1.はじめに
2019年5月4日の朝、6時及び7時のNHKニュースで“脊髄損傷に対する患者さん自身の間葉系幹細胞(自家間葉系幹細胞)による再生医療等製品の保険適用が今月中ごろから開始”を紹介しておりました。治療の対象は事故から1ヶ月ぐらいの脊髄損傷の患者さんとのことです。まずは、札幌医科大学で年間100人程度を治療していき、同製品の製造企業は、今後他の医療機関にも提供していくとのことです。同夜9:00からのNHKスペシャル(総合TV)で“寝たきりからの復活”と題して放送されました。
一方、腰椎椎間板変性症を対象とした患者さん以外の脂肪幹細胞(他家脂肪幹細胞)による細胞治療製品の治験開始を知らせる発表がありました。他家間葉系幹細胞を使用した再生医療等については、当センターのトピックス(No.14 再生医療トッピクス 間葉系幹細胞、再生医療等製品として製品化が先行)で紹介しました。具体的には
- 急性移植片対宿主病(GVHD):他家骨髄間葉系幹細胞
JCRファーマ(株)が造血幹細胞移植後のGVHDを適応症として「テムセルHS注」の製造販売承認を2015年9月に取得しました。移植された造血幹細胞に含まれる免疫担当細胞(リンパ球など)が、患者さんの身体を異物とみなして攻撃する免疫反応を抑える薬として使用されています。
- 慢性期脳梗塞、外傷性脳損傷:他家骨髄間葉系幹細胞
サンバイオ(株)が慢性期脳梗塞と外傷性脳損傷の2つの疾患で臨床研究を進めている骨髄由来幹細胞(SB623)は、成人骨髄由来の間葉系幹細胞を加工・培養して製造したものです。
- 急性期脳梗塞:他家骨髄間葉系幹細胞
富士フイルムホールディングスは2017年9月に、他家骨髄由来の間葉系幹細胞を用いた急性期脳梗塞に対する再生医療等製品(NCS-01)の研究開発を進めている再生医療ベンチャーのNCメディカルリサーチと、米国にて非臨床試験を推進し、2019年以降に日米の2カ国で臨床試験を開始する予定です。
- 肝硬変:他家脂肪組織由来幹細胞
ロート製薬が開発を進めている「ADR-001」は他家脂肪組織由来幹細胞を構成細胞とする細胞製剤です。投与は静脈内点滴投与のため患者さんの負担も少ないのが特徴です。2020年度の承認を目指して治験を進めています。実施施設は新潟大学医歯学総合病院で、治験実施予定期間は2017年7月~2018年12月です。
- 変形性関節症:他家滑膜由来間葉系幹細胞
明治ホールディングス の製薬子会社Meiji Seikaファルマ(株)と広島大学発の創薬スタートアップである(株)ツーセルは共同で、間葉系幹細胞を使った変形性関節症治療薬の実用化を目指しています。
などです。この度は、腰痛に対する他家脂肪幹細胞による再生医療等に関するニュースです。
2.腰痛症に対する他家間葉系幹細胞由来の再生医療
(株)アイロムグループの(株)株式会社IDファーマが治験国内管理人注1)を務める腰椎椎間板変性症注2)を対象とした細胞治療製品IDCT-001について、開発元の米国ディスクジェニックス社注3)が2019年4月18日、東海大学医学部付属病院と合同で日本における治験の開始を公表しました1-3)。
再生医療等製品「IDCT-001」は、ディスクジェニックスが開発し、東海大学病院総合医学研究所の酒井大輔准教授らの研究グループと共同研究を実施していました。米国で既に治験が行われており、国内では2019年11月に先駆け審査指定制度の申請を目指し、米国よりも早い時期での条件付き承認を目指しているとのことです。
治験の対象は中等度の椎間板変性症が原因の腰痛患者さんです。腰椎椎間板変性症患者(有症状)を対象とした、IDCT-001の安全性及び有効性を評価します。多施設共同、単回投与、2用量、Sham投与対照二重盲検並行群間比較法による臨床第Ⅰ/Ⅱ相試験及び継続観察試験です。健康な人の細胞からつくった細胞医薬品を腰痛患者に投与する取り組みで、5月中旬から東海大学医学部付属病院で始める予定です。
酒井准教授らは自家椎間板髄核細胞を移植するPhaseI/II臨床研究の結果、安全性と有効性を確認しましたが、高い費用、CPC(Cell Processing Center:細胞調整センター)での培養を要するなどの自家移植の課題から、より産業化を実現する椎間板再生医療製品の開発、臨床での検証に着手しました。「IDCT-001」は、患者さん以外の成人から提供された椎間板由来細胞からなる再生医療等製品です。変性椎間板に注入することによって、損傷した椎間板を生物学的な修復・再生を見込んでいます。ディスクジェニックスから委託を受け、酒井准教授らの研究グループが実施した前臨床試験では、凍結直後に移植した低用量群で良好な結果を示したとのことです。
(用語解説)
- 注1.治験国内管理人:“本邦内に住所を有しない治験の依頼をしようとする者は、被験薬による保健衛生上の危害の発生又は拡大の防止に必要な措置を採らせるため、治験の依頼をしようとする者に代わって治験の依頼を行うことができる者を、本邦内に住所を有する者(外国法人で本邦内に事務所を有するものの当該事務所の代表者を含む。)のうちから選任し、この者(以下「治験国内管理人」という。)に治験の依頼にかかる手続を行わせなければならない。”。GCP(Good Clinical Practice 医薬品の臨床試験の実施基準)第15条に記載されています。
- 注2.腰椎椎間板変性症:患者さんの老化した腰椎椎間板内の細胞外マトリックスの分解によって特徴付けられる慢性進行性疾患であり、骨や関節などの病気のうち、もっとも発症頻度が高いものの1つと言われています。厚生労働省による国民生活基礎調査(2016年)によりますと、日本において病気やけが等の自覚症状として腰痛の症状を訴える率は、男性では1位、女性では2位であります。治療としては、疼痛管理、初期段階の代替治療及び後期段階の外科的介入に限定されており、手術が必要になる前に、変性した椎間板を再生することを目的とした新たな治療の必要性が高くなっています1)。
- 注3.ディスクジェニックス社(DiscGenics, Inc.):2007年に米国ユタ州のソルトレイクシティにて設立され、椎間板変性疾患の患者様の痛みを和らげ、機能を回復させる細胞治療製品の開発に焦点を当てている企業で2007年に設立されました。日本では臨床試験支援大手のアイロムグループと治験管理契約を結んでいます。
(参考資料)
- (株)アイロムグループプレスリリース:再生医療を用いた腰痛治療の実用化に向けた米国ディスクジェニックス社によるIDCT-001治験開始のお知らせ、2019年4月19日
- 薬事日報メールニュース:【東海大学病院】腰痛症に再生医療製品‐5月から国内治験スタート、2019年4月23日
- 日本経済新聞:再生医療で腰痛治療 東海大・米社、来月中に臨床試験、2019年4月19日