2018年には、iPS細胞を応用した再生医療と創薬に対する臨床研究および治験が始まるなどの大きな動きがありました。関係する研究者の皆さんは、安全性を評価する段階であると慎重に述べられています。iPS細胞を活用した治療が実用化されていくためには、何よりも安全性を確認することが大切でしょう。こうした中、実用化に向け、大きな壁の一つを越えたと感じさせるニュースが伝わってきました。
理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーが日本眼科学会総会で、他家iPS細胞から作製した網膜細胞を、失明のおそれがある目の病気、滲出型加齢黄斑変性注1)の患者5人に移植した臨床研究について、移植1年後でも懸念された細胞の腫瘍化や大きな拒絶反応はなく、安全性を確認したと発表しました(2019年4月18日)1-3)。同臨床研究は「No.17 再生医療トッピクスiPS細胞 臨床研究が本格化(2)」で紹介しましたが、このトピックスでは、安全性の確認についてのニュースを紹介します。
滲出型加齢黄斑変性に対する他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞懸濁液移植に関する臨床研究に関して、移植後1年の経過観察を終了した旨の報告が第123回日本眼科学会総会(東京国際フォーラム)において発表がされました(神戸市立医療センター中央市民病院/神戸市立神戸アイセンター病院/国立大学法人大阪大学医学部附属病院/国立大学法人京都大学iPS細胞研究所/国立研究開発法人理化学研究所が連携して実施)。
2017年3月~9月にかけて、他家iPS細胞由来の約25万個の網膜細胞を液体に入れ、60~80代の男性5人の目に注射で移植しました。拒絶反応が起きにくい型のiPS細胞を用い、それに適合する患者さんが選ばれました。移植後1年の経過観察を全て終了し、以下の結論を得たとしています。
すなわち、移植1年後でも懸念された細胞の腫瘍化や大きな拒絶反応はなく、安全性を確認したとのことです。なお、1人で軽い拒絶反応がありましたが、薬で治まり、5人とも視力は維持されているということです。他家iPS細胞を使用した移植で、1年間の安全性を検証した報告は初めてです。
なお、(株)ヘリオスと大日本住友製薬(株)がiPS細胞を使い、加齢黄斑変性の患者さんへ移植する治験を予定しています4)。大日本住友製薬は、22年度に製品化することを目標としています。ヘリオスは理化学研究所との間でiPS細胞を含む多能性幹細胞由来RPE細胞を有効成分として含有する再生医療製品を対象とする世界を許諾領域とした特許実施許諾契約を締結して独占的ライセンスを受けているとのことです。また国内におけるiPS細胞由来RPE細胞による加齢黄斑変性治療法開発に関して、大日本住友製薬と共同開発契約を締結しているとしています5)。
ヒトの皮膚や血液からiPS細胞を作製するには、多大な費用と時間を必要とします。費用の抑制と時間の削減のためには、他家iPS細胞を作製し、それらを備蓄して活用することが有効ですが、その際の最大の課題は安全性です。今回の他家iPS細胞を用いた加齢黄斑性変性の臨床研究の主な目的は安全性の確認でしたが、その安全性が確かめられ、実用化に向けて大きな壁を越えました。次の段階は、治療の有効性をどこまで高められるか期待されるところです。またiPS細胞を使用した他の臨床研究では、移植する細胞数が数百万から数億単位と多い研究もあります。免疫反応や腫瘍化しないかといった安全性が慎重に検証されることを望まれす。有効な治療法がない疾患の患者さんからの期待は大きいと思います。再生医療の科学としての研究の進捗と、研究の実用化の進歩に期待を寄せています。
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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