ここでは、最初にマウスのiPS細胞などから膵臓をラットの体内で作り、その組織を糖尿病のマウスに移植して治療に成功した取組について紹介し、続いてマウスの皮膚から作製したiPS細胞から、血糖値を下げるインスリンを分泌する膵島を分化・誘導することに成功し、その後ヒトiPS細胞から膵島を作製して、マウスの血糖値を正常に戻すことに成功した取組を取上げ、最後に幹細胞移植の効果の持続性維持という観点から、膵島細胞と間葉系幹細胞の融合細胞を用いた糖尿病治療に関する取組について触れてみました。
1)糖尿病:iPS細胞 異種移植(膵臓作製) ラット/マウス 基礎研究
◎東京大学医科学研究所
マウスのiPS細胞などから膵臓をラットの体内で作り、その組織を糖尿病のマウスに移植して治療に成功したと、東京大医科学研究所の中内啓光教授らの研究チームが英科学誌ネイチャー電子版に発表しました1)-3)(2017年1月25日)。異なる種の動物の体内で作った臓器を移植し、病気の治療効果を確認したことは世界初ということです。
同チームは、遺伝子操作で膵臓ができないようにしたラットの受精卵に、マウスのiPS細胞やES細胞を注入し、ラットの子宮に戻し、誕生したラットの膵臓はマウスのもので、一般的なマウスの膵臓の10倍ほどの大きさに育ったそうです。この育った膵臓より、血糖値を下げるインスリンなどを分泌する膵島を取出した後に、糖尿病を発症させたマウスに移植したそうです。同マウスは20日後には血糖値が正常になり、1年後でもその状態が維持されたとのことです。がん化などの異常は確認されていないということです。拒絶反応を抑える薬は、移植後5日間投与しただけで、その後は必要なかったとしています。
ラットの体内で育った膵島を調べたところ、血管にラットとマウスの細胞が混じっていたそうです。しかし、マウスに膵島を移植して約1年後に移植部位を調べますと、ラット由来の細胞はなくなっていたそうです。同チームは、ラット由来の細胞は免疫反応で排除されたと考えています。
同研究チームは、東京大学内の倫理委員会に研究計画を申請し、承認された後に、2019年6月下旬に文部科学省に同計画を申請し、同省の専門部会の了承を受け、同省大臣は当該研究実施を正式に承認しました(2019年8月21日)。同研究チームは国の手続きを終え、ネズミの体内で人のiPS細胞から膵臓を育てる研究を始める予定です。将来的には臓器の大きさが人に近いブタなどでも研究を進め、臓器移植に役立てたいとの考えです。
2)糖尿病:ヒト由来iPS細胞 膵島作製 マウス 基礎研究
◎東京大学分子細胞生物学研究所
2011年に、東京大学の宮島教授らの研究チームは、マウスの皮膚から作製したiPS細胞から、血糖値を下げるインスリンを分泌する膵島を分化・誘導することに成功しました。その後、2013年に、ヒトiPS細胞から膵島を作製して、血糖値が高い実験用マウスに移植し、そのマウスの血糖値を正常に戻すことに成功しました。当該研究では、まず、ヒト由来のiPS細胞を作製し、低分子の化合物を加えるなど培養条件を工夫し、膵島細胞に分化・誘導をしました。また、この膵島細胞が、ブドウ糖に反応し、インスリンを正常に分泌するのを確認しました。その上で、同膵島を血糖値が高い実験用マウスに移植した結果、約1日で血糖値が下がって正常レベルを示し、正常レベルの状態が約1カ月続いたとういうことです。
現在、iPS細胞を基盤とする次世代型膵島移植療法の開発拠点として、ヒトiPS細胞からインスリン産生β細胞を含む膵島を作製し、細胞隔離ファイバに封入して移植することで、膵島の同種他家移植を免疫抑制なしで行うことを目指されています4),5)。
3)糖尿病:膵島細胞と間葉系幹細胞の融合細胞 ラット 基礎研究
◎京都大学再生医科学研究所(現ウイルス・再生医科学研究所)
幹細胞移植の効果の持続性維持という観点から、2013年に同大学角准教授らの研究グループによる膵島細胞と間葉系幹細胞の融合細胞を用いた糖尿病治療実験が注目されています。6),7)。膵島移植は低侵襲の重症糖尿病治療法として期待されていますが、これまでの方法では移植早期に多くの膵島細胞が失われ、一人分の膵島でインスリン治療が不要になる可能性は低いものでした。また、複数回の移植によってインスリン治療が不要となった場合でも、この状態を長期にわたり維持することは容易ではありませんでした。こうした課題を克服するためにいろいろな方法が検討されています。炎症・免疫制御機能や血管新生誘導機能、アポトーシス注1)制御機能などを有する間葉系幹細胞を膵島と共に移植することで、膵島移植の成績を向上させる試みも報告されています。
当該研究では、ラットの膵臓から膵島を単離し、これをさらに単細胞に分散させたものと、ラットあるいはマウスの骨髄を培養して作成した間葉系幹細胞を混合し、電気的に細胞融合して融合細胞を作製しました。融合細胞は培養20日後もブドウ糖反応性インスリン分泌能を発揮しました。しかし、同時期には膵島単独あるいは膵島細胞と間葉系幹細胞とを共培養したものではこの機能は廃絶していたとのことです。
また、ストレプトゾトシン注2)の注射によって糖尿病とした同系ラットを用いて糖尿病治療実験を行い、2,000個の膵島を腎被膜下に移植すると、血糖はほぼ正常値まで低下しました。しかし、同様の膵島1,000個では、膵島単独あるいは膵島と間葉系幹細胞との共移植では血糖改善効果が認められなかったそうです。一方、1,000個の膵島から作成した融合細胞を移植したところ、血糖は少しずつ持続的に低下し、3ヶ月後には正常値には至らないものの、他の糖尿病ラットに比べて明らかに低い値まで低下したとのことです。当該研究の成果を活用することにより、より少量の膵島をより効果的に利用する、従来の膵島移植に代わる、新しい重症糖尿病治療法が開発できるものと期待されます。
図1 糖尿病に対する再生医療等の取組(取組紹介(2)、(3))
(用語解説)
(参考資料)
(NPO法人再生医療推進センター 守屋好文)
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