NPO法人再生医療推進センター

No.29 再生医療トッピクス

腎臓再生 産学連携で

1.はじめに

日本における人工透析患者数は約32万人(日本透析医学会:2017年末慢性透析患者の動態調査)です。研究者の方々は、安心して誰もが治療を受けられる再生医療技術を確立し、腎不全患者を人工透析の負担から解放することを目指されています。腎臓移植は、腎不全患者に対する有効な治療法であるものの、慢性的なドナー不足という社会的課題があります。この問題解決へ向けて、試験管内でヒトiPS細胞から腎臓を作製する試みがなされていますが、立体的、かつ移植に適したサイズの腎臓を作製するまでには至っていません。


2006年に京都大学山中伸弥教授がiPS細胞の作製に成功して以来、再生医療に応用する研究は大きく進展しています。2019年4月現在、網膜、心筋、血液、神経など様々な組織や臓器を構成する細胞が作製されています。ただし、細胞や組織は臓器という立体的なものの一部です。そのため、立体的な臓器をつくる試みもなされており、ミニ肝臓を作成し、臨床研究を開始した報告もあります(当ホームページ再生医療トピックス:No.20 再生医療トッピクス iPS細胞からミニ肝臓 重篤な肝臓病の乳児に移植する臨床研究 )


腎臓は、立体的な臓器の中でも最も再生が難しい臓器とされています。腎臓の再生医療についてですが、iPS細胞に期待が寄せられています。しかし、iPS細胞による臓器再生ロードマップ1)では、心臓、肝臓や血管などは、2025年までロードマップが作成されていますが、腎臓は現在のところ、基礎研究を終えるというところまでしか作成されていません。肺はロードマップに記載されていません。それは、心臓や血管、角膜などはシートが作成されれば移植が可能ですが、腎臓や肺は全体に近いものを作成しなければならないからとされています(2019年4月末現在、厚生労働省に届出されている再生医療等提供計画には、腎臓疾患に関する提供計画はありません)。


世界中で腎移植などを必要とする患者さんは530万人~1050万人と推計(国際腎臓学会(ISN)2018年7月公表)され、また2017年の腎臓移植希望登録数の約12,500件に対して、腎臓移植例は約1,750件と報告(日本移植学会2019年1月公表)されています。


2.産学連携による腎臓の再生医療の動き

大日本住友製薬(株)、明治大学、東京慈恵会医科大学、バイオス(胎生臓器ニッチ法の技術を有する東京慈恵医大発バイオベンチャー)、ポル・メド・テック(ヒト腎臓再生医療用遺伝子改変ブタの技術を有する明大発バイオベンチャー)は、iPS細胞を用いた「胎生臓器ニッチ法」による腎臓再生医療の研究開発を進め、2020年代での事業化の実現を目標として、共同研究・開発などの取組みを開始したと発表しました(2019年4月5日)2-3)


「胎生臓器ニッチ法」は、東京慈恵医科大学腎臓・高血圧内科学の横尾隆教授らの研究に基づく手法です。動物の発生段階である胎仔の中で臓器が発生する場所(臓器ニッチ)に、別の動物から目的とする臓器の前段階となる前駆細胞を注入し、臓器に分化誘導する方法です。発表された腎臓再生には、ヒトiPS細胞から分化誘導したネフロン前駆細胞注1)を、明治大学バイオリソース研究国際インスティテュート長嶋比呂志教授らの研究に基づく成果である「ヒト腎臓再生医療用遺伝子改変ブタ」の胎仔から採取した腎原基注2)に注入し、その後、腎原基を患者さんに移植することによって、臓器ニッチを利用した機能的腎臓の再生を目指す目論見です。


産学連携チームは、次の手順で腎臓再生医療に取り組む計画です。

  1. ヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞へ分化誘導
  2. 遺伝子改変ブタ胎仔の膀胱付き腎原基にネフロン前駆細胞を注入
  3. ネフロン前駆細胞を注入した膀胱付き腎原基を患者さんに移植し、臓器初期発生プログラムを遂行
  4. 腎原基を移植した患者さんに尿路形成術を行い、機能的腎臓を実現

