患者さんから作製したiPS細胞を用いて運動神経の細胞をつくり、既存の薬を含む約1400種類の化合物を使って効果を調査しました。その結果、27種類で細胞死を抑えるなどの効果を確認しました。少量で効果について検討し、慢性骨髄性白血病の治療薬の治験を決めたということです。患者さんの募集方法は調整中とのこと0です。今後iPS細胞研究所のホームページで公表していくそうです。(ALSの治験について:4月17日現在、質問に対する回答が公開されています。
2018年4月時点で、231疾患の患者さん由来iPS細胞が樹立されており、指定難病に限っても155疾患に上るとのことです5)。2018年には再生医療と創薬共に大きな動きがありましたが、研究者の皆さんは安全性評価の段階であることを強調しています。さらに、研究に裏打ちされた知見が積み重ねられることで、次の段階へと移っていくでしょう。
こうした中、実用化に向け、大きな壁の一つを越えたと思えるニュースが飛び込んできました。理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーが日本眼科学会総会で、他家iPS細胞から作製した網膜細胞を、失明の恐れがある目の病気、滲出型加齢黄斑変性注2)の患者5人に移植した臨床研究について、移植1年後でも懸念された細胞の腫瘍化や大きな拒絶反応はなく、安全性を確認したと発表しました(2019年4月18日)6)。当該ニュースは、別のトピックスで紹介する予定です。
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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