なお、「胎生臓器ニッチ法」を用いた腎臓再生医療の事業化は、大日本住友製薬が担うとのことです。


3.その他の基礎研究の紹介

3.1 Muse細胞による慢性腎臓病(マウス)

Muse細胞(当ホームページ再生医療トピックス:再生医療トッピクスNo.15 2019年02月04日Muse細胞、再生医療の現状)は腫瘍性を持たない生体由来多能性幹細胞です。静脈投与で傷害組織に集積し、その組織に応じた細胞に自発的に分化することで組織を修復することが知られています。東北大学大学院医学系研究科の出澤教授の研究グループは、日本大学医学部およびカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究グループと共同で、ヒトMuse細胞を慢性腎臓病モデルマウスに静脈投与すると、腎組織が修復され腎機能が回復することを明らかにしました4)。ヒト細胞を拒絶しない免疫不全マウスにおいて薬剤投与によって慢性腎臓病モデルを作成し、ヒト骨髄由来のMuse細胞を静脈投与したところ、傷害を受けた腎臓の濾過器官(糸球体)に選択的に生着し、自発的に糸球体を構成する細胞として分化したことを確認しました。


3.2 iPS細胞による腎臓疾患(マウス)

熊本大学発生医学研究所の西中村教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から誘導した腎臓組織をマウスの腎臓表面に移植することによって、ヒト誘導腎臓組織内の糸球体にマウスの血管がつながることを明らかにしました5)。同研究グループは2013年末に、ヒトiPS細胞から試験管内で3次元の腎臓構造の作製に成功したことを報告しています。


3.3 ヒトiPS細胞による慢性腎臓病(マウス)

京都大学iPS細胞研究所の長船教授らの研究グループは、ヒトiPS細胞から誘導した腎前駆細胞を効率よく単離できる表面抗原マーカーの組み合わせを見出しました6)。その表面抗原マーカーを用いて単離した腎前駆細胞を急性腎傷害モデルマウスに移植し、腎機能悪化および線維化を抑制する治療効果を確認しました。ヒトiPS細胞から誘導した腎前駆細胞を効率よく単離することで、将来的に腎疾患に対する細胞療法や疾患モデルの開発に寄与すると期待されています。


3.4 胚性幹細胞による腎臓再生(マウス)

自然科学研究機構生理学研究所の後藤特任研究員、小林助教、平林准教授らの研究グループは、東京大学医科学研究所の中内特任教授らや信州大学繊維学部の保地教授との共同研究によって、「異種胚盤胞補完法注3)」という特殊な方法を用いて、腎臓が欠損したラットの体内に、マウスの胚性幹細胞に由来する、マウスサイズの腎臓を作製することが可能であることを科学的に示しました7)。同グループは、これまでに試みられてこなかった腎臓という大型主要臓器の再生に挑戦し、世界で初めて成功しました。


(用語解説)


(参考資料)

  1. 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 ライフサイエンス委員会 幹細胞・再生医学戦略作業部会:今後の幹細胞・再生医学研究の在り方について 改訂版、2015年8月7日
  2. 学校法人 慈恵大学・東京慈恵会医科大学、他プレスリリース:腎臓の再生医療実現に向けた取り組み開始について、2019年4月5日
  3. 薬事日報メールニュース:【大日本住友製薬】腎臓再生医療を共同研究‐20年代の事業化目標、2019年4月12日
  4. 東北大学プレスリリース:Muse細胞の点滴による慢性腎臓病の新しい治療法の可能性 ‐組織修復と機能回復をもたらす修復治療を目指して‐、2017年7月13日
  5. 熊本大学プレスリリース:ヒトiPS細胞から誘導した腎臓糸球体が血管とつながる~尿産生に向けた大きな前進~、2015年11月30日
  6. 京都大学iPS細胞研究所プレスリリース:ヒトiPS細胞から分化誘導した腎前駆細胞を効率よく単離する方法を開発、22018年4月26日
  7. 東京大学医科学研究所プレスリリース:遺伝子操作によって腎臓を作ることができない動物に別の種の多能性幹細胞からなる腎臓を発生させることに成功~腎臓移植の新しい可能性を示唆~、2019年2月6日
  8. (NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